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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
98/98

傭兵紳士 ①

 朝。俺は名残惜(なごりお)しさと億劫(おっくう)さを感じながらベッドから身を起こし、部屋を出た。


 廊下で二人と集合し、ロビーに向かう。


 歩きながらエミールが提案した。


「あの、今日から元の宿に戻りませんか? 休日も終わったことですし」


「うーん……」


 俺は腕を組んで悩んだ。ここの料理は美味いし、温泉は最高だし、部屋も豪華だ。でも、それで毎日1500ガランも払いたいかと言われると、正直微妙に感じる。元の宿でも飯は美味いし風呂には入れるしベッドはふかふかだ。それでたった150ガランしかかからない。こうなったら、むしろ元の宿の方が優れているとすら言えるのではないだろうか。


 そして何より、昨日因縁(いんねん)を付けられたおっさんと出くわすのが嫌でしょうがない。三人でいる時ならともかく、一人でトイレに行く時などは(はち)合わせしないかヒヤヒヤしたもんだ。もはや元の宿が恋しくなっている。あれくらいの宿ランクが俺にとっては身分相応(そうおう)なのだ。


 考えがまとまり、結論を口にする。


「そうだな。元の宿の方が安いし、こっちの宿に泊るのは休日のお楽しみということにしておこう。アルもそれでいいよな?」


「ああ。贅沢は毎日するもんじゃない」


 三人で意見が合い、レストランには行かず玄関を出た。そのまま前の宿に移動し、チェックインを済ませてレストランへ。


 そこで安くて美味い朝食を平らげた後、ついに仕事が始まった。既に依頼の手続きは済ませているので、ギルドに向かう必要はない。


 アルがウエストバッグから魔道具を取り出す。敵がいる方角を教えてくれる摩訶(まか)不思議な方位磁針だ。赤い針が指し示す方角に進めば犯人と会えるのだが、どこまで行けばいいのかは分からない。ギルドから7キロ以内の範囲(はんい)にいるらしいが、思えば結構広い。


 エミールが悩ましげに言う。


「うーん、どうしましょう? このまま歩いて犯人を(さが)しますか?」


 俺は首を振って答えた。


「犯人が近くにいればいいけど、遠くにいたら大変だ。馬車で行こうよ。アルはどっちがいいと思う?」


「オレはどっちでもいいが、どちらかと言えばエミールの案に賛成だ。遠くといったって、最長で7キロだろう? 歩いていけばいいさ」


「7キロ遠いって。馬車で行こうぜ?」


「私は馬車でもいいですよ」


「決まりだな。馬車馬車。俺我儘(わがまま)だから、馬車で決定」


 アルが呆れて言う。


「7キロすらめんどくさがる奴が、潜影族の謎を解けるとは思えないが」


「関係無いね。犯人に問いただせば全部分かる……はず!」


「だといいがな」


 三人で馬車乗り場に向かって歩く。その道中で、アルが突然「ん?」と言って立ち止まった。


「どうしたんだ、アル」


「針が動いた」


「そりゃ犯人が動いたからだろ。それがどうかしたか?」


「針の振れ幅が大きすぎるんだ。もし犯人が遠くにいれば、多少移動したところでここまで動かない」


「てことは、犯人は近くにいるってことだな?」


「ああ。このパレンシアの中にいる」


「マジで!? 大胆(だいたん)な奴だな。ギルドから指名手配されてんのに、よりによってこの町にいるのか。ま、こっちとしては捜す手間が(はぶ)けて助かるけど」


「どうかな。犯人はオレ達を尾行(びこう)して、監視しているのかもしれない」


「…………怖い」


「感想がそのまま過ぎますよゼラ様」


「だって怖いじゃん。なんでそんなことすんの?」


「もちろん、オレ達に不意打ちを仕掛けて殺すためだ」


「やっぱり怖い。でも方位磁針があるから、不意打ちは難しいよな? だいたいそんなことをするなら、昨日のうちに仕掛けてくると思うし」


「まあな。だが、油断せずに行こう」


 俺は(おび)えながら針が示す先に進んだ。町の人々は笑顔でおしゃべりを楽しんでいる。大量殺人犯がこの近くにいるかもしれないってのに、気楽なもんだ。


 しばらく歩いた後、アルが一軒の店屋の前で立ち止まった。看板を見上げると、『プッチン茶屋』と書かれている。


「茶屋?」と、俺は首を(かし)げずにはいられない。「まさかこんな所に犯人がいるのか?」


 アルは無言で店の前を歩いた。右へ左へと移動し、針の動きを確かめてから答える。


「針は間違いなくこの店を指している。犯人はこの中だろう」


「指名手配されてんのにお茶飲んでんのか。気楽な奴だ」


「とにかく、中に入ってみよう」


 アルが茶屋の入り口をくぐった。中は飯屋と同じように、テーブルと椅子(いす)がいくつも置かれている。また、奥の(たな)には色とりどりの茶葉が入った(びん)が並んでいた。


