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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
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傭兵紳士 ⑥

「ふむ、君は私のことを少し、いや、大きく誤解しているね。私はたしかに戦いが大好きだが、戦争は大嫌いなのだよ。傭兵だからこそね。私は世界中、といってはまた語弊(ごへい)があるかな。主にこのシャトー大陸内で勃発(ぼっぱつ)した様々な戦争に参加してきた。君は、書物の挿絵(さしえ)以外で、戦争を見たことがあるかね?」


「……いや、ない」


「そうだろう。実際の戦争は、まさに地獄絵図だよ。戦争の犠牲(ぎせい)になるのは勇敢(ゆうかん)な兵士だけではない。無抵抗な女子供までもが(むご)たらしく殺されるのだ。金品や食料だけではなく、尊厳までも略奪(りゃくだつ)された上でね。仮に死を(まぬが)れたとしても、奴隷(どれい)として薄汚い金持ち共の手に渡っていく。それならいっそ、ひと思いに殺してやった方がマシかもしれない」


 そう語る敵の表情は、数秒だけ悲痛なものに変わった。過去の光景を思い出したのだろう。数秒では収まりきらない記憶の、ごく一部を。


 少しだけ間を開けた後、敵がまた語り始める。


「戦いとは、本来それを望む者同士で行うべきだ。だが、戦争にそのような美学はない。むしろ、美学を持たないことが美学になっている有様だ。勝つためにはなりふり構っていられないというわけだよ。敵国の犠牲など知ったことではない。そして、その犠牲の強要は往々にして、自国の国民にまで及ぶ。……では、いったい誰が得をするのか。答えは誰もが知っている。戦勝国の貴族様だよ。我々国民はボードゲームの(こま)のように、プレイヤーである貴族様に奉仕(ほうし)せねばならないんだ。実に、非人間的だと思わんかね?」


「貴族も好きで戦争をしているわけではないだろう」


「本当にそうかな? 今、隣国のモランドールにきな臭い動きがあるのは知っているかい?」


「いいや」


「モランドールはタルタバグに隣接し、両国の境界にはルタ山脈が通っている。この山脈では高純度の魔石が採れるんだが、両国は土地の領有権を求めて長年、戦争と停戦を繰り返してきた。今は停戦の状態だが、新しく即位したモランドール王は、ルタ山脈を手に入れることにずいぶんご執心(しゅうしん)でね。その悲願を達成するために、山脈を迂回(うかい)してファニアを経由(けいゆ)し、タルタバグを攻める戦略が考案されているらしい」


「なんだと!?」


「ふふふ、恐ろしいだろう。ファニアは両国に対して、長年中立の姿勢を保ってきた。だが、モランドール軍が領内に攻め入ってくるとなれば、当然、それを見過ごすわけにはいかない。モランドール軍と戦闘して領外に追い払う必要が出てくる。もしくは、反対にモランドールと協定を結び、タルタバグを敵に回すのか。はたまたタルタバグの方と協定を結び、中立を破らせたモランドールに制裁を加えるのか。とまあ、選択肢(せんたくし)はいくつかあるが、どちらに転ぼうと、ファニアは隣国の戦争に巻き込まれてしまうんだよ。百年以上続く、底なし沼のような戦争にね」


 俺は水をぶっかけられたかのように全身が冷たくなっていた。戦争なんて、演劇や本でしか語られない、お伽噺(とぎばなし)のように思っていた。この平和なファニアで戦争が起こるなんて想像も付かない。ある日突然、この国に恐ろしい軍勢が攻め込んでくるのだろうか。もしかしたら、明日にでも……。


 俺は(たま)らなくなって敵に尋ねた。


「でも、まだ本当に戦争をするとは限らないんだろ?」


「ああ、そうだよ。たしかに、モランドール軍が我が国を通ってタルタバグの首都を急襲し、短期決戦をしかければ、両国の戦争は呆気なく終息するかもしれない。だが、この戦略はリスクが大きい。中立であるファニアを敵に回す可能性があるからだ。モランドールからすれば、絶対に避けたい事態だろう。かといって、だから心配ご無用、というわけでもない。モランドールはルタ山脈の魔石やタルタバグの領地を(えさ)に、ファニアに協力を(あお)ぐかもしれないからだ。それにファニア王が釣られれば、残念だが、この国も戦争に参加するだろうね」


 そんなの絶対に嫌だ! 


