高級宿 ③
俺はムッとして声の主を見ると、瞬時に怖じ気づいた。
背丈が2メートルはあるだろう大男がこちらに近づいてくる。その体格は岩のようにがっちりとしており、重そうな鎧を身につけているが、その下に分厚い筋肉の鎧もあることが容易に想像できた。また、ドラゴンの頭を模したゴツい兜を被っており、厳つい顔をこちらに向けている。歳は三十代後半といったところだろうか。背中から武器の柄が伸びているが、巨大な背に隠れてどんな武器かまでは分からない。剣だろうか、斧だろうか。
とにかく、まさに歴戦の冒険者の風格だった。めっちゃくちゃ強そう。伝説の勇者と冒険した剣士、ジャバリ・キト・アモンディも、このような男だったのだろうかと思わされる。
俺は一瞬で力の大差を悟り、とっさにアルの後ろに隠れた。それからエミールの袖を引っ張る。
「な、なんですかゼラ様」
「エミールもアルに隠れろって」
「なんで隠れるんですか」
「怖いから」
二人でコソコソ話していると、大男がすぐ目の前まで来て立ち止まった。俺達を見下ろして言う。
「ふんっ、ホントにガキだな。俺が大人を代表して教えてやる。ここはお前らみたいな雑魚が来る場所じゃない。さっさと出て行け。目障りだ」
うぅ、なんでこんなガラの悪いおっさんに絡まれないといけないんだ。せっかくの休日なのに。
アルの後ろで息を潜めていると、あろうことか、エミールが強気な口調で言い返した。
「雑魚じゃありません。これでもAランク冒険者なので」
「Aランク?」と、大男は片方の眉を吊り上げると、やかましい声で笑った。「がはははははは、お前らがか? 見え透いた嘘をつくな」
「嘘じゃありません。会員証もあります。見せましょうか?」
エミールは一切ひるむ様子がない。俺はおどおどしながらエミールの袖を引っ張った。
「ちょっと、エミール。こんな奴と言い合いなんてしなくていいよ。早く宿を出ようよ」
「いいえ、ゼラ様。私達がこの男に合わせる必要はありません」
「あるよ! 喧嘩になったらどうすんだよ!」
エミールは俺を無視し、ポケットから会員証を出した。それを大男の眼前に突き付ける。
「見てください。ここにちゃんとAランクと書いてあります」
大男はいやらしい笑みを浮かべた。
「ほう、たしかにAランクと書いてあるな。だが、関係無い。俺からすればAランクだろうと雑魚は雑魚だ。目障りだから出て行け」
ひぇえぇ、やっぱりこの男、タダもんじゃねぇ! Aでも雑魚ってことは、Sランク冒険者だ。もしかしたらアルでも勝てないかもしれない。さっさとずらからないと。
「エミール、ヤバいって。やめとけって」
くいくいとエミールの袖を引っ張って言う。だが、エミールの暴走は止まらない。
「こちらも会員証を見せたんです。あなたの会員証も見せてください」
大男の頬がぴくりと動いた。いかにも苛ついている様子だ。
「ああ? なんで俺がお前の命令を聞くんだ」
「ランクを確かめるためです。あなた、強がってはいますが、本当は私達よりもランクが低いんじゃないですか?」
大男が怒鳴り散らす。
「なんだと、この小娘が! 俺はSランクだ! 舐めたこと言ってると殺すぞ!」
が、エミールはそれでも動じない。
「どうですかね。会員証を見ないことには信用できません。早く見せてください」
「そんなもん持ってねーよ」
「冒険者が会員証を持っていない? 変ですねぇ。あなた、本当にSランクなんですか?」
「あ? 上等じゃねーか! そんなに俺の力が見たいなら見せてやる!」
大男がついに剣の柄に手をかけた。同時にアルも剣に手をかける。
俺は二人の武器が衝突する様を予期したが、そうはならなかった。
なぜか大男は背中の武器を引き抜くと、瞬時に後ろを向いたのだ。そして、いつの間にか接近していた何者かの攻撃を防いだ。
金属の衝突音が鳴り響く。俺は大男の武器を見て驚いた。背中に隠れていて見えなかったが、とんでもなく巨大な剣だった。長さも幅も、ちょうど俺と同じくらいある。人間一人を振り回しているかのようだ。
だが、その重量を一切感じさせない速度で剣を引き抜くと、大男はそれを盾代わりにして別の男の攻撃を受け止めた。
不意打ちを仕掛けてきた男はというと、大男と違って鎧は纏っておらず、体格は細身だった。髪はアルと同じように銀色で、女のように長く、腰まで伸びている。また、顔も女のように美しく、アルと同い年くらいに見えた。
その手に持つ剣は、大男の剣とは対照的で、異様に細い。もはや剣というよりも、柄が付いた太い針だ。
美男子はその細い剣で大男の顔を突こうとし、そして弾かれた。いや、正確には大男の背後を狙っていたわけだから、兜に守られていない首の隙間を突き刺そうとしていたのかもしれない。
