高級宿 ①
翌朝、目が覚めると、俺はドキドキしながらアルの部屋に向かった。はたして、アルの左手は治っているのかどうか。もし治っていたら、今日の仕事は休めない。
頼む、昨日のままでいてくれ。むしろ悪化してろ!
心の中で祈りながらドアをノックする。
「アル、起きてるか?」
「ああ」
短い返事が聞こえ、アルがドアを開けた。
「おはよう、ゼラ」
「おはよう。で、左手の調子はどうだ? 悪化してるか?」
「馬鹿、悪化を期待するな。痺れは取れたから、今日はいつも通り仕事に行くぞ……と言いたいところだが、正直、痺れはまだ残っている。剣を上手く扱えそうにない。昨日言った通り、今日は休んだ方がいいだろう」
「やったあああ!」
俺は大喜びで飛び跳ねた。アルが呆れ顔で諫める。
「何を喜んでる。せっかくエバルの犯人を捕まえられるかもしれないのに」
「それは明日でもできるだろ? 今日サボれるかどうか、それが大事なんだよ」
「大事なわけあるか。達成に時間がかかる依頼だったらどうするんだ」
「かかるわけないじゃん。ルネスさんも言ってただろ。犯人の居場所は簡単に特定できるって。あとは三人がかりでとっ捕まえるだけだね」
「……余計なところで頭が回るなゼラは。まあ、いい。今日の仕事は休みとする。だが、オレはゼラの稽古に付き合ってやってもいいぞ? 痒みはほとんど治まったからな」
「せっかくの休日なのに稽古なんかするわけないだろ! ……てなわけで、俺が最高の休日プランを考えておいたぞ。高級宿に泊るんだ」
「高級宿? ああ、高ランク冒険者向けの宿か。……まあ、いいかもな。オレ達ももうAランクだし」
「だろだろ? 朝飯もここのレストランじゃなくて、そこで食おうぜ? ギルドに行ってからの話だけど」
「分かった。そうしよう」
「やりぃ!」
というわけで、アルと一緒にエミールの部屋に向かう。ドアをノックし、エミールと対面した。
「おはようございます。ゼラ様」
「おはよう、エミール。今日はアルの左手が治ってないから、仕事は休みだぞ。みんなでお祝いしよう」
が、エミールはちっとも嬉しそうじゃない。
「大丈夫なんですか、アル様」
「ああ。痺れは少し残ってるが、痒みはほとんど治った。先生も完治に二日かかると言ってたからな。明日になったら良くなってるだろう」
「そうですか。じゃあ、今日は自由時間ですね。それとも一日稽古に使いますか?」
とんでもないことを言い出したので、俺は慌てて否定した。
「なんて残酷なことを言うんだエミール。今日はギルドで例の依頼書を確認した後、高級宿に行くぞ」
「高級宿?」
「そう。高ランク冒険者専用の宿だ。この宿は中ランク向けだから、今の俺達には相応しくない。せっかくAランクに昇格したんだから、宿屋も昇格させよう」
「……でも、宿代がかなり高いんじゃないでしょうか?」
「だからいいんじゃん。ノウムの報酬があるんだから、パーッと使っちゃおうぜ? アルも許可してくれたからさ」
「……あの、お誘いは嬉しいんですけど、私は遠慮しておきます」
「えー、なんでだよ! 昨日の誘いも断るし、俺のことそんなに嫌いなのか!」
「いえ、そんなはずないじゃないですか。単にお金がもったいないんですよ。高い宿に泊るお金があるなら、弁償代に当てたいんです。本当はこの宿だって高いと思ってるんですよ。私には元の安宿で充分だと。でも、お二人と違う宿に泊ったら迷惑だと思って、黙っていたんですが……」
「だったら今回も同じじゃん。俺達と違う宿に泊ったら話合いをするのに不便だろ? 嫌でも高級宿に泊ってもらう。これはパーティーのためであって、仕方ない出費だ。だから気にするなって」
「……でも」
エミールが悩ましい顔で返事を渋る。
うーん、困ったことになった。もしエミールに断られたら、俺とアルだけで宿を変えることになるが、それだと心苦しい。話合いの時に不便になるだけじゃなく、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。もしエミールが嫌がるなら、宿は今のままにするしかないだろう。せっかくいい休日プランだと思ったんだけど、考えが甘かったな。無理強いもしたくないし……。