 俺の中でバルバおじさんとサマナエル、そしてあのお方への好感度が急上昇し、アルに向かって叫んだ。


「アル! サマナエルはいい奴らだ! 俺達も協力して戦争を無くそう!」


 アルが呆れた横顔を見せて言う。


「馬鹿! 敵の口車に乗せられるな。たしかにサマナエルの目的は善かもしれない。だが、手段までもが善とは限らないんだ。こいつらは世界中に麻薬をばらまいてるんだぞ。それに忘れたか。こいつらのボスは、ゼラの家族を殺した犯人かもしれないんだ」


「『かもしれない』だろ! 本当は殺してない可能性だってあるんだ。いや、戦争を無くそうとする平和主義者が、同族を殺すなんてあり得ない! 潜影族は全員いい奴なんだ! そうに決まってる!」


 俺は分からず屋のアルを無視し、どこにでも姿を現すというあの方に語りかけた。


「サマナエルのボース! 出てきてくださーい! 俺は味方ですよー! 一緒に同族殺しの犯人を(さが)して、戦争をこの世界から消しましょー!」


 大声で叫んだが、10秒待っても返事はなかった。敵が小さく笑って言う。


「ふっ、君はあの方から必要とされてないみたいだね。同族なのに」


「ぐふっ」俺は大ダメージを受け、胸を押さえた。「そ、そうと決まったわけじゃないだろ。俺が運良く助かってることを知らないだけなんだ」


「その程度の情報を、あの方が把握(はあく)できないとは思えないが」


「あの方にだって知らないことはある。神様じゃないんだから」


「まあ、それはそうだね。どれだけ常人離れしているといっても、所詮(しょせん)は人間。あの方も完璧ではないから、案外、君の言う通りなのかもしれないね。もしくは、意図的に同族である君を放置しているのか」


「うん、たぶんそう。絶対そう」


「ふふふ、調子のいいボウヤだ。……さてと、待たせたね剣ボウヤ。どこまで話したんだったかな?」


「この国が戦乱に巻き込まれるかもしれない、というところまでだ」


「ああ、そうだったね。で、それが君への質問の答えなんだよ。傭兵である私がなぜ戦争を消そうとするのか。それは、私が戦いを好み、戦争を嫌うからだ。しかも、私は愛国者でもある。この美しいファニアが、敵国の兵士に蹂躙(じゅうりん)される様を想像すると、胸が張り裂けそうになる。もし、この国に戦火を呼び込む者がいれば、私は誰であろうとこの槍で突き殺してみせる。たとえそれが、ファニア王であってもね」


 敵は物騒(ぶっそう)なことを口にし、その目から刃のような殺気が放たれた。対面していないのにゾクリと寒気を感じる。が、アルは堂々とした態度を崩さずに応じた。


「余罪が増えたな。不敬罪だ」


「おいおい、誤解するなよ。本当に陛下を害し(たてまつ)ろうとは思っちゃいない。幸い、今上(きんじょう)陛下は聡明(そうめい)かつ人格者であらせられる。目先の欲に釣られ、中立を破るような真似はしないだろう。私の過言も寛恕(かんじょ)なされるはずさ」


「……お前らのテロの対象は、暗君か?」


「いや、違う。たとえ暗君だったとしても、殺せば大規模な戦争に(つな)がりかねない。君主の殺害は、いわば戦争という病を治すための対症療法だ。病の原因は絶てず、しかも大きな副作用まで伴う。対して、我々が施すのは、副作用を最小限に抑えた根本療法だよ。安心したかね」


「とりあえずはな。だが、危険分子であることには変わりない」


「警戒心が強いねぇ。まあ、いいや。長話も飽きてきた。そろそろ、最終決戦に移ろうじゃないか」


 敵が槍の刃を前方に構える。だが、アルは戦いを制止した。


「待て、最後にもう一つ訊きたい」


「なんだよ、まだあるのかい? 情報は充分与えてやったろう。観客も退屈してるよ」


「そうだぞ!」と俺も同調する。「さっさと先に進めよ!」


「馬鹿! ゼラのために訊いてるんだろ!」とアルは俺に怒鳴ってから、敵に質問した。「お前はエバルを植える以外にも罪を犯したと言っていたな。そして、ギルドに追われている真の理由はそちらにあると。いったい何をしたんだ」


「あー、そのことか。結論から言うとね、ギルドの機密情報を盗み出したんだよ。君達は知ってるかな? パレンシアにはギルド直轄(ちょっかつ)の地下ダンジョンがあることを。このダンジョンはギルドの機密情報を守る保管庫になっている。私はそこに侵入し、見事、奥にある資料を盗み出した。ちなみに、私が殺害した二人の人間は、そこの番人というわけだよ。だが誤算だったのは、厄介な呪いの罠にかかったことだな。どうりで盗むのが簡単すぎると思ったんだ。で結局、町からは逃げられず、現在、追っ手である君達と戦うはめに(おちい)っている」


 つまり、ギルドの依頼書には嘘が書かれてたってことだ。敵が殺したのはエバルの捜査員ではなく、機密情報の番人だった。ギルドが嘘をついた理由は当然、機密情報に関わることだからだろう。俺達にもそのことを知られたくないってことだ。


