傭兵紳士 ①
朝。俺は名残惜しさと億劫さを感じながらベッドから身を起こし、部屋を出た。
廊下で二人と集合し、ロビーに向かう。
歩きながらエミールが提案した。
「あの、今日から元の宿に戻りませんか? 休日も終わったことですし」
「うーん……」
俺は腕を組んで悩んだ。ここの料理は美味いし、温泉は最高だし、部屋も豪華だ。でも、それで毎日1500ガランも払いたいかと言われると、正直微妙に感じる。元の宿でも飯は美味いし風呂には入れるしベッドはふかふかだ。それでたった150ガランしかかからない。こうなったら、むしろ元の宿の方が優れているとすら言えるのではないだろうか。
そして何より、昨日因縁を付けられたおっさんと出くわすのが嫌でしょうがない。三人でいる時ならともかく、一人でトイレに行く時などは鉢合わせしないかヒヤヒヤしたもんだ。もはや元の宿が恋しくなっている。あれくらいの宿ランクが俺にとっては身分相応なのだ。
考えがまとまり、結論を口にする。
「そうだな。元の宿の方が安いし、こっちの宿に泊るのは休日のお楽しみということにしておこう。アルもそれでいいよな?」
「ああ。贅沢は毎日するもんじゃない」
三人で意見が合い、レストランには行かず玄関を出た。そのまま前の宿に移動し、チェックインを済ませてレストランへ。
そこで安くて美味い朝食を平らげた後、ついに仕事が始まった。既に依頼の手続きは済ませているので、ギルドに向かう必要はない。
アルがウエストバッグから魔道具を取り出す。敵がいる方角を教えてくれる摩訶不思議な方位磁針だ。赤い針が指し示す方角に進めば犯人と会えるのだが、どこまで行けばいいのかは分からない。ギルドから7キロ以内の範囲にいるらしいが、思えば結構広い。
エミールが悩ましげに言う。
「うーん、どうしましょう? このまま歩いて犯人を捜しますか?」
俺は首を振って答えた。
「犯人が近くにいればいいけど、遠くにいたら大変だ。馬車で行こうよ。アルはどっちがいいと思う?」
「オレはどっちでもいいが、どちらかと言えばエミールの案に賛成だ。遠くといったって、最長で7キロだろう? 歩いていけばいいさ」
「7キロ遠いって。馬車で行こうぜ?」
「私は馬車でもいいですよ」
「決まりだな。馬車馬車。俺我儘だから、馬車で決定」
アルが呆れて言う。
「7キロすらめんどくさがる奴が、潜影族の謎を解けるとは思えないが」
「関係無いね。犯人に問いただせば全部分かる……はず!」
「だといいがな」
三人で馬車乗り場に向かって歩く。その道中で、アルが突然「ん?」と言って立ち止まった。
「どうしたんだ、アル」
「針が動いた」
「そりゃ犯人が動いたからだろ。それがどうかしたか?」
「針の振れ幅が大きすぎるんだ。もし犯人が遠くにいれば、多少移動したところでここまで動かない」
「てことは、犯人は近くにいるってことだな?」
「ああ。このパレンシアの中にいる」
「マジで!? 大胆な奴だな。ギルドから指名手配されてんのに、よりによってこの町にいるのか。ま、こっちとしては捜す手間が省けて助かるけど」
「どうかな。犯人はオレ達を尾行して、監視しているのかもしれない」
「…………怖い」
「感想がそのまま過ぎますよゼラ様」
「だって怖いじゃん。なんでそんなことすんの?」
「もちろん、オレ達に不意打ちを仕掛けて殺すためだ」
「やっぱり怖い。でも方位磁針があるから、不意打ちは難しいよな? だいたいそんなことをするなら、昨日のうちに仕掛けてくると思うし」
「まあな。だが、油断せずに行こう」
俺は怯えながら針が示す先に進んだ。町の人々は笑顔でおしゃべりを楽しんでいる。大量殺人犯がこの近くにいるかもしれないってのに、気楽なもんだ。
しばらく歩いた後、アルが一軒の店屋の前で立ち止まった。看板を見上げると、『プッチン茶屋』と書かれている。
「茶屋?」と、俺は首を傾げずにはいられない。「まさかこんな所に犯人がいるのか?」
アルは無言で店の前を歩いた。右へ左へと移動し、針の動きを確かめてから答える。
「針は間違いなくこの店を指している。犯人はこの中だろう」
「指名手配されてんのにお茶飲んでんのか。気楽な奴だ」
「とにかく、中に入ってみよう」
アルが茶屋の入り口をくぐった。中は飯屋と同じように、テーブルと椅子がいくつも置かれている。また、奥の棚には色とりどりの茶葉が入った瓶が並んでいた。
