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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
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高級宿 ②

 お城のようだ、という平凡な感想が頭に浮かぶ。他に例を挙げるとすれば、ポートスで見たラトルソス(きょう)のお屋敷だ。まあ、貴族が住む家だから、あれもほとんど城みたいなもんだけど。


 とにかく、その見た目は実に美しい。三階建ての窓からは明るい光が放たれている。それが異様に明るく見えるのは、雨のせいで辺りが薄暗いからだろうか。それとも中にいる天使が光輝いているからだろうか。


 そんなこの世の物とは思えないほど華麗(かれい)な宿は、これまた華麗かつ広大な庭の奥に建っている。門から宿の玄関まで真っ直ぐに道が伸びており、その両側には色とりどりの花が植えられていた。さらに、庭の中心には立派な噴水(ふんすい)があり、絶えず流水のアーチを形作っている。


 門の前で立ち尽くし、ごくりと(つば)を飲む。この宿を見るのはこれが初めてではない。パレンシアに来た時、アルからこの建物は宿だと説明を受けた。その時には他人事(ひとごと)のように思えて、まさか自分が泊まれる時が来るとは思っていなかった。いや、正確にはいつか泊まれるようになってやると息巻(いきま)いてはいたが、どうせ無理だろう、という思いもまた強かった。


 その宿に、今の俺は泊まれる資格を持っている。なんだか夢を見ているようだ。


 なんだか自分が部外者のように思えて、庭に脚を踏み入れることですら躊躇(ためら)われる。緊張していると、エミールがぼそりと呟いた。


「高そうですね……」


 そうだ。まさに高そうだ。とんでもない額の宿泊代をふっかけられそうな予感がする。でも、さすがに一泊分くらいなら払えるよな?


 怖くなり、アルに尋ねてみた。


「なあ、アル。宿代っていくらか知ってるか?」


 アルは緊張している様子もなく、平然と答えた。


「知らん。一度も入ったことがないからな」


「そうか。もし一人10万ガランとか言われたら、逃げ帰るしかないな」


「ふっ、さすがにそれは言い過ぎだ。オレ達はもうAランク。堂々としてればいい」


 アルはそう言って庭に足を踏み入れた。俺とエミールもその背中を追う。


 アルは勇者オーラを発散しているから、この宿にも相応(ふさわ)しく見えた。それに比べて、俺みたいな貧乏人オーラを発散したガキは、他の客から場違いに見られるだろう。従業員にもそう思われて、追い出されなきゃいいけど。


 噴水の側を通り過ぎ、玄関の前に到着する。重々しいドアを開くと、中には(きら)びやかな世界が広がっていた。


 だだっ(ぴろ)いロビーを、ドデカい照明が照らしている。ラトルソス卿のお屋敷にも似たような物があった。アルによると『シャンデリア』という名前らしい。


 そして、特に目を引くのは床だった。全体にワインのように赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれているのだが、中心だけは丸く切り抜かれ、ガラス張りになっていた。大きさは直径3メートルほどで、そのガラスの下側では、なんと金色の魚が優雅(ゆうが)に泳いでいたのだ。


 俺はアルの(そで)を引っ張って言った。


「おい、アル。魚が泳いでるぞ。この宿は川の上に建ってんのかな?」


「いや、大きな水槽(すいそう)が地下に作られてるんだろう。大がかりなことだ」


 アルはあまり感動しているように見えない。が、エミールは違った。


「綺麗……」と、水槽を(のぞ)き込みながら呟く。


 うん、天国みたいに綺麗な光景だ。しかも、綺麗なだけではなく、匂いまで良かった。今までに()いだことがない、うっとりするような(かお)りが(ただよ)っている。


 辺りを見渡すと、受付カウンターの両側に白い壺に置かれ、そこに美しい植物が植えられていた。丈が2メートルくらいある枝のように細い樹木なのだが、その細い細い枝から異様にデカい花が咲いていた。大きさは俺の頭くらいで、おそらくこの部屋の匂いはこの花のものだろうと思われた。しかも不思議なことに、赤一色の花と白一色の花が、同じ(みき)から咲いているのだった。こんな奇妙な植物は見たことがない。やはりここは天国なのだろうか。


 アルが受付に向かうので、それについていく。受付にいたのは天使、ではなく、髪型をぴっちりと整えた若い男だった。そのぴっちり感は尋常(じんじょう)ではなく、変な薬で固めているのか、てかてかと光っていた。


 それを珍しいモンスターを観察するような思いで見つめていると、アルが男に声をかけた。


「すみません、今日ここで一泊したいのですが」


「かしこまりました。三名様ですね?」


「はい」


「では、料金は1500ガランになります」


 アルが財布から金貨一枚と銀貨五枚を出して男に渡す。


 くぅ、やはり高い。三人で1500ガランってことは、ちょうどドラゴンのゼスの報酬額と同じだ。毎日泊ろうと思ったら、ゼスを一日一頭倒さなくてはならない。そんなことを客全員がやってたら、ゼスが絶滅しちゃうんじゃないだろうか?