俺もエミールと一緒に悩んでいると、アルが口を開いた。
「よし、じゃあ、エミールの宿代はオレの取り分から全部出そう」
「おっ、いいこと言うじゃねーか。よかったなエミール」
これで解決、と思ったが、エミールは大反対した。
「そんな、絶対ダメですよ。ただでさえアル様には無料で魔法の指導をしてもらってるのに、これ以上お世話になるわけにはいきません」
俺はテキトーに説得した。
「別にいいじゃん。アルは勇者なんだから」
「関係無いでしょ! 勇者様だったらなおさら遠慮しますよ」
「遠慮は不要だ」とアル。「オレは金のために冒険者をやってるわけじゃない。大金を手にしても持て余すだけだ。だから仲間のために使わせてくれ」
うんうん、さすが勇者様だ。俺と違って欲深くないね。生きてて楽しいのかな。
そんなことを思いつつエミールの反応をうかがう。エミールはしばらく考え込んだ後、おずおずと言った。
「では、お言葉に甘えて、私も新しい宿に泊りましょう。でも、やっぱり宿代は私が――」
俺はじれったくなって遮った。
「あー、もう! アルがいいって言ってんだからいいの! エミールはもっと俺を見習ってアルに甘えろ! 情けないぞ!」
「どこが情けないんだよ」と、アルが微笑みながらツッコむ。
それに釣られてエミールも笑った。
「そうですね。では、私もゼラ様を見習って甘えます。アル様、ありがとうございます」
「これくらいどうってことない」と、アルは照れくさそうに答えた。
今日の予定が決まったところで、俺達はさっそく宿を出た。まずはギルドに行って例の依頼書が出されているか確かめなくてはならない。
ギルドの中に入ると、俺は真っ先に受付にいたルネスさんに声をかけた。
「おはよう、ルネスさん」
「おはようございます」
「例の依頼書、来てる?」
「ええ、届いてますよ」
「よしっ、ランクは?」
「Aランクです」
「えっ、マジ?」
「はい。報酬は5万ガラン。Aランクの最高報酬金額です」
「くぅ、Fランクだったらよかったのに」
「そうですね」
「反応うすっ! まあ、とにかく依頼書を確認してみるよ」
俺達は掲示板の前に移動し、例の依頼書を探した。報酬額5万のものを見つけ、中身を読む。
依頼内容はエバルを植えた犯人の捕縛。依頼主の欄には、なんと冒険者ギルドと書かれている。しかも、捕まえた犯人は治安署ではなく、必ずギルドに連行すること、と注意書きがなされていた。
今までの捕縛依頼とは一味違う。なぜ治安署ではダメなのか気になりつつ、続きに目を通す。
犯人の名前は不明。冒険者ではない。が、魔法罠の呪いにかかっているため、居場所の特定は容易。受付で居場所を示してくれる魔道具が貰えるらしい。
また、槍を使いこなし、武装したギルドの職員を二人殺害したのだという。
……人殺しか。こいつは俺と同じ潜影族。同族が罪を犯したと思うと心が痛む。まあ、もしこいつが潜影族の大量殺人に関わっているなら、そもそも人殺しだし、同族でも仲間意識なんてちっとも持てないんだけど。
あと、これでさっきの疑問が解けた。治安署ではなくギルドに連行する必要があるのは、ギルドの職員を殺したからだろう。
依頼書をすべて読み終わり、剥がして裏面を確認しようとした時、アルがぼそりと言った。
「……怪しいな」
「怪しい? 何が?」
「普通の罪人であれば治安署に連れて行けばいいはず。どうしてそれがギルドでなくてはならないのか」
「いや、そりゃ、犯人がギルドの職員を殺したからだろ」
「それがどうして理由になる」
「ムカつくからギルドが直々に犯人をとっちめたいんだよ」
「……それはないだろう。被害者が誰だろうと、犯人は国王陛下に任命された治安官によって裁かれなければならない。それをギルドが独断で行うなうとすれば、最悪、国家への反逆行為と見なされる」
「そんな大袈裟な」
「いいや、大袈裟じゃない。国の法律はたとえギルドが罪人を裁く目的であっても、決して犯してはならないものなんだ。となれば、別の原因があるはずだ。エバルを植える行為は法に触れないからと、治安署に対処を突っぱねられたのか、それとも治安署では手に負えないと判断されたのか……」