客の数は四人と少ない。その中に、明らかに目立つ姿の男がいた。冒険者ばかりのこの町で、紳士服を纏ったおじさんが一人、ティーカップのお茶を優雅に啜っている。
また、側の壁には槍が立て掛けられていた。長さは2メートル、いや、2メートル50センチくらいはあるだろう。刃は鞘が被せられていて見えない。
依頼書の裏に書かれていた絵と同じだ。間違いない。あいつがエバルを植えた犯人だ。
……なんかムカつくな。なんでお茶なんか飲んでんだコイツ。こっちがどんな思いでお前を捜してると思ってんだ。これで同族殺しの極悪人だったらぶっ殺してやる。
俺はそう息巻いてずんずん犯人に近づき、声をかけた。
「おじさんがエバルを植えた犯人?」
おじさんはゆっくりとカップを置き、俺に視線を移して尋ねる。
「……そう言うボウヤは何者かね」
「冒険者。名前はゼラ・スヴァルトゥル。おじさんは?」
「私の名はロン・バルバ。職業は紳士だよ」
「紳士は職業じゃないでしょ」
「ふふふ、そうなのかい? 私はそう思っていたが」
ふざけた男だ。まるで緊張感というものが無い。こっちのペースが崩されそうになるが、気を取り直して質問を続ける。
「最初の質問に戻るけど、おじさんがエバルを植えた犯人だよね?」
「うん、そうだよボウヤ」
あっさりと自白した。さっきからなんでこんなに堂々としてるんだ? ギルドが怖くないのか?
「おじさん、ギルドに追われてることは当然分かってるよね? なんでもっと遠くに逃げないの?」
「逃げられるなら逃げているさ。でも、ギルドに変な呪いをかけているせいでそれもできない。だったら、どこにいても同じだろう?」
「同じってことはないと思うけど……まあ、いいや。そんなことよりも訊きたいことがたくさんあるんだ。おじさんって潜影族なの?」
「なんだね次から次へと。話を長くしたいのなら座りたまえ。後ろの二人もね」
「う、うん……」
犯人に気を遣われるというのは変な感じがするが、とりあえず言われた通り三人でテーブル席に座る。
犯人はアルとエミールを順に見て言った。
「君達二人も冒険者なんだろ? 名前は?」
「エミール・パトソールです」
「……アルジェント・ウリングレイ」
エミールは犯人相手でも礼儀正しいが、アルは疑り深そうな目で犯人を睨んでいる。空気を読んで自己紹介したものの、いかにも「なぜお前に教えなくてはならない」と言いたげな感じだ。
その眼光にひるむこともなく、おじさんは飄々と言う。
「何か飲むかい?」
「飲むわけないだろ!」
俺は当然のごとくツッコんだが、おじさんはペースを崩さない。
「飲むわけないことはないだろ。ここは茶屋だし、君達は生き急ぐほど歳を取っていない。私に会いに来た理由はだいたい察しがつくよ。ギルドの依頼を受け、私を捕まえに来たんだろう。ただ、気になるのは罪状だ。さっきエバルと言っていたが、私を捕まえる理由はそれかね」
「そうだよ。決まってんじゃん」
「ふむ、他には?」
「他? ああ、あとギルドの職員を二人も殺したんだってね」
自分でそう言って、ゾクリと寒気を覚えた。そうだ、このおじさんは人殺しだった。ひょうきんな雰囲気だから忘れていたが、油断できない。
しかも、おじさんは同じことを尋ねてきた。
「他には?」
「他って……依頼書にはそれしか書かれてなかったけど。おじさん、他にも悪いことしてるの?」
「はははは、おじさんは悪いことなんてしないよ。紳士だからね。ただ、イタズラをするのは大好きなんだ」
「それって悪いことじゃん。何をしたの? ギルドに叱られることをしたってことでしょう?」
「どうしようかな。君達が、それを教えるに値する相手なら教えてあげよう」
「……」
うーん、これ以上の情報は戦って無理やり吐かせるしかなさそうだ。でも、戦いになればまともに話し合う余裕なんてなくなるだろう。今のうちに訊き出せることは全部訊いておこう。
「……まあ、いいや。それについては後で教えてもらうとして、他にも訊きたいことがたくさんあるから答えてよ。まず、おじさんは潜影族なんでしょう?」
「さっきも言っていたが、何かねその潜影族というのは」
とぼけているようにも見えない。だが、俺はこう言うしかなかった。
「とぼけんなって。隠しても無駄だぞ。俺には分かるんだよ」
「なぜ?」
「おじさんが、エバルを植えているからだよ」