 客の数は四人と少ない。その中に、明らかに目立つ姿の男がいた。冒険者ばかりのこの町で、紳士(しんし)服を(まと)ったおじさんが一人、ティーカップのお茶を優雅に(すす)っている。


 また、側の壁にはやりが立て掛けられていた。長さは2メートル、いや、2メートル50センチくらいはあるだろう。刃は(さや)が被せられていて見えない。


 依頼書の裏に書かれていた絵と同じだ。間違いない。あいつがエバルを植えた犯人だ。


 ……なんかムカつくな。なんでお茶なんか飲んでんだコイツ。こっちがどんな思いでお前を捜してると思ってんだ。これで同族殺しの極悪人だったらぶっ殺してやる。


 俺はそう息巻いてずんずん犯人に近づき、声をかけた。


「おじさんがエバルを植えた犯人?」


 おじさんはゆっくりとカップを置き、俺に視線を移して尋ねる。


「……そう言うボウヤは何者かね」


「冒険者。名前はゼラ・スヴァルトゥル。おじさんは?」


「私の名はロン・バルバ。職業は紳士だよ」


「紳士は職業じゃないでしょ」


「ふふふ、そうなのかい? 私はそう思っていたが」


 ふざけた男だ。まるで緊張感というものが無い。こっちのペースが(くず)されそうになるが、気を取り直して質問を続ける。


「最初の質問に戻るけど、おじさんがエバルを植えた犯人だよね?」


「うん、そうだよボウヤ」


 あっさりと自白した。さっきからなんでこんなに堂々としてるんだ? ギルドが怖くないのか?


「おじさん、ギルドに追われてることは当然分かってるよね? なんでもっと遠くに逃げないの?」


「逃げられるなら逃げているさ。でも、ギルドに変な呪いをかけているせいでそれもできない。だったら、どこにいても同じだろう?」


「同じってことはないと思うけど……まあ、いいや。そんなことよりも訊きたいことがたくさんあるんだ。おじさんって潜影族なの?」


「なんだね次から次へと。話を長くしたいのなら座りたまえ。後ろの二人もね」


「う、うん……」


 犯人に気を(つか)われるというのは変な感じがするが、とりあえず言われた通り三人でテーブル席に座る。


 犯人はアルとエミールを順に見て言った。


「君達二人も冒険者なんだろ? 名前は?」


「エミール・パトソールです」


「……アルジェント・ウリングレイ」


 エミールは犯人相手でも礼儀正しいが、アルは疑り深そうな目で犯人を(にら)んでいる。空気を読んで自己紹介したものの、いかにも「なぜお前に教えなくてはならない」と言いたげな感じだ。


 その眼光にひるむこともなく、おじさんは飄々(ひょうひょう)と言う。


「何か飲むかい?」


「飲むわけないだろ!」


 俺は当然のごとくツッコんだが、おじさんはペースを崩さない。


「飲むわけないことはないだろ。ここは茶屋だし、君達は生き急ぐほど歳を取っていない。私に会いに来た理由はだいたい察しがつくよ。ギルドの依頼を受け、私を捕まえに来たんだろう。ただ、気になるのは罪状だ。さっきエバルと言っていたが、私を捕まえる理由はそれかね」


「そうだよ。決まってんじゃん」


「ふむ、他には?」


「他? ああ、あとギルドの職員を二人も殺したんだってね」


 自分でそう言って、ゾクリと寒気を覚えた。そうだ、このおじさんは人殺しだった。ひょうきんな雰囲気だから忘れていたが、油断できない。


 しかも、おじさんは同じことを尋ねてきた。


「他には?」


「他って……依頼書にはそれしか書かれてなかったけど。おじさん、他にも悪いことしてるの?」


「はははは、おじさんは悪いことなんてしないよ。紳士だからね。ただ、イタズラをするのは大好きなんだ」


「それって悪いことじゃん。何をしたの? ギルドに(しか)られることをしたってことでしょう?」


「どうしようかな。君達が、それを教えるに値する相手なら教えてあげよう」


「……」


 うーん、これ以上の情報は戦って無理やり()かせるしかなさそうだ。でも、戦いになればまともに話し合う余裕(よゆう)なんてなくなるだろう。今のうちに訊き出せることは全部訊いておこう。


「……まあ、いいや。それについては後で教えてもらうとして、他にも訊きたいことがたくさんあるから答えてよ。まず、おじさんは潜影族なんでしょう?」


「さっきも言っていたが、何かねその潜影族というのは」


 とぼけているようにも見えない。だが、俺はこう言うしかなかった。


「とぼけんなって。隠しても無駄だぞ。俺には分かるんだよ」


「なぜ?」


「おじさんが、エバルを植えているからだよ」


「どうしてあれを植えていたら、その潜影族とやらになるのかね。潜影族というのは民族名だろ? 私はこのファ二ア国を愛するファ二ア民族だ。潜影族ではないよ。エバルは潜影族にしか入手できない植物ということかな?」