 男が部屋の鍵をアルに渡して言う。


「こちらに泊るのは初めてですよね」


「はい、そうです」


「では、当館の説明をさせていただきます。まずレストランは右手奥にございます。お食事は朝食と夕食がビュッフェとなっており、昼食はアラカルトとなっております。双方とも料金はいただきません。それから浴場はこちらの――」


 男が説明を続けるが、俺の頭には入っていかなかった。もう腹がぺこぺこで、食事の説明以外はどうでもいい。『ビュッフェ』『アラカルト』という聞いたことがない言葉と、『料金はいただかない』という魅力的な言葉が並んでいた。ビュッフェ、アラカルトってなんだろう? 料理の名前かな。タダってことは、あんまり美味しい料理じゃなさそうだ。いや、それは貧乏人の発想だな。これだけゴージャスな宿屋が、食事だけをケチるとは考えにくい。期待していいんじゃないかな。


 そんなことを考えているうちに、男の説明が終わった。


 アルがこちらを振り向いて言う。


「じゃあ、さっそくレストランに行くか」


 俺は力強く答えた。


「おう! ……で、場所どこだっけ」


「あっちだ」


 三人でレストランに向かう。廊下を歩きながら、エミールが言った。


「朝食はビュッフェって言ってましたが、ビュッフェっていったいなんでしょう?」


「そうそう、俺もそれ気になってたんだよ。あとアラカルトも。アルは知ってるか?」


「ああ、ビュッフェは料理をいちいち注文しなくてもいい形式のことだ。最初から料理が並んでいて、客が自由に持っていける。それに対してアラカルトは、メニューの料理を注文する形式だ。普通のレストランと同じだな」


「へぇ。じゃあビュッフェなら料理を待たなくていいわけだ。さすがは高級宿。楽しみ楽しみ」


 俺はウキウキした気分でレストランの扉を開けた。そして、そこに広がっていた光景を見て度肝(どぎも)を抜かれた。


 なんと、レストランのど真ん中に巨大な肉の塊が置かれていたのだ。その全長は5メートルはあるだろうか。よく見ると、肉の側に札が置いてあり、そこに料理名が書かれていた。『ミドドの丸焼き』というらしい。


 エミールも驚いた様子で言った。


「なんですかアレは。ミドドの丸焼きって書かれてますが」


 アルが平然と答える。


「ミドドは湖に生息するドラゴンの名前だ。壮観(そうかん)だな」


 本当は鱗で覆われていたのだろうが、すべて剥がされ、表面にこんがり焼き目がついていた。香ばしい匂いが部屋中に充満している。めちゃくちゃ美味しそうだ。


 俺はさっそく肉を取りに行こうとして、ふと気づいた。


「ん、待てよ。これ、料金がかからないんだよな?」


「ああ、そうだ」とアル。


「それって、どれだけ食ってもタダってことか?」


「もちろん」


「じゃあ、このミドドの肉を一人で全部平らげても、一ガランもかからないってことか?」


「ん、まあ、理論上はそうだが、そんな芸当ができる奴はいないし、食費も宿代に(ふく)まれてるから、一ガランもかからないって言い方は不正確だ」


「でも、食えば食うほど得するってことにはなるよな?」


「そうだな。でも、あまり食い過ぎるなよ」


「やだ!」


 俺はミドドのテーブルに()けだした。ミドドもデカいが、それを乗せる皿も笑ってしまうほどデカい。さらに、その皿の側には剣のように大きなナイフが置かれていた。これで肉を切り分ければいいのだろう。


 取り分けるための小皿をこちらに寄せた後、ナイフを両手で持ち上げる。ぶすりと肉の塊に突き立て、ノコギリのようにギコギコと肉を切断した。ベタンッと音を立てて肉塊が皿に落下する。分厚いが、ちゃんと中にも火が通っていた。