 ……じゃあ、その機密情報とはいったい……。


 アルが代わりに質問する。


「なんの情報を盗んだんだ」


「ふむ、それは訊かない方がいいんじゃないかな?」


「なぜだ」


「だってギルドの機密情報だよ? ギルドは当然、君達にもそれを知られたくないと考えている。もし知ってしまったら、ギルドに何をされるのか分からないよ。ほら、君達も言ってたじゃないか。私を治安署ではなくギルドに連行すると。ギルドの連中は私を治安署に引き渡す前に、盗んだ情報の記憶を抹消(まっしょう)するつもりだろう。恐ろしい薬や魔道具を駆使してね。もし、私がギルドの尋問(じんもん)によって君達に情報を漏らしたと吐けば、ギルドは君達にも同じ処置を施すだろう。それでもいいのかな?」


「……」


 アルが眉を(ひそ)めて沈黙する。


 俺はアルの代わりに答えた。


「絶対に嫌です! 勘弁(かんべん)してください!」


 敵がニヤリと笑う。


「そう言われると、言いたくなるじゃないか。私が盗んだのは……」


「あああああ! 聞こえない聞こえない!」


 俺は大声で叫びながら耳を(ふさ)いだ。が、敵は(にく)らしいほど通る声で言い放った。


「ズバリ、ギルドマスターの情報だよ!」


 はっっっきり聞こえたが、聞こえていないフリをする。


「えっ、何? なんて言ったの?」


「白々しい演技はやめたまえよ。心配せずとも、これくらいの情報なら尋問を受けないよ」


「え、なんで?」と、両手を耳から離して尋ねる。


「やっぱり聞こえてるじゃないか。ギルドマスターの情報が極秘扱いということは誰もが知ってることだ。それ自体は極秘でもなんでもない。聞いても問題ないよ。問題があるのは、もっと具体的な情報だ。ギルドマスターの名前、容姿、住所、そして戦闘能力。私はこれらの情報を盗み、あの方に渡した。まあ、地下ダンジョンにあった情報は一人分だけだったけどね。他はどうだか知らないよ」


 アルが質問を続ける。


「ギルドマスターの情報を知って何がしたいんだ。まさか、お前らがテロの対象にするのは、ギルドマスターなのか?」


「さぁねぇ。そこまでは知らないよ。だが、そうだったら面白いな、と私は思っている」


「ギルドマスターに喧嘩(けんか)を売るなんて自殺行為だ。大国に宣戦布告するようなものだぞ」


()()()、面白いんじゃないか。しかも、ギルドマスターは全員で七人しかいない。大国を攻めるのとは違って、犠牲は最小限で済む」


「サマナエルには、それほどの力があるのか」


「ある、と私は確信している。なぜなら、あの方がボスだからだ」


「……」


「サマナエルがどれだけ強大な組織なのか認識したかね? しかし残念だが、君が計画の成功を見届けることはできないよ。なぜなら君は、ここで舞台から退場する悪役だからだ」


「悪役かどうかを決めるのは観客だと思うが」


「お喋りはもうたくさんだ。さっき奥の手があると言ってただろう。早く見せたまえよ」


「ルアパジェラーナ」


「……ほう」


 敵の目が見開かれ、感動的な呟きが漏れた。


 側を流れる川の水が宙に浮かぶ。大量の水が全長10メートルもの(くじら)の形を成し、青空を悠々と泳いだ。


 敵がそれを見上げながら手を叩く。


「素晴らしい。まさか最上級魔法が使えるとは。今まで君が(ろう)してきた小細工はなんだったんだい? こんなすごい技があるならもっと早く使いたまえ」


「加減できずに殺してしまえば、情報が引き出せない」


「言うねぇ。ま、君ほどの人間なら、大口を叩く資格もあるか」


「お喋りはここまでだ」


 鯨が敵に向かって突進する。敵は残像しか見えないほどの高速でそれを避けた。


 速すぎて目で追うのが難しい。一瞬、敵の居場所が分からなくなったが、上空から声がしてようやく気づいた。


「ハウドレパノン」


 敵が空の高みから槍を振るい、アルめがけて風の刃を放つ。その瞬間、鯨が巨体を(ひるが)し、アルの前に盾として立ち塞がった。


 刃が衝突した部位が音を立てて波打つ。だが、鯨は元の形を保ち、攻撃が貫通してアルに届くこともなかった。


 敵がのんきに()(たた)える。


「さすが最上級! 上級ごときでは歯が立たんか!」


 とても追い詰められている人間の言葉とは思えない。力の差に絶望するどころか、むしろ今まで以上に生き生きしている。まさか、アルが本気を出してなお、敵はまだ勝てると思っているのだろうか……。


《⑦に続く》

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