「……おじさん、ホントに何も知らないの?」


「ああ。エバルを植えたのは私だが、潜影族なんて言葉は初耳だ。ま、私以外にも植えた人間は大勢いるがね」


「……」


 やはり、エバルを植えた犯人は一人ではないらしい。世界中に植えられているのだから当然と言えば当然だ。だから、当初は潜影族の生き残りが複数人いると予想していたのだが、おじさんの話からするとどうやら違うらしい。それならどうやって……。


「じゃ、じゃあ、あれをどうやって植えたの? 潜影族以外には植えられないはずなのに」


「なぜ?」


「なぜって……。とにかく、どうやって植えたのか教えてよ」


「ふむ、あの方に指示された場所にエバルの種を植えた。あの方は、サピアスの種と呼んでいたが」


「あの方?」


「我々のボスだよ」


「そうか!」俺は思わず立ち上がった。「そのボスが潜影族なんだ! ボスはどんな人なの?」


「ふふふふふ」


 おじさんが低く笑って紅茶を啜る。笑ってる場合か、と思いつつ椅子に座り直す。


 おじさんはカップを置き、大きく息を吐いた。


「それについては私が知りたいよ。あの方は、出自について何も語らなかった。あらゆる国の言語を話せるようだから、いったいどこで産まれ、どこで育ったのか見当もつかんよ」


「ボスは珍しい力を持ってなかった?」


「ん? ああ、持っていたよ。あの方は珍しさの塊だ。すべてが凡人の領域をはるかに越えている」


「そんなふわっとしたことじゃなくてさ、ハッキリ言うけど、影に潜る能力を持ってなかった?」


「影に潜る? ふむ、つまり、潜影族とは読んで字の(ごと)くというわけかね」


「そう。影に潜れるから潜影族。エバルも、その能力が無いと植えられないはずなんだ」


「ふむ……たしかに、あの種は特殊(とくしゅ)だった。私はエバルの種を植えたと言ったが、正確には地面に落としただけだ。それで勝手に種が地中に沈み込んでいった。あれが、影に潜る、ということかな?」


「そうそう! 種は土の中じゃなくて、裏世界に()まったんだよ!」


「裏世界?」


「潜影族が移動できる異世界のこと。影に潜った先にあって、エバルはその裏世界に根を張ってたんだ。だから潜影族にしか植えられないってわけ」


「……裏世界ねぇ。にわかには信じられんな。それは天国かね、それとも地獄かね」


「どっちでもないよ。何も無い空間が広がってるだけ」


「ふーん。で、どうして君にそんなことが分かるのかな?」


「んん……。もう、こうなったら白状するけど、俺も潜影族なんだよ」


「そうなのか。別に隠すようなことでもないと思うが」


 俺はおじさんのお気楽さにいよいよ呆れた。


「……おじさん、ホントに何も知らないんだね。潜影族が絶滅したってことも知らないでしょう」


「絶滅? 君は生きてるじゃないか。で、ボスも潜影族なんだろう?」


「やっぱり知らないんだ。潜影族は全員死んじゃったんだよ。俺と、そのボスを除いてね。しかも原因は不明。だから、俺は他の生き残りが犯人じゃないかと思って捜してるんだよ。で、犯人に殺されないように潜影族であることも隠してるってわけ」


「どうして同族を殺すのかね」


「もうっ、それが訊きたいんだよ! おじさんじゃ(らち)が明かないから、そのボスに会わせてよ!」


「無理だ。あの方は神出鬼没(しんしゅつきぼつ)。私もどこにいるのか分からない。だが、あの方にはなぜか私の居場所が分かる。そして、必要とあれば私の前に現れ、指示を与えて消えてしまう。最初にお会いした時もそうだった。だからもし、あの方が君を必要とするのであれば、君の前にも現れるだろう」


「現れないから困ってんの!」


「であれば、君にその価値が無いということだ。(あきら)めたまえ」


「ぐぬぬっ、諦められるわけないだろ。せっかく(つか)んだチャンスなんだ」


「私も同胞(どうほう)を失った君に同情するがね、知らないものは知らないんだ。これ以上私に訊いても、潜影族が死に絶えた原因は分からんぞ」


「ぐぅ……クソッ」


 エバルの犯人を問い詰めればすべてが分かると期待してたのに、まさかここまで何も知らないなんて。


 ……でも、奇妙な事実が明らかとなった。なんで潜影族がボスになって、他の民族を大勢動かしてるんだ? ボスはいったい何を(たくら)んでやがる。謎増やしてんじゃねーよ。


《②に続く》

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