傭兵紳士 ⑤
「……光属性の特質はお前も知ってるな? 反射と解放だ。四の型も、一の型と同様に魔力の解放を司る技だが、解放のさせ方が大きく異なる。一の型は敵の魔力を放出させて封じるが、四の型は逆に、切りつけた相手の魔力を強制的に増幅させる。手加減すれば、魔力切れを起こして気絶させる程度に留められるが、本気で使えば、過剰生産された魔力によって肉体を破裂させ、死に至らしめる。これが四の型だ」
「ふむ……」敵は訝かしそうに顎を手で撫でた後、こう言った。「嘘くさいねぇ。それなら一の型だけで充分じゃないか。神命流は殺傷能力に拘らない、それどころか殺傷しないことに拘る流派のはずだ。四の型で切れば、敵は魔力の過剰生産を起こして死ぬんだろう? 手加減すれば気絶で済むのかもしれないが、だったら尚更、一の型で魔力を封じれば事足りるはずだ。四の型の存在意義がイマイチ分からん。その程度の技が秘伝なのかい?」
「一の型で対処できるのは、敵が人間だった場合だ。モンスターの場合は違う。特に巨体のモンスターは、一の型で切りつけても完全に魔力を封じるのは難しい。一の型は敵を切りつけ、魔力が漏れ出る穴、すなわち魔口を開ける技だが、敵の体の表面積が広いほど、相対的に魔口は狭くなる。狭い魔口では、漏れ出る魔力が少なくなり、そうなると敵はほぼ通常通り魔力を使えてしまう。そこで使うのが四の型だ。一度切りつけるだけで、強大な魔力を持つモンスターを仕留めることができる」
敵が感心した様子で言った。
「なるほどね! つまり、四の型は対人用ではなく、対モンスター用なわけか。これで納得がいったよ。どうりで誰も使ってこないわけだ。そうか、なるほどねぇ……おかげで、神命流への興味が失せたよ。実戦の花形はなんといっても対人戦。モンスターの駆除方法など、傭兵が知っても詮無きことだ。どうせ、五の型以降も対人用ではないんだろう?」
「どうだかな。それは教えなくてもいい約束のはずだ。さあ、今度はお前の番だ。知っていることを全部吐け」
「いいだろう。紳士は嘘をつかないから安心したまえ。約束通り、君の質問にすべて答えよう。まず、何から訊きたい?」
「お前らの組織が、エバルを植える目的はなんだ」
「知らん」
食い気味で即答され、俺は思わずズッコケそうになった。アルも呆れた様子で尋ねる。
「おい、全部吐くんじゃなかったのか」
「本当に知らないんだから仕方ないだろ。エバルを使って具体的に何をするのか。私もあの方に聞かされていない。だが、その先にある大義であれば当然知っている。すなわち、我が組織の結成目的だ」
「それはいったいなんだ……」
「ふふふ、言っても笑うなよ?」
お前がもう笑ってんじゃねーか、と内心でツッコむが、話の腰を折りたくないので口には出さない。
「さっさと答えろ」とアルが急かす。
「我が組織の目的はね……ずばり、世界平和だよ! 世界から戦争を無くすんだ!」
「……」
アルも俺も、言葉が出なかった。聞こえたのは、エミールの「えぇ……」という、困惑を示す微かな声だけ……。
しばらく沈黙が流れた後、アルが口を開き、俺の心を代弁した。
「幼稚な目的だな」
「ふんっ、壮大な計画ほど、得てしてそう思えるものだよ、ボウヤ。凡人からすれば、天才の目標は叶うわけもない子供の夢のように見えてしまう。私だってそうだった。あの方の口から『世界平和』という言葉が発せられた時、ギャップがありすぎて大笑いしたからね」
お前は笑ったのかよ、とまた内心でツッコむが、やはり言わないでおく。
アルが冷ややかに言った。
「お前の組織はカルト宗教の類いか?」
「いいや、宗教ではない。あの方はあの方なりの神を信じておられるが、その信仰を我々に押しつけることはしないし、世間に広げることにも興味が無い」
「ではテロ組織か」
「そう言うと卑小に聞こえるが、まあ、簡単に言うならそうだね」
俺は言葉の意味をエミールに尋ねた。
「なあ、テロ組織ってなんだ?」
「武力によって社会を変えようとする集団のことです」
「武力でって、国王でもないのに?」
「はい。国が軍隊を使う場合、テロとはいいません」
「うーん……」
