傭兵紳士 ④
「趣向を変えよう」と言いながら、なんと敵は槍を頭上に放り投げた。くるくると回転しながら槍が空へと昇っていく。
素手となった敵に、アルが容赦なく剣を振るった。だが、敵は剣の柄を真っ向から両手で押さえ込み、攻撃を受け止める。直後、アルが直進する力を横に逸らしながら、アルと同じ方を向いて真横に並ぶ。そして、アルの腕を自身の額まで持ち上げながら体の向きをくるりと反転させ、その手を一気に振り下ろした。
アルの体が後方に大きく傾く。片足が浮いて真上を向き、そのまま背中から地面に叩きつけられた。
な、なんだなんだ? 敵は素手なのに、アルの方が攻められてる。こんな技は見たことない。いったいどうなってるんだ?
唖然としながら戦いを見守っていると、戦況はさらに深刻な方向へと進んだ。
敵は倒れたアルの側でしゃがみ込み、右腕を両手で地面に押さえ込んでいる。そして、上空には最初に放り投げられた槍が、アルに刃先を向けて浮かんでいた。マズい、と思うのと同時に、矢のような速度でアルめがけて落下する。
アルは倒れる直前に左手に持ち替えていた剣で槍を弾くと、即座に上体を起こしながら隣にいた敵に剣を振るった。敵は跳び上がりながら軽々とそれを避け、後退して間合いを開く。槍は宙に浮きながら持ち主の後についていった。
アルが立ち上がり、元のように剣を構える。派手に地面に叩きつけられはしたが、幸い大怪我は負わなかったらしい。
敵が飄々と言う。
「どうだい? 私の投げ技の味は。なかなかの一品だろう。実戦の主役はもちろん武器術だが、脇役に甘んじている体術も、これはこれで馬鹿にできないものだよ。どんな武術家でも、後頭部を叩きつけられれば呆気なく死ぬ。そう、本当に、溜息が出るほど呆気なくね。だから君のように、ちゃーんと受け身が取れなくちゃいけない」
「お前の場合、敵を投げ飛ばすよりも、風魔法で吹き飛ばす方が早いように思うが」
「ふふふ、そうでもないさ。例えば今のような状況だ。私は既に自分の体を浮かせている。その上、君の体まで浮かせるのはさすがに骨が折れるよ。弓ボウヤに感謝するんだね」
「ありがとうって言ええ!」と俺は叫んだが、完全に無視された。
黙っているアルに、敵が悠々と近づいていく。
「さあ、君の剣術は、私の体術に通用するかな?」
「体術? だったら槍を使うな」
「使った方が、面白いだろう?」
「……」
二人の間合いが徐々に縮んでいく。あと三歩進めば手が届く位置にまで敵が来た時、アルが動いた。地面を蹴って一気に距離を詰める。今度は上下ではなく横方向に剣を振るった。
が、それを読んでいたかのように、敵はまたも剣の柄を両手で押さえ、アルの攻撃を受け止めた。
これじゃあまた投げられる。そう思って気が気じゃなかったが、すぐにそうなることはなく、二人の動きは膠着状態となった。
敵がニヤッと笑う。
「腕を上げさせなければいいと思っているね?」と言った直後、敵が剣の柄を中心として、アルの側面に回り込む。「お次は――」
「手首投げだろ?」
そう言いながら、アルは即座に敵と同じ方向に回り込み、真っ正面から向かい合う形に戻した。すかさず柄を持っていた左手を敵の手の下から引き抜き、その手で胸ぐらを掴む。直後、体の向きを反転させ、敵の腕をくぐって懐に入り込んだかと思うと、背中に担ぐようにして敵を前方にぶん投げた。
「うひゃあああ!」
敵がなっさけない声を上げながら裏返しになって宙を飛ぶ。そのまま仰向けの状態で地面に叩きつけられるかと思ったが、着地する直前でふわりと宙に留まった。まるで見えないベッドに着地したかのようで、ダメージは一切受けていなかった。
アルはというと、敵を投げ飛ばした後、即座に後方に跳んだ。アルがいた場所に槍が深々と突き刺さる。
今度は投げ技も槍も両方避けることができた。しかも投げ技のお返し付きだ。敵も強いが、やっぱりアルも強い。まだまだ勝負はこれからだ。
槍がひとりでに地面から抜け、持ち主の手元へと引き寄せられていく。両手で受け止め、敵が言った。
「いやぁ、まいったまいった。まさか私の投げを先読みして反撃に転じてくるとは。体術の腕もかなりのものだ。驚かせるつもりが、逆にこっちが驚かされたよ。君、若いのに可愛げがないね。若者はもっと、脇目を振るべきだと思うが」