 小皿に乗せた分だけでも、いつも食べているグナメナの五倍くらいボリュームがある。眺めているだけで涎が垂れそうだ。


 早く食いたいので、さっさと近くのテーブルに運ぶ。アルとエミールを探すと、二人はトレイを持ってそれぞれ料理を選んでいた。ミドドに目を(うば)われて気づかなかったが、他にも魅力的な料理がこれでもかと並んでいる。色とりどりの料理は、まるで宝石のように輝いて見えた。


 それから、当然だが、俺達以外にも客の冒険者が何人もいた。全員が少なくともBランク以上の実力者だと考えると、なんだか不思議な感じがする。前の宿の客と見た目がほとんど変わらないからだ。まあ、俺達も他人のことは言えないんだけど。


 てか、そんなことはどうでもいいや。ミドドの肉だけじゃもったいない。もっと他の料理も食わないと。


 そう思い、トレイがどこにあるのかアルに尋ねた。


「なあ、そのトレイってどこに置いてあんだ?」


「入り口の近く。あそこだ」


「ああ、あれか」


「ゼラ、ミドドの肉はどこのテーブルに置いた」


「ん、あそこ」


 俺はさっきのテーブルを指さした。


「ふふっ、あははははは」


 すると、なぜかアルが大笑いしだした。


「おい、なんだよ。何がおかしいんだよ」


「取り過ぎだ馬鹿! どうやって食うんだ」


「食えるってあれくらい。めちゃくちゃ腹減ってるもん」


「じゃあ、あれを全部食ってから他の料理を持っていけ。ビュッフェは料理を残しちゃいけなんだ」


「この俺が料理を残すわけないだろ。見てろよ」


 俺はナイフとフォークを手に取り、テーブルに戻った。肉を豪快(ごうかい)に切り取って食べる。すると、肉汁が波のように口の中に押し寄せた。


 う、美味すぎる。外の皮はパリッと硬く、中の肉は肉と思えないほど柔らかい。その柔らかい肉を噛みしめると、旨味(うまみ)が詰まった肉汁がジュワッと(あふ)れ出てくるのだ。さらに、スパイシーな調味料が振りかけられているようで、これが肉の旨みを何倍にも引き上げていた。


 これならいくらでも食える。食べ残しを恐れるなど(おろ)かなことだ。ちゃちゃっと全部食って、他の料理にもありつかないと。なんせ500ガランも払ってるんだ。きっちり元を取ってやる。


 俺は夢中になって肉にかぶりついた。


「そうがっつくな。(のど)が詰まるぞ」


 アルが言いながら席につく。エミールも料理を持って着席した。どちらも美味しそうな料理の取り合わせだが、その量はあまりにも(ひか)えめだった。


「なんだよ二人とも、その不抜(ふぬ)けた量は! もっと食わないと元が取れないぞ!」


「元を取る必要なんてないさ。美味しければそれでいい」


「そうですよ。ゼラ様こそ、そんなに食べたらお腹を壊しますよ」


「俺にかかればこれくらいペロリだ。華麗に駆除してやるから見てろよ」


 会話もそこそこに、俺はまたミドドとの格闘に戻った。半分まではペースを落とさずに食らいついた。が、そこからが大変だった。


 腹は(ふく)れてきたし、おまけに味にも()きてきた。最初はあんなに美味かったのに、今では口の中に広がる肉汁が鬱陶(うっとう)しくて仕方ない。


 アルがニヤニヤしながら言う。


「どうした? フォークが止まってるぞ。まさかもう食えないとか言わないよな。まだ半分も残ってるが」


「まだ食えるよ。ただ、味に飽きてきたってだけ」


「あれだけ美味しいそうだったのに」とエミール。「グナメナとミドドだとどっちが美味しいですか?」


「そりゃもちろん……」


 ミドド、と言いかけて口を閉ざす。果たして本当にそうだろうか。高級宿の高級レストランだから特別美味いと思ってたが、普通の宿で食べてたグナメナも充分美味かった。どちらの方が上、と簡単に優劣を付けられるものではない。それなのに、どうして俺はこんなに一生懸命ミドドを食べようとしてるんだ? 