「まあ、どっちにしろ俺達にはあんま関係無いだろ。犯人を突き出す場所が変わっただけだ」
「……だといいんだがな」
アルが不吉な言葉で会話を区切った。勇者様は変な時にだけ心配症だな。
そう思いつつ、依頼書の裏側を見る。そこには男の絵が描かれていた。歳は四十代くらいで、鼻の下に髭が生えている。髭の形が面白く、形が整えられて両端がくるんと上に曲がっている。
服装は黒い紳士服で、シルクハットを被っていた。槍を構えていなければ、都会によくいるオシャレなおじさんにしか見えない。
「お髭が可愛いですね」とエミール。
「髭はね」と短く返答し、俺は考え込んだ。
こんな奴が潜影族の生き残りなのだろうか。俺の集落にいた大人はこんな服装をしていなかった。理由は当然、誰も紳士服を買う金など持っていなかったからだ。もしかして、貧乏だったのは俺がいた集落だけで、他の集落はもっと金を持ってたってことか? それともこいつがエバルを植えることで金儲けをしてるとか?
いろいろ考えてみても、答えが分かるわけもない。これは直接、この男に問いただしてみるしかなさそうだ。
掲示板に背を向け、受付に向かう。ルネスさんに依頼書を見せ、手続きのついでに気になっていたことを尋ねた。
「ねえ、この依頼、犯人を治安署に連れて行くなって書かれてるけど、なんでなんだろう?」
「分かりません。私も気になっていたんですよ。このような依頼を見るのは初めてで。……これはあくまでも推測ですが、おそらくはギルドもこの犯人を詳しく取り調べしたいと思っているのでしょう。それから治安署に引き渡したいのだと考えられます」
「うんうん、だってさアル。納得した?」
「……」
アルは難しい顔をして何やら考え込んでいる。
「なんだよぉ、ルネスさんの名推理を聞いてもまだ納得できないのか?」
「……いや、ルネスさんの推測は正しいかもしれないが、ちょっと引っかかるんだ」
ルネスさんも頷いて言う。
「はい、私もこの考えに納得しているわけではありません」
「え? なんで?」
「こう言ってはなんですが、治安署の尋問はギルドのそれよりも厳しいものです。犯人の口を割るためにはあらゆる手段を行使します。ですから、わざわざギルドがやりたがる理由がよく分かりません。その理由があるとすれば……」
「あるとすれば……」
「……言えません」
「なんで! 気になるじゃん!」
「私はギルドの人間です。これ以上、無責任なことは言えません」
「ルネスさんはじらすのが好きだねぇ。こうなったら犯人に会って直接訊いてみるしかないな。気になることが他にも山ほどあるんだから。話を聞いてるだけで一日終わっちゃうかもね」
「ああ、それと、犯人の居場所を特定する魔道具をお渡します」
ルネスさんが席を立ち、カウンターの奥から小さな魔道具を持ってきた。
「どうぞ」と、俺に魔道具を手渡す。
それは手に収るくらいの大きさで、丸い形をしていた。木の枠に透明なガラスで蓋がしてあり、中を見ると時計の針のような細い金属が一本組み込まれている。針は全体的に銀色をしているが、一方の先端だけが赤く塗られていた。
「方位磁針ですか?」とアル。
「はい。ただし、この方位磁針が示すのは北か南かではなく、犯人がいる方角です。針の先端が赤くなっていますよね。その方角に進めば犯人を見つけられます」
「へぇ、よく出来てんなぁ」
俺は感心して呟いた。こんな出来損ないの時計みたいな道具が、影に逃げられる潜影族を追い詰めるというのは面白い。
魔道具をひっくり返したり、振ったりして弄んでいると、ルネスさんが説明を続けた。
「犯人は呪いのせいでこの建物から7キロメートル以上離れることはできません。その方位磁針があれば犯人を見つけるのは容易でしょう」
「うん。絶対に捕まえて、潜影族の謎を暴いてみせるよ」
「ご健闘をお祈りしております。もし謎が解明できたら、私にもお聞かせください」
「もちろん。ルネスさんはたくさん協力してくれたからね。それじゃあ行ってくるよ」
「はい。どうかご無事で」
ルネスさんに見送られてギルドを出る。
といっても、今日は休むんだけどね。高級宿でいっぱい贅沢するぞ!