「あいにく戦いが好きなんでね。戦闘術はあらかた習得した」
「ふっ、勉強熱心だね。そんな君に敬意を払い、私も上級魔法を見せてあげるとしよう。光栄に思うがいい。ここまで追い詰められたのは久しぶりだよ」
そう言うと、敵は槍の刃を手前に少し傾け、呪文を唱えた。
「ハウドレパノン」
それとほぼ同時に、アルも呪文を唱える。
「ライムケニオン」
敵が槍を水平に振ると、周囲に風が巻き起こり、両者の間にある雑草がアルの方向へと瞬時に薙ぎ倒された。
目に見えない風の刃が光の結界に衝突し、けたたましい音を立てる。この攻撃は見たことがある。魔王化エミールの得意技だ。あの時、アルは一方的に猛攻を受けたが、ライムキースを使ってなんとか状況を打開した。だが、この敵にライムキースは通用しない。どうするつもりだ、アル。
一瞬、アルがやられる姿を想像し、ゾクリと寒気を感じた。不安感に胸が締めつけられる。
敵はそれほどに強い。ああ、アル。勝たなくていいから、死なないでくれ。
祈るような気持ちで戦いを見守る。敵は憎らしいほど平然とした調子で言った。
「素晴らしい。私の上級魔法を、中級のライムケニオンで受け止めるとは。剣術、体術、魔術、どれを取っても隙が無い。完璧だね」
「そう思うなら、さっさと降参してくれないか」
「褒められているのに弱気なことを言うんじゃない。神の巡り合わせに感謝し、互いの全力をぶつけ合おうではないか。タイヴィクトル」
敵が呪文を唱えながら槍を手前に引く。すると、足下の砂が舞い上がり、槍の刃に吸い寄せられていった。砂煙によって、風が高速で刃の周辺に渦を巻いているのが分かる。
なんか、めちゃくちゃヤバい気がする。
俺は動揺しながらエミールに尋ねた。
「て、敵は何をするつもりなんだ?」
「タイヴィクトルは風属性の強化魔法です。ハウドレパノンを強化して放つつもりでしょう」
「ライムケニオンで防げるのか?」
「……私は無理ですが、アル様なら……」
「うぅ……アル様、頑張って……」
こうなったらもう応援するしかない。アルの光魔法と敵の風魔法、どちらが勝つか。
「ケニオムール」
アルも強化魔法を唱えて応戦する。結界の光が増した。
「ハウドレパノン」
ついに敵が攻撃を放つ。槍を振るうと、見えない刃が草を薙ぎ、アルの結界に襲いかかった。
衝突音、いや、破壊音が辺りに響く。結界は一瞬で粉々に砕け散った。
俺はとっさに目をつむった。その後、恐る恐る目を薄く開け、アルがいた方を見る。
アルはさっきより少し後退した位置に立っていた。てっきり体を切り裂かれてしまったかと思ったが、軽鎧には傷一つ付かず、血も流れていない。
結界が壊れたのに、どうして……。
その答えは、アルの剣にあった。刀身が光輝き、風の刃を受け止めていたのだ。敵の攻撃は目に見えないが、アルの姿勢と力の込め方からそのことは明らかだった。剣の柄から左手を離し、斜めに構えた刀身を内側から押さえている。脚は前後に大きく開き、よく見ると地面に引きずられた跡があった。
受け止めている攻撃の威力は、両肘の曲がり具合からも見て取れる。限界ぎりぎりといった感じだ。
「頑張れアル! 防ぎ切れ!」
命一杯の声援を叫ぶと、突如としてアルの両肘が前方に伸びた。
よしっ、攻撃を防ぎ切ったみたいだ。
その直後、敵が呪文を唱える。
「ハウケニオン」
ハウでケニオン、ということは、風属性の防御魔法だろう。どうしてこのタイミングで防御魔法を……。
よく分からないが、とりあえず、アルは敵が全力で放った魔法をがっちり受け切ったってことだ。しかも、アルにはまだ最上級魔法が残っている。この勝負、アルの勝ちだ。
俺は嬉しくなってエミールに声をかけた。
「やったなエミール。これで……」
隣に目を向け、言葉を失う。なぜか、エミールが地面に倒れていたのだ。杖を胸の前で握り絞め、両目をかっ開いている。
「え、エミール、何してんの?」
声をかけるが、反応は無い。どうやらアルの結界が破られるのを見て失神したらしい。
俺は側にしゃがみ、エミールの頬を軽く叩いた。
「おい、エミール! アルは無事だぞ! 起きろ! もう目ぇ開けてるけど!」
