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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
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傭兵紳士 ⑦

 攻撃を防ぎきった鯨が再度敵に(おそ)いかかる。が、明らかに速度が足りていない。鯨は疾走(しっそう)する馬のように速く動くのだが、敵の速度はさらにそれを上回っている。


 敵は突進する鯨の側面を通り抜け、呪文を唱えた。


「ハウド――」


 が、言い切る前に鯨が敵めがけて尾を水平に振る。


 当たった! と思ったが、敵の姿はそこに無く、いつの間にかアルと目線の高さが(そろ)う位置にまで降下していた。


「ハウドレパノン」


 今度は呪文を唱えきる。が、アルはすかさず槍を振る前に波動斬を放った。


「おっと」


 敵は攻撃を中断して波動斬を避けたが、その先には急降下した鯨の巨体が待ち構えていた。


 捕まえた! ……と思ったが、またしても敵の姿がその場から消えている。キョロキョロと辺りを見渡して、ようやく上空にいることに気づいた。


「やれやれ、息つく(ひま)もないね」


 じゃあ喋んなよ、とツッコむ暇もなく、敵の周囲に光の結界が張られた。


小賢(こざか)しい!」


 敵は即座に槍で結界を切り裂き、中から脱出した。どうやらアルが無詠唱でライムケニオンを使ったらしい。後から来た鯨が虚しく結界の破片を飲み込んでいく。


 敵はそのままアルに急接近した。


「ライムキース」


 アルが左手を前方に出し、手の平から光の鎖を伸ばす。


 敵は進路を変えて鎖を避けた。鎖は敵を追ってどこまでも高速で伸び続ける。


 鯨と鎖が双方(そうほう)から敵を追跡した。が、敵は華麗(かれい)な身のこなしでそれを避け続ける。見事と言うしかない。空中でこれほどの身体操作ができる鳥やモンスターがいるだろうか。


 鯨と鎖が上下左右から挟み撃ちをしかけるが、敵は一瞬のうちに方向転換し、両者の間からすり抜けてしまう。それに比べ、二つの魔法の方向転換は下手くそだった。互いがぶつかりそうになってから急停止し、(あわ)てて敵に進路を向けている始末だ。


 見ていてい舌打ちしたくなってくる。敵の動きは無駄がなく、(なめ)らかだが、アルの魔法は止まっては動き、止まっては動くを繰り返している。


 ただでさえ速度では(おと)るのに、動きに無駄があるとなれば一生かかっても敵に追いつくことは(かな)わないだろう。


 俺は我慢できなくなってヤジを飛ばした。


「何やってんだアル! そんなんじゃ日が暮れるぞ! もっと大胆(だいたん)かつ丁寧(ていねん)にやれ!」


 それに答えてくれたのは、アルではなく敵だった。


「無理を言うんじゃない弓ボウヤ。剣ボウヤは最上級魔法と中級魔法を同時に使ってるんだ。一流の魔術師にもなかなかできない芸当だよ。超一流と(しょう)していい」


「ムカつくな! のんきに敵を()めやがって! そう言うならもっと追い詰められろよ!」


「追い詰められてるじゃないか。この私が逃げることしかできないんだからね。このまま魔力切れを起こすまで逃げ続けようかな」


「そんなことされたら負けちゃう!」


 負けちゃう負けちゃう、マジで負けちゃう。


 こうなったら俺達ものんきに観客を気取っている場合じゃない。早くアルをサポートしないと。俺の弓は使い物にならないから、エミールだけが頼りだ。


「エミール! 魔法でアルを助けてやってくれ!」


「ですが、杖を壊されてしまったので」


「でもまだ宝玉はあるだろう? なんとかならないか?」


「……分かりました、やってみます」


 エミールは呼吸を整えてから、両手を前方に突き出した。


「ボアレイル!」


 手の平から炎が放たれる。炎は長い線となって敵に伸びていった。


 これはたしか中級魔法だ。上級は無理でも中級なら問題無く使えるみたいだ。


 鯨、鎖、炎。三方向から三つの魔法が敵に襲いかかる。が、炎の方は速度がかなり遅かった。俺が走る時と同じくらいの速さしかない。それに比べて鯨は馬()み、鎖は馬以上の速度だ。連携(れんけい)が取れるわけもなく、鯨が方向転換した拍子(ひょうし)に炎を飲み込んでしまった。ジュッという音がして呆気なく炎が消える。


 俺は絶叫した。


「あああ! 何やってんだアル! せっかくのエミールの助けを!」


「……」


 が、またも無視される。アルは魔法の操作に手一杯で、こちらに答える余裕(よゆう)はないらしい。追いかけっこを楽しんでいる敵とは大違いだ。勇者のくせに、なんというザマだ!


 エミールが魔法を解除し、申し訳なさそうに言う。


「やはり私の魔法では無理みたいです。ごめんなