傭兵紳士 ③
敵の体が影に沈む。
「ぬおっ」と敵が驚くのと同時に、アルが剣を振り、波動斬を放った。
決まれ!
心の中で叫ぶ。だが、バチィッと強烈な音が前方から響いたかと思うと、なぜか波動斬は届かず、そして、敵は地上から1メートルくらいの高さに浮かんでいた。これも無詠唱の風魔法だろう。
裏世界に沈める戦法は通用しないようだ。弓も切られたし、俺にはもう何もできない。アルが頼りだ。なんとかしてくれ!
そう声に出したかったが、敵の手前、黙っていることしかできない。
敵が涼しげな顔で言う。
「危ない危ない。これが、弓ボウヤが言っていた潜影族の力だね? あのまま影に沈んでいたら、私は裏世界とやらに飛ばされていたわけだ。そして永遠に閉じ込められる。実に恐ろしい魔法だ。いや、潜影族にしか使えないということは、異能の一種かな。面倒だが、ずっと浮いているしかないようだね」
一つ、ツッコミどころがある。制限時間があるから、裏世界に敵を永遠に閉じ込めることはできない。
だが、敵にビビってもらえる方が、こちらとしては気分も都合もいい。本当のことは黙っておこう。
アルが敵に問う。
「どうやってオレの波動斬を消した」
「もちろん、風だよ。私を取り巻く風達が、その身を犠牲にして波動斬を相殺してくれたんだ。離れた場所から安全に戦おうだなんて、つれないことを考えるのはやめたまえ。もっとこっちに来て、一緒に踊ろうじゃないか」
そう言いながら敵はゆっくりと地面に降り立った。……かのように見えたが、影に沈まないので、まだほんの少しだけ浮いているらしい。この状態で戦いを続けるようだ。
さっきから敵が使うのは無詠唱魔法ばかり。それなのにアルの魔法や攻撃を無力化している。やはり、底が知れない。このおじさん、ヤバいぞ……。
何もできずに突っ立っていると、アルが動いた。
「ライムキース」
呪文を唱えながら敵に接近する。光の鎖が二本、敵の足下から飛び出した。槍に巻き付き、地面と繋げて固定する。
その直後にアルは敵のすぐ目の前まで近づいていた。振りかざした剣の刃は、いつの間にか黄色く光輝いている。
おそらく神命流の一の型だ。出し惜しみするつもりはないらしい。
これで剣を槍で受けることはできなくなった。が、敵も呪文を唱える。
「ドラバス」
その瞬間、槍全体が青白い雷光を放出し、バリバリと恐ろしい音を響かせた。
アルは剣を振り下ろす直前で後方に跳び、かろうじて雷光を避けた。反対に敵は槍を大きく振りながら前進する。
光の鎖は雷魔法に破壊され消滅していた。役割を負え、槍を覆っていた雷光も消える。
敵の動きは素早く、足が浮いているようにはまるで見えなかった。アルは神命流を解除し、通常の刃で敵の槍を受けながら、防戦一方の体で後退を続ける。
あのアルが押されるなんて、このおじさん、武器術も相当できるぞ。いったい何者なんだ。
ふと隣を見ると、エミールが役立たずになった杖を握り絞め、固唾を呑んで戦いを見守っていた。アルが苦戦しているのに、俺達二人にはどうすることもできない。
俺はとりあえず、エミールの手を取ってその場を離れることにした。
「離れるよ、エミール」
「ちょっと、どこに行くんですかゼラ様」
「近くにいたらアルの邪魔になるだろ? もっと離れた場所で観戦してよう」
「観戦って、私達も戦わないと」
「どうやって! あのおじさん、めっちゃ強いぞ! ここは大人しく、戦いを見守るしかない」
「でも……」
「でもじゃない!」
じゃっかん抵抗するエミールの手を力尽くで引きながら、俺はアルの右側面、10メートルほど離れた場所まで走った。そこでアルと敵の壮絶な戦いを見守る。
アルはなんとか槍の間合いに入ろうとしているが、敵の猛攻がそれを許さなかった。槍は目にも止まらぬ速さでアルの体を貫こうとする。少しの隙が命取りだ。
敵の優勢が続く中、戦況が変化した。突如として二人の間に眩しい光が迸る。
俺は堪らず目をつむった。光が消えてから目を開けても、その残像が視界を覆い隠すので鬱陶しい。
どうやらアルが無詠唱で光魔法を使ったようだ。離れた場所から見てもこれだけ眩しいんだから、目の前で食らった敵はしばらく何も見えなくなるだろう。
アルの反撃が始まった。槍の刃よりも前に踏み込んで剣を振るう。敵はそれを避けるためにひたすら後退した。