エミールの説明は分かりやすいものの、イマイチぴんと来ない。武力なんかでどうやってこの世界を変えるんだ? 国王が軍隊を使うならともかく、一般人がどれだけ集まったって、その力はたかが知れている。そりゃあ、おじさんはめちゃくちゃ強いし、あの方とやらも強いのかもしれないけど、さすがに一国の軍隊には敵わないだろう。
アルもぴんとこないらしく、そのことを敵に尋ねる。
「テロでどうやって世界を平和に導くつもりだ? テロと平和、矛盾も甚だしいと思うが」
「そんなことはないだろう。賢い君なら分かるはずだ。この世界の秩序は武力によって成り立っている。現に、軍隊を保持せぬ国家など存在せず、戦争を経ずに成立した国家もまた、存在しない。武力を押さえ込めるのは武力だけであり、悪しき秩序を破壊できるのも武力だけだ。平和とは、聖人君子による武力行使がもたらすものなのだよ」
アルが嘲笑混じりで返す。
「で、お前らは平和のために、エバルという名の麻薬をばらまいているわけか。とても聖人君子の行いとは思えないが」
「べつに毒をばらまいてるわけじゃないだろう? たしかにエバルには麻薬のような作用がある。だが、食い過ぎて死ぬようなことはない。世界平和の前祝いに酒を振る舞っているようなものさ」
「酒だと? あれはもっと恐ろしいものだ。お前らの野望を当ててやる。どうせ、どこぞの国を転覆させ、乗っ取るつもりだろう? そして周辺国をも侵略し、最終的には世界全体を征服する。違うか?」
「世界征服とエバルが、どう関係するんだい?」
「麻薬は恐ろしい兵器だ。国民の大半を麻薬中毒の廃人にしてしまえば、経済は崩壊し、軍隊も使い物にならなくなる。つまり、簡単に乗っ取ることが可能になるわけだ。歴史上には、この方法で呆気なく小国に侵略された大国もある。だが残念だったな。エバルの大半は既にギルドによって駆除されている。お前らの計画は成功しないぞ」
「おいおい、勝手に話を進めるなよ。我々の目的は世界平和であり、世界征服ではない。あの方はよくこう仰っていた。魔王と同じ過ちは犯さない、と。あの方は侵略戦争によって世界を支配しようなどとは考えていない。戦争に頼らず戦争を消し去る。全世界から、永久に。それが我が組織、サマナエルの崇高な計画だよ」
「サマナエル? 天使の名前か?」
「ほう、よく知ってるね。私はあの方から聞かされるまで知らなかったが」
俺も知らないので、エミールに尋ねる。
「サマナエルって何? どんな天使なの?」
「……いえ、私も知りません」
アルが敵に視線を向けながら説明してくれる。
「サマナエルとは、神話に登場する天使の名前だ。無神論者に天界の果物を食べさせ、神の存在を悟らせたという。その果物の名は、サピエスの実」
俺はその名前をどこかで聞いたことがあるような気がして首を傾げた。
「サピエス? ……あっ、こいつらが付けたエバルの名前か!」
「そうだ。お前らは、自分達のことを神の遣いだとでも思っているのか? そして、ボスのことは神だと。愚にもつかない小人だな」
敵が呆れた様子で言う。
「だから、話を勝手に飛躍させるんじゃない。さっき言っただろう? 我々は宗教団体ではないと。あの方は、自らを神だとも、神の遣いだとも、神の言葉を聞く預言者だとも思っていない。神の後ろ盾など用いず、自らの思想を、自らの言葉として語られる。だからこそ、私はそのカリスマに惹かれたのだ。組織名など、便宜上、神話から引用して付けたものに過ぎない。特に深い意味は無いよ。ついでだから、あの方の宗教観について語っておこうか。あの方は、神は穴のようなものだと説いたよ」
「……穴?」
「ふふふ、困惑しているようだね。穴とは、すなわち認識の空白だ。神とは人智を超越した存在。ゆえに、人間が認識するすべての事物や事象に当てはまらず、本来、言葉では語り得ない存在ということになる。したがって、あの方はこう説く。神を説明したければ、この世に存在するすべての名詞を列挙し、最後に『ではないもの』と付け加えれば良い。無論、列挙する名詞の中には、『神』もまた含まれる、と。どうだい、面白いだろう? こんなことを言う人間が他にいるか?」
「どこが面白い。つまるところ、思考停止に陥っているだけじゃないか。無神論者と似たり寄ったりだ」