 なんだか自分がすごく無意味で馬鹿げた挑戦をしているように思えてきた。これがグナメナだったら、こんなにたくさん食べようとは思わなかったはずだ。


「いつまで考えてんだ」とアルにツッコまれる。「グナメナよりそっちの方が絶対に美味いだろ」


「……いや、たしかにミドドの方が味のインパクトは強いけど、グナメナにはグナメナで素朴(そぼく)な良さがある。そう簡単に優劣は付けられないよ。グナメナだったらこんなに早く飽きなかったと思うし。ほら、パンはそんなに美味しくないけど、毎日食えるだろ? それに近いな」


「……」


 アルは黙って料理を口に運んでいる。


「コラッ! せっかくこっちが解説してるのに無視すんじゃねぇ!」


「ん、悪い。興味が無くて相槌(あいづち)を打つのも面倒だった」


「悪いと思うなら正直に言うな!」


 エミールが話題を転じる。


「あの、私にもそれ、少し分けてくれませんか? 味が気になるので」


「うん、いいよ。なんなら全部あげる。はい」


 そう言ってミドドの皿をエミールに寄せる。


「いや、さすがに全部はいいですよ。少しでいいんです」


 エミールは肉塊からほんの一部だけ切り取り、自分の皿に乗せた。それにフォークを突き刺して口に運ぶ。


 その瞬間、エミールの顔がぱっと明るくなった。(ほお)を押さえ、感動に目を(うる)ませている。


「お、美味しすぎる……。グナメナよりはるかに美味しいですよ。ミドドのお肉が天使の妙薬(みょうやく)なら、グナメナは毒で味付けされた(どろ)です」


「言い過ぎだろ! グナメナの悪口はやめろ! 俺の体はほとんどグナメナで出来てるんだからな!」


「ごめんなさい。でも、あまりにミドドが美味しかったので」


「うん、だからもっと食べていいよ」


「いや、いいです。私が持ってきた分が食べられなくなるので」


「えー、アルは?」


「オレもいい」


「ちぇっ、じゃあ俺が食うしかないじゃん。誰だよこんなに持ってきたの」


「ゼラだ」「ゼラ様です」と、二人に同時にツッコまれた。


 こうなったら一人で処理するしかない。食欲は湧かないが、気合いで乗り切ってやる。


 うおおおおおおお、と心の中で叫びながら肉を頬張(ほおば)った。半分残っていた肉をさらに半分に減らす。だが、そこで完全に俺の手が止まった。


 ……もう、一片(いっぺん)たりとも腹に入る気がしない。無理して入れれば、()いちゃう。


 既にアルとエミールは食べ終わっている。アルがまたニヤニヤしながら言った。


「どうしたんだ? 青い顔して。もう食えないのか?」


「……うん、泣きそう」


「泣きそう、ならまだ余裕(よゆう)があるな。泣くまで食え」


「無理。涙より先にゲロが出ちゃう」


「食事中に汚いことを言うな。まったく、ゼラの食い意地には困ったもんだな。仕方ない。オレが食ってやる」


「ホントか!? さすが勇者様だな! はいっ、おいしいよ。()し上がれ」


「……現金な奴だな」


 アルは呆れつつも、残ったミドドの肉を食べてくれた。


 俺は俺で、呆然としながらレストランを見渡した。ああ、あの星のように美しい料理の数々に手を付けず、ミドドの肉しか食わなかった。我ながら自分の食い意地が恥ずかしい。どうせだったら、すべての料理をちょびっとずつだけ食べたかった。これこそが正しい食い意地の張り方というものだろう。それで腹いっぱいになれれば、さぞ幸せなことだろうな。昼こそは絶対にそうしてやる。……いや、昼は注文形式だから無理じゃん。夜だな夜。


 そんなことを考えているうちに、アルがミドドを平らげた。


 皿を片付け、レストランを出る。


 俺は腹をさすりながら言った。


「さてと、これから何して遊ぶ?」


「子供じゃあるまいし、稽古に使ったらどうだ?」と、アルがつまらない提案をする。


「やだ! 今日こそは三人で遊ぶぞ。トランプしようぜ?」


「トランプなんて持ってないぞ」


「じゃあ買いに行こうぜ。トランプくらいパレンシアにも売ってんだろ」


 エミールがノリノリで言う。


「あれやりましょう? お(きさき)様探し。私、得意なんです」


「え、何それ? トランプのゲームだよね?」


「そうですよ。知りませんか? 三人いればできますから、教えてあげますよ」


「いろんなゲームがあるんだな。俺は剣並べと狐狩りしか知らないけど」


 アルも意外と乗り気な様子で言う。


「剣並べなら、オレは世界一上手いぞ」


「言ったな? じゃあその実力も確かめてやる」


 俺達は楽しく話しながら玄関に向かおうとした。だが突然、その雰囲気(ふんいき)をぶっ壊すような声が聞こえてきた。


「おいおい、なんだお前ら。ここはガキが来るところじゃねーぞ」


《③に続く》

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