形勢逆転。もし敵の視力が戻っても、また目潰しをしてやればいい。目も見えない状態でアルに勝てるわけがない。一時はどうなるかと思ったが、これで勝負ありだ。
こっちの心にも余裕が出てきて、腕を組んで戦いを眺める。が、その余裕はたちまちにして崩れ去った。
どうも様子がおかしい。敵は目が見えないはず、というか、さっきからずっと目をつむっている。それなのに、アルの剣が掠りもしないのだ。見事な身のこなしで剣を避け、それどころか槍を振るって反撃までする。
目をつむっているようにはとても見えない。いったいどうなってるんだ……。
敵が振り下ろされる剣を槍の柄で受け、その力を受け流すように槍を一回転させる。同時にアルの側面に移動すると、一瞬手放した槍を持ち直し、刃を水平に薙いだ。アルは即座に後方に跳び、なんとか攻撃を避ける。
またも形勢逆転。相手は目が見えないというのに、それでもアルが押されている。このおじさん、マジで何者なんだ。こんなのモンスターよりもおっかないぞ。
敵が目を開け、戦いの手を止めて言う。あれだけ動いて、息一つ切らせていない。
「目潰しなんて小賢しい小細工は私に通用しないよ。若者は若者らしく、もっと情熱的に戦いたまえ」
「なぜ通用しない」
呼吸が乱れていないのはアルも同じだった。だが、その声からは敵と違って余裕が一切感じられない。感じられるのは驚きと、得体の知れないものに対する恐怖だ。
「君の位置も剣筋も、すべて風圧が教えてくれる。君には教えてくれないのかな? だとすれば、さぞ不便なことだろうね」
「……お前、ただの武術家ではないな。いったい何者だ」
「だから、紳士と言ってるじゃないか」
「はぐらかすな! 元冒険者か? それとも元兵士か?」
「どちらでもないよ。まあ、生まれは騎士の家柄だがね。私は三男だから、家督を継がなかった。おかげでこうして自由に生きられるというわけだよ。もし長男だったらと思うとゾッとするね」
「家督の継承者でもない人間が、それほどの武術を習得した理由はなんだ」
「もちろん、戦うのが大好きだからだよ。ゆえに私は、傭兵になった」
「……なるほど、傭兵か。どうりで強いわけだ」
俺は言葉の意味が分からず、エミールに尋ねた。
「ねえ、傭兵って何?」
「報酬を貰って戦争に参加する兵士のことです。国王に専属する騎士とは違って、他国の戦争にも参加します」
「へぇ、わざわざ他国の戦争に首を突っ込むのか。物好きな奴がいるもんだ。本物の戦闘狂だな」
話を聞いていた敵が言う。
「その通りだよ弓ボウヤ。私は戦闘狂だ。戦いが好きで仕方がない。男の本懐は、戦いの中にしか無いと思っている。君もそうなんだろう? 剣ボウヤ」
「お前と一緒にするな」
「一緒だよ。そうでなければ、これほど強いはずがない。たかが17歳のボウヤが、だ。天才だけでは説明がつかんよ。まだ奥の手をいくつも隠し持っているんだろう? それは後々見せてもらうとして、まず君の素性も訊こうかな、神命流の剣士よ。階級は上級だろう?」
「……ああ、そうだ。よく分かったな」
「ふふふ、そりゃ分かるさ。君が赤ん坊の頃から、戦場を渡り歩いてきたんだからね。私が今までに殺した神命流の剣士は十三人。そのうちの一人が上級、あとは中級だった。神命流はその習得の難しさから使い手が非常に少ない。まして上級以上となれば尚更だ。私が殺した上級剣士は、君よりはるかに年上だったぞ? どうしてその歳で上級まで昇り詰めた? それは君が、私と同類だからだ。違うかね?」
「違う。オレは金を貰って人殺しをしようとは思わない」
「だが、戦いを愛しているという共通点は認めるだろう? 私と切り結んでどう感じた? 歓喜しただろう? 高揚しただろう? 私の刃を避けるその一瞬一瞬が、日常ではとうてい感じ得ない、生存の喜びに満たされていたはずだ。そして、強敵である私をその剣で打ち倒した時、君はこう思うに違いない。ああ、自分はこの時のために、人生の大半を過酷な自己研鑽に捧げてきたのだ、と。君の人生は、戦うことでしか報われない。そんな人生を選んだ君が、戦いを好まないとはとても思えないのだが」
「……そうかもしれない」
「変態じゃねーか!」という俺のヤジを無視して、敵が話を続ける。
「べつに恥ずかしがることはない。戦いは人間の本能だ。特に、男のね。好きで然るべきなんだよ。戦いを嫌うのは、弱い男だけだ」