意気揚々とギルドを出る。すると、俺達を大粒の雨が出迎えた。
エミールが庇がある位置まで下がって言う。
「急に降ってきましたね。さっきまで晴れてたのに」
俺も慌てて一歩下がり、空を睨んだ。
「ああ、せっかくの休みなのに、幸先悪いな」
「そうか? オレは好きだけどな、雨」
そう言いながら、アルは庇の外に出て、そのまま歩き出した。
「おいおい、傘も差さずに行くのか? 雨がやむの待とうぜ?」
「ふっ、オレを誰だと思ってるんだ? 二人とも出てこい。濡れないから」
「あっ」
そうか、アルは水魔法の達人だった。雨の雫なんて簡単に操ることができる。
というわけで、俺とエミールは一緒に庇の外に出た。本来であれば頭に感じるはずの冷たさがいっさい無い。髪を触っても濡れていなかった。アルが水滴を魔力でどかしてくれているのだ。
エミールが感心して言う。
「さすがですねアル様。無詠唱でここまで水を操作できるなんて」
「稽古の成果だ。エミールも頑張ればできる」
「無理ですよ。私の魔力量では」
「そうかな」
三人で宿に向かって歩く。地面もびちゃびちゃになっていたが、靴は面白いくらいに濡れなかった。それに感心しつつ、俺はなんとなく気になっていたことを尋ねた。
「なあ、アル。さっき雨が好きって言ってたけど、それって晴れよりか?」
「ん、まあ、そうかな」
「マジで? 絶対晴れの方がいいだろ。たとえ水魔法で濡れなくてもだ」
「晴れだって好きさ。だからオレが一番好きなのは、雨上がりなんだ」
「ああ、それは俺も分かるよ。虹が見られるしな」
「ゼラは晴れが一番好きなのか?」
「うん、みんなそうだって。ただ夏は別だけどな。暑くて昼寝できないから、その時は雨が恋しくなる。エミールはどう? 晴れが一番好きだよな」
「いいえ、晴れもいいですが、私は曇りが一番好きです」
「ええっ!? なんで!? そんな人いるのか!」
「そんなに驚かなくても。私以外にもたくさんいると思いますよ……たぶん」
「曇りのどこがいいんだよ。たしかに夏は涼しいかもしれないけど」
「そうですねぇ……。曇り空って、雨よりも寂しい感じがするじゃないですか。そこですかね」
「それ理由になってないよ! 寂しいなら普通嫌いでしょ! アルは共感できる?」
「うーん、分からないこともない。エミールは喜劇よりも悲劇の方が好きなんじゃないか?」
「はい、そうなんです。明るい話も好きですが、暗い話に惹かれることの方が多いです」
「やっぱりな。喜劇の数だけ悲劇もある。エミールみたいな人は意外と多いんじゃないかな」
そう言われても、俺はちっとも納得できない。
「そうかねぇ。絶対晴れの方が過ごしやすくていいのに……」
「感性は人それぞれだ。正解は無い。ほら、宿が見えてきたぞ。あれだ」
アルが指さす先には、見るからにゴージャスな大豪邸が建っていた。
《②に続く》