「どうしてあれを植えていたら、その潜影族とやらになるのかね。潜影族というのは民族名だろ? 私はこのファ二ア国を愛するファ二ア民族だ。潜影族ではないよ。エバルは潜影族にしか入手できない植物ということかな?」
「……おじさん、ホントに何も知らないの?」
「ああ。エバルを植えたのは私だが、潜影族なんて言葉は初耳だ。ま、私以外にも植えた人間は大勢いるがね」
「……」
やはり、エバルを植えた犯人は一人ではないらしい。世界中に植えられているのだから当然と言えば当然だ。だから、当初は潜影族の生き残りが複数人いると予想していたのだが、おじさんの話からするとどうやら違うらしい。それならどうやって……。
「じゃ、じゃあ、あれをどうやって植えたの? 潜影族以外には植えられないはずなのに」
「なぜ?」
「なぜって……。とにかく、どうやって植えたのか教えてよ」
「ふむ、あの方に指示された場所にエバルの種を植えた。あの方は、サピアスの種と呼んでいたが」
「あの方?」
「我々のボスだよ」
「そうか!」俺は思わず立ち上がった。「そのボスが潜影族なんだ! ボスはどんな人なの?」
「ふふふふふ」
おじさんが低く笑って紅茶を啜る。笑ってる場合か、と思いつつ椅子に座り直す。
おじさんはカップを置き、大きく息を吐いた。
「それについては私が知りたいよ。あの方は、出自について何も語らなかった。あらゆる国の言語を話せるようだから、いったいどこで産まれ、どこで育ったのか見当もつかんよ」
「ボスは珍しい力を持ってなかった?」
「ん? ああ、持っていたよ。あの方は珍しさの塊だ。すべてが凡人の領域をはるかに越えている」
「そんなふわっとしたことじゃなくてさ、ハッキリ言うけど、影に潜る能力を持ってなかった?」
「影に潜る? ふむ、つまり、潜影族とは読んで字の如くというわけかね」
「そう。影に潜れるから潜影族。エバルも、その能力が無いと植えられないはずなんだ」
「ふむ……たしかに、あの種は特殊だった。私はエバルの種を植えたと言ったが、正確には地面に落としただけだ。それで勝手に種が地中に沈み込んでいった。あれが、影に潜る、ということかな?」
「そうそう! 種は土の中じゃなくて、裏世界に埋まったんだよ!」
「裏世界?」
「潜影族が移動できる異世界のこと。影に潜った先にあって、エバルはその裏世界に根を張ってたんだ。だから潜影族にしか植えられないってわけ」
「……裏世界ねぇ。にわかには信じられんな。それは天国かね、それとも地獄かね」
「どっちでもないよ。何も無い空間が広がってるだけ」
「ふーん。で、どうして君にそんなことが分かるのかな?」
「んん……。もう、こうなったら白状するけど、俺も潜影族なんだよ」
「そうなのか。別に隠すようなことでもないと思うが」
俺はおじさんのお気楽さにいよいよ呆れた。
「……おじさん、ホントに何も知らないんだね。潜影族が絶滅したってことも知らないでしょう」
「絶滅? 君は生きてるじゃないか。で、ボスも潜影族なんだろう?」
「やっぱり知らないんだ。潜影族は全員死んじゃったんだよ。俺と、そのボスを除いてね。しかも原因は不明。だから、俺は他の生き残りが犯人じゃないかと思って捜してるんだよ。で、犯人に殺されないように潜影族であることも隠してるってわけ」
「どうして同族を殺すのかね」
「もうっ、それが訊きたいんだよ! おじさんじゃ埒が明かないから、そのボスに会わせてよ!」
「無理だ。あの方は神出鬼没。私もどこにいるのか分からない。だが、あの方にはなぜか私の居場所が分かる。そして、必要とあれば私の前に現れ、指示を与えて消えてしまう。最初にお会いした時もそうだった。だからもし、あの方が君を必要とするのであれば、君の前にも現れるだろう」
「現れないから困ってんの!」
「であれば、君にその価値が無いということだ。諦めたまえ」
「ぐぬぬっ、諦められるわけないだろ。せっかく掴んだチャンスなんだ」
「私も同胞を失った君に同情するがね、知らないものは知らないんだ。これ以上私に訊いても、潜影族が死に絶えた原因は分からんぞ」
「ぐぅ……クソッ」
エバルの犯人を問い詰めればすべてが分かると期待してたのに、まさかここまで何も知らないなんて。
……でも、奇妙な事実が明らかとなった。なんで潜影族がボスになって、他の民族を大勢動かしてるんだ? ボスはいったい何を企んでやがる。謎増やしてんじゃねーよ。
《②に続く》