俺はその言葉に納得できなかった。本当にそうだろうか。俺は弱い男だし、戦いが嫌いだけど、もし強かったとしても、戦いを求めるとは思えない。もちろん、金になるなら別だが、それでも極力面倒な戦闘は避けようとするだろう。
エミールも納得がいかないらしく、「人間は動物じゃない」と苦々しげに呟いた。
敵が語る。
「あとね、私を金目当てで人殺しをする野蛮人だと思わないでほしいね。私は傭兵である前に紳士だ。私情で人を殺したことは一度もないし、殺すにしても美学をもってそれを為す。現に、君の仲間には手をかけなかっただろう」
「だったら自分の罪を認めて、潔くギルドに出頭したらどうだ? それが一番美しいと思うが」
「ほう、君は正義感が強いようだね。私が嫌いなタイプだ。秩序がもたらす美などたかが知れている。真の美とは、秩序の破壊にこそあるのだよ」
「……やはりオレとお前は、同類ではないらしいな」
「正反対の同類というべきじゃないかな。人間の男女のように」
「御託はいい!」
アルが地面を蹴り、敵に跳びかかった。敵はアルの剣を槍の柄で捌きながら、日常会話かのような調子で言った。
「おいおい、待ちたまえよ。私の質問はまだ終わってない。君の出自はなんだい? それほどの武術を身につけながら、まさか農民の生まれではないだろう。伝説の勇者じゃあるまいし」
アルが剣を振るいながら答える。
「お前と同じだ。オレも騎士の家に生まれた。次男だから家督は継がなかったが」
えっ、そうなの!? と仲間の俺は心底驚いたのに、敵は予想通りだったらしい。
「やはりね。君からは私に似た匂いがぷんぷんする。ご長男からはさぞ嫉妬され、疎まれたんじゃないかな。天才の性だ。同情するよ」
「……黙れ」
「ふふふ、そう思うなら『違う』と答えたまえよ。隠し事が下手だね。それとも、嘘が嫌いなのかな。私は好きだけどね。嘘つきより、馬鹿正直な人間の方が」
「黙れと言っている。ライムギディウス」
敵の頭上に無数の光の剣が現れた。
敵はアルの剣を対処するので精一杯。しかも今回は上級魔法だ。
いけるか! と思ったが、やはりと言うべきか、敵は高速で後退し、光の剣をことごとく避けた。地面に突き刺さった剣が虚しく空気に散っていく。
「ふむ、いいね。たとえ剣士であろうとも、上級魔法くらい扱えた方がいい。その方が戦いにコクと深みが出る」
アルがその場に立ち止まったまま言った。
「傭兵にお褒めいただき光栄だ。悪いがオレにも教えてくれないか。お前の槍術の流派を。恥ずかしながら、オレには見抜けない」
「いいだろう。君の謙虚さに免じて、特別に教えてあげよう。私の槍術の流派は、ロン・バルバ流だよ。ちなみに、階級はロン・バルバ級だ」
ロン・バルバっつったら、敵の名前だ。ふざけやがって、と俺は内心で腹を立てたが、アルはそうではないらしく、驚いた様子で言った。
「……つまり、独自の流派を創ったということか?」
「独自の流派というのは大袈裟だな。私は流派なんてものに縛られたくないのだよ。だからこそ、様々な流派の槍術を学んだ。そして、私の好みに合う技だけを習得し、それをより私の好みに合うように改良してきた。それだけのことだよ」
「そうか、どうりで型が読めないわけだ。そんな邪道極まりない修行の仕方で、よくそこまで強くなれたな。お前も充分天才だ。達人という言葉だけでは説明がつかない」
「だろう? 天才は天才を知るというやつだね。私も師匠から散々言われてきたよ。お前のやり方は邪道だと。邪道、邪道、邪道。何度も聞きたくなる、私の大好きな言葉だ。逆に、達人という言葉は大嫌いだよ。達人など、退屈な正道を歩んできた年寄りに過ぎん。私は歳を取ろうとも、魂は若くありたいんだ」
「正道を歩んだとしても、魂は老いないと思うが」
「いいや、老いるよ。正道には上達はあっても、発見はない。まあ、凡人は大人しく正道を歩んだ方が賢明だと思うがね。凡人の目には正道も発見の宝庫として映るだろうし、何より安全に強くなれる。だが、邪道は悪路だ。少しでも道を踏み外せば、たちまち奈落の底に転落するだろう。私もいつかは落ちるかもね」
「オレが今から落としてやる」
「たかが上級剣士の君が、バルバ級の私を?」
「邪道に階級はない」
アルはそう言うと、再度敵に跳びかかった。
《④に続く》