とにかく、美男子の剣は弾かれ、振動で小刻みに揺れていた。細いのに不思議と折れていない。
二人は睨み合うと、先に大男が口を開いた。
「邪魔するんじゃねーよ、マーディス」
「馬鹿が。出禁になりたいのか」
美男子の声は、女のような顔に似合わず重低だった。やはり性別は男らしい。
「ふんっ、喧嘩を売られたんだから買うしかねーだろ。それとも逃げだした方がよかったか? Aランクの雑魚相手に?」
大男は鼻を鳴らすと、剣を背中に戻した。鞘も無いのに、どうやって固定してるんだろう。
まあ、それはともかく、二人は知り合いのようだ。同じパーティーの仲間だろうか。
マーディスが答える。
「そうだ。雑魚相手にムキになってどうする。しかも相手が女とは、恥を知れ。下品なのは顔だけにしろ」
「おーおー、そりゃお前は女の味方をするわな。女みたいだもんな、見た目も強さも」
「黙れ、殺すぞ」
「だから、いつでも殺せって言ってるだろ。もたもたしてたら俺がお前を殺すぞ」
なんだか仲間とは思えないような会話が飛び交っている。むしろ誰よりも敵って感じだ。
マーティスは大男に答えず、側を通り抜けてエミールの前まで来た。
「会員証が見たいんだったな」
そう言って、一枚の紙を手渡す。俺も後ろから覗き込むと、それは大男の会員証だった。
名前は『ジガ・ヒュロント』というらしく、たしかに『Sランク』と表記されていた。
「見ての通り、我々はSランクパーティーだ。君達はAランクだろう。無用な戦いは避けた方が賢明だと思うが」
エミールはなおも強気で言い返した。
「最初から戦う気なんてありません。戦いは誰が相手だろうと、避けた方が賢明ですから」
ヒュロントが嘲る。
「はっ、俺達がSランクって分かってビビっただけだろ」
エミールは淡々と答えた。
「私は恐れてなどいません。恐れているのは、むしろあなたの方でしょう?」
「なんだと! Sランクの俺が、どうしてAランクのお前を恐れる?」
「たしかに、あなたは私よりも強いでしょう。だからこそ、弱者であるはずの私が屈服しないことに戸惑い、焦り、腹を立て、そして恐怖を抱いているんです。あなたには、力を振りかざすことしか取り柄がないから」
「言わせておけば!」
ヒュロントが怒鳴るのと同時に、マーディスが高らかに笑った。
「あははははは。犀利な女だ。気に入った。どうやらジガが一方的に悪いようだな。非礼を詫びる証として、その会員証は君にやろう。焼くなる破くなり好きにしてくれ」
「こんな物いりません。お返しします」
「そう思うなら捨てればいい。さあ、ジガ。リーダーがお呼びだ。早く行くぞ」
「チッ、分かってんだよ、そんなことは」
二人は俺達の脇を通り過ぎ、個室が並ぶ廊下へと歩いていった。ヒュロントがマーディスに尋ねる。
「いいのか? 会員証を渡しちまって」
「いいも何も、あれはお前の会員証だ」
「何!?」ヒュロントが驚いて立ち止まる。「なんで俺の会員証をお前が持ってんだ!」
マーディスはすたすた歩きながら答えた。
「お前が隙だらけだからだ」
「答えになるか!」
ヒュロントはマーディスの背中に怒鳴った後、こちらに戻ってきて言った。
「おい、小娘、その会員証を返せ!」
エミールが呆れながら言う。
「だから、いらないって言ってるじゃないですか」
そう言って差し出された会員証を、ヒュロントは引ったくるようにして取った。それからエミールの眼前に指を突きつけて言う。
「いいか、小娘。今回はこれで許してやるが、口先の綺麗事でこの世界を渡り歩けると思ったら大間違いだからな。俺がギルドマスターになった暁には、お前らのパーティーを即刻ギルドから追放してやる。楽しみにしてろ」
捨て台詞を吐くだけ吐くと、ヒュロントはこちらに背を向け、一人でリーダーの部屋へと歩いていった。マーディスは彼を待たず、先に行ってしまっている。
ようやく解放されたようだ。俺は気を取り直して言った。
「トランプってどこに売ってんのかな?」
エミールがさっとこちらを振り向いて怒った。
「切り替えが早すぎますよ! ゼラ様は腹が立たないんですか?」
「立たない。小道具屋にオモチャなんて売ってないよな?」
「だから、いったんトランプを頭から離してください! あれだけ馬鹿にされて、どうして大人しく従おうとするんですか!」
「だってあのおっさん強そうだもん。喧嘩しても勝てないじゃん。負けて金でも取られたらそれこそ大変だ。後悔してもしきれないね」
「んん……」
エミールは何か言おうとして、もどかしそうに取り下げた。そして、言葉の矛先をアルに転じる。
「アル様も黙ってないで何か言ってくださいよ!」
「ゼラにか?」
「違います! あのヒュロントとかいう大男にです!」
「言う必要がなかった。オレが言いたいこと以上のことを、エミールが言ってくれたからな」