「そう! まさにそこなんだ! あの方はこう言う。何かと神を語りたがる有神論者よりも、神を語らない無神論者の方が、よほど神を説明し得ている、と。ふふふ、教会の奴らが聞いたら顔を真っ赤にして怒るだろうな。あの方は、神は人間を救うことも、裁くこともしないと言う。なぜならそれは、人間が発想する低次元な行為だからだ。人間が抱く低次元な望みは、人間が講じる低次元な手段によって叶えるしかない。もし、祈りを捧げるだけで願いを叶える存在があるとすれば、それは神を僭称しておきながら、人間ごときに面従腹背する悪魔だ。我々はそのような目に見えない偶像を崇拝したりはしない。宗教の力など借りず、自らの手で世界を作り替えるのだ!」
長々と語る敵の目は、何か危険な色を帯びていた。いかにも恍惚としている感じだ。あれだけどぎつい個性を持った敵が、我を忘れているようにも見える。どうして人間は、他人の言葉を語る時に限ってこんな目をするんだろう。
アルはというと、表情を一切変えずに淡々と問いかける。
「危険思想だな。サマナエルの目的は本当に戦争を消すことだけか? 戦争だけではなく、聖書や偶像も強制的に消し去るつもりじゃないのか?」
「鋭いことを言うね。だが、心配は無用だ。あの方は、自らの思想を広げることに興味がない。あくまでも、戦争を消し去ることを第一に考えておられる。むやみに宗教を否定すれば、無駄な戦火が増えるのは明らかだ。あの方はそのような愚行は犯さない」
「そうか。テロリストにしては、少しは頭が回るようだな。だが、お前の言っていることには二つの矛盾がある。一つは、戦争を否定しているくせに武力行使は肯定しているということ。もう一つは、お前は戦争を否定しているくせに、戦争が大好きな傭兵ということだ。これをどう説明する?」
「ふむ、これまた鋭い質問だ。我が組織について熱心に考えてくれている証拠だね。感謝するよ。で、質問の答えだが、まず我々は武力行使を否定しているわけではない。さっきも言ったが、世界の秩序は武力無くして成立しないものだ。だが、それが国家間の戦争となると、犠牲が余りにも大きくなり、しかも規模が巨大すぎて先行きが見通せなくなる。つまり、諸々のリスクが大きすぎるわけだ。しかし、反対に局所的な武力行使であれば、犠牲は最小限で済み、先行きも見通せて成功確率が高い。サマナエルが選ぶ手段は、まさに後者というわけだよ」
「その局所的な武力行使とはなんだ? 誰に対して、どう武力行使をする」
「そこまでは私も聞かされてないよ。計画の核心に関わるところだからね。私がこうやって組織についてベラベラ喋るのも、あの方が口外されて困る情報を口にされないからだよ。ただ、あの方はこう仰っていた。戦争を無くしたいのであれば、国家を統制すれば良い。国家を統制するには、国王よりも上位の権威を設ければ良い。そしてその権威は、既にこの世に存在する、と。もちろん、それは神のことではないし、あの方でも、サマナエルでもないよ」
「……それはなんだ」
「知らないね。まぁ、だいたいの予測は付いているが」
「その予測を言え」
「嫌だね。あくまでも予測だから、外れた時に恥ずかしいだろう? それに、君達も不正確な情報に翻弄されたくないはずだ」
俺はじれったくなって叫んだ。
「ずべこべ言ってないで全部話せよお! お茶代奢ったの忘れたかあ!」
「ふふふ、贅沢を言うんじゃない、弓ボウヤ。もうお茶代以上の情報は喋ってるだろう。気になるなら、自分で考えてみたまえ。そっちの方が楽しかろう。そして時が来たら、私と一緒に答え合わせをしようじゃないか」
「ふざけんな! 遊びじゃねぇんだぞ!」
「人生は遊びだよ。そう思ってないと狂うぞ」
「ぐぬぬ、のらりくらりと躱しやがって。躱すのはアルの攻撃だけにしろ!」
「それも躱しちゃダメですよ」とエミール。
「ふっ、君もたいがいふざけてるじゃないか。さて、ずいぶん長々と喋ってしまったね。もう充分じゃないかな。そろそろ決着を付けよう」
「いや、まだだ」とアルが鋭く言う。「二つ目の矛盾を説明しろ。戦争を生き甲斐にしているお前が、なぜ世界から戦争を消そうとする」
《⑥に続く》