「あ、あ、アル様……」と、エミールはか細い声で言った後、はっとした様子で上体を起こした。「あっ、ゼラ様、アル様は?」
「無事だよ。敵の攻撃は神命流で防いだ。なんの型かは知らないけど」
「はぁぁ、そうですか。よかった……」
エミールは長い溜息をつき、胸を手で押さえた。
話を聞いていた敵が笑う。
「ふふふ、レディには刺激が強すぎたみたいだね。悪いことをした」と言ってから、視線をエミールからアルに移し、「今のは、二の型だね? 敵の魔法を光の刃で受けて跳ね返す。実に使い勝手がいい型だ」
なるほど。だから敵は跳ね返された攻撃をハウケニオンで防いだわけか。
「よく知ってるな」とアル。
「ああ、知っているとも。使い手を十三人も殺してきたからね。他も知ってるよ。一の型は、敵に魔口と呼ばれる傷を付け、魔力を満足に使えなくする。三の型は、闇魔法を無力化する。問題は次だな。私が知っているのは三の型までだ。四の型以降は使われたことが一度もない。いい機会だし、気になるから教えてくれないかな。まさか、神命流には三つしか型が無いのかい?」
「……そんなこと、敵に教えられるわけないだろ」
「そうケチくさいことを言うな。君達も私の情報が欲しくて戦ってるんだろ? こちらも情報を貰わなくてはフェアじゃない。……そうだ、こうしよう。神命流のすべての型を教えてくれれば、私も君の質問にすべて答えてあげようじゃないか。どうだい? なかなかいい条件だと思うが」
「……」
アルが悩ましそうな顔で黙っている。無理もない。これだけの強敵に手の内を明かすのは危険だ。対策を打たれるかもしれない。情報は死ぬほど欲しいが、ここは生き残ることを第一優先に考えるべきだ。
「アル、無理に教えなくてもいいぞ! 生きて帰ることだけ考えろ!」
「……」
アルは俺の呼びかけにも答えず、頭だけを働かせていた。
無言の間がしばらく続く。待ちかねた敵が口を開いた。
「長い! 私は待つのが嫌いなんだ。早く決断を下したまえ」
「……秘伝とされる型を、そう簡単に他流派の人間に教えられるか。お前も武術家なら分かるだろ」
「分からんね。私は武術家ではなく紳士だ。型なんて窮屈な檻に囚われたりはしない」
俺が見かねて助言を送る。
「テキトーに嘘の型でっち上げればいいだろ! 敵は答えを知らないんだから!」
敵が俺をちらりと見て笑った。
「ふっ、嘘は良くないと言ったはずだよ、弓ボウヤ。武術に関する嘘で、私を騙せると思わないことだ。もし、君が嘘をついたと判断すれば、私も何食わぬ顔で嘘の情報を伝えるだろう」
「ああ、オレもお前を騙せるとは思っていない」
「利口だね。では、さっさと神命流の奥義を教えたまえ」
「……断る」
「ほう、私の情報は不要ということかな?」
「いいや、無理やり口を割らせてやる」
「ふふふ、強がりはやめたまえよ。君にそこまで私を追い詰められるとは思えない。既に、我々は上級魔法を見せ合っている。戦いはクライマックスだ。おそらく、次の応酬で決着が付くだろう。君を殺してしまったら、神命流の奥義を聞き損ねるではないか」
「勝手に戦いの流れを決めるな。オレにはまだ奥の手が残っている」
「ふんっ、どうせその奥の手とやらは神命流の型じゃないんだろう? 私が殺してきた神命流の剣士は誰も使ってこなかったからね。ということは、だ。おそらく特殊な状況下でしか使えない型なのだろう。気になるねぇ、好奇心が疼く。なぁ、頼むよ。誰にも口外しないから教えてくれ」
「……お前のボスに頼まれても、口外しないか?」
「痛いところを突くねぇ。悪いがそれは無理だな。あの方に頼まれれば、私に拒否権は無い」
「交渉決裂だな」
「待て待て、早まるなよ。じゃあ、こうしよう。せめて四の型だけでも教えてくれないか。それだけで、私は君の質問になんでも答えてあげよう。どうだい? 破格の好条件だと思うが」
「……いいだろう」
「ホントにいいのか!」と、俺は問いかけずにはいられなかった。
「ああ、こうなれば仕方ない。どうせ、こいつには使わないだろうしな」
敵がにんまりと笑う。憎たらしい奴め。
「交渉成立だね。では、さっそくご教授願おうかな」
《⑤に続く》