「いいえ、アル様は私と違ってお強いんですから、私が言うよりも説得力が出たはずです」
「どうかな。ああいう奴は力でねじ伏せない限り、人の言うことを聞かない。それとも、エミールはそれが望みだったか?」
「……いえ、あの男と戦うのは避けるべきだと思います」
「オレもそう思う。だからあれで良かったんだ」
「そうそう」と俺も同意する。「ああいうおっかない奴とは関わりを持たないのが正解だ。どうせ何言ったって反省しないんだし、ほっときゃいいんだよ」
エミールがまたぷりぷり怒った。
「もう! そんな態度の人ばかりだから、あの男はつけあがるんですよ!」
「とりあえず町の人に訊いてみよっか。トランプどこに売ってんのか」
「どんだけトランプやりたいんですかゼラ様!」
なんだかんだありつつ、俺達は無事に宿の外へ出た。
とりあえず、町ゆく人々にトランプがどこで売ってるのか尋ねてみるが、「知らない」という返事ばかり。
仕方なく小道具屋に行き、店主にダメ元で尋ねてみた。すると、なんとそこにトランプが売られていた。小型の木の箱にカードが収っており、一つ50ガラン。そこそこの値段だが、まあいいだろう。
どうして冒険者ばかりのこの町でオモチャを売っているのか尋ねると、トランプは占いという儀式に使われ、欲しがる冒険者がそれなりにいるらしい。なんでも、占いをすれば未来を予知することができ、そもそもトランプはそのために作られたものなんだとか。
俺はそれを聞いて大興奮したが、アルに「単なる迷信だ」と笑い飛ばされた。エミールは「全部がそうだとは限りませんよ」と、占いのロマンを語ったが、まあ、アルの言うことが正しいだろう。こんなカードで未来が分かったら誰も苦労しない。
期待して損したが、肝心のトランプが手に入ったので、満足して小道具屋を出る。
その後、宿に戻る前にお菓子屋に寄り、お気に入りをいくつか買った。珍しくアルとエミールもお菓子を買う。これで遊ぶ準備は万端だ。
宿に入り、とりあえず俺の部屋に三人で向かう。ドアを開けると、その豪華な内装に驚かされた。
前の宿の倍ほども広い室内に、二人分の大きさのベッドが置かれている。床には鮮やかな模様の絨毯が敷かれ、大きな窓からは美しい庭の風景が見えた。壁には、おそらく女神であろう美しい女性の絵画が掛けられ、その下には身支度用の立派な鏡が置かれている。
俺は興奮しながら靴を脱ぎ、ベッドに飛び込んだ。予想通り、ふっかふかだ。しかもなんかいい匂いまでする。まるで雲の上にいるみたいだ。
ベッドを堪能した後は、ついにトランプをやることにした。三人でデカいベッドに座り、中心にカードを出して戦う。
アルとエミールはめちゃくちゃ強かった。お菓子を賭けて戦うことにしたが、俺のお菓子は次々と二人に取られ、途中で買い足しにいくはめになった。
時間も忘れて夢中になり、いつの間にか昼になる。レストランで豪華な食事を取り、また部屋に戻ってトランプをした。それを夜まで続けたが、一向に飽きなかった。
結局、何十回と勝負をして、俺が二人に勝てたのはたった三回だけだった。もはや運勝ちとしかいいようがない。嬉しかったけど。
その後、夕食のビュッフェを堪能し、温泉に向かった。驚くことに、ここの宿の風呂は室内ではなく、外にあった。地面からお湯が沸いているのだ。その頃には雨もすっかりやんでいたので、星空を眺めながら夢見心地で湯に浸かった。
お風呂の後も、俺はトランプの再戦を要求した。しかし、キリがないからといって二人に断られてしまった。勝ち逃げを許し、悔しい気持ちで自分の部屋へと帰る。
さっきまで三人でこの部屋にいたので、急に寂しさが込み上げてきた。一人でいるには広すぎる部屋が、いっそう寂しさを際立たせる。ただ、その寂しさ以上に、喜びの余韻も大きかった。
ベットに寝転がって考える。こんなに夢中で遊んだのはいつ以来だろう。よかった、冒険者になって。
……いや、よくねーよ。明日からまた仕事じゃん。めんどくせーな。……あっ、でも、明日の依頼は特別か。潜影族絶滅の謎がついに解明できるかもしれないんだ。……でも、やっぱりめんどくさいな。依頼のランクはAだし、簡単ってわけにはいかないだろうな。
今までは困ったらアルに頼ればいいと思っていたが、その考えはノウム戦で打ち砕かれた。ここから先はアルでも苦戦を強いられるだろう。謎が解けても、犯人に殺されてしまったら意味が無い。無事に犯人を捕縛できればいいけど……。
明日のことを考えるほど不安が込み上げてくる。これでは眠れないので、仕事のことは頭から振り払った。代わりに今日の楽しかった出来事を思い返す。そうしているうちに、いつの間にか眠りについていた。
《高級宿・完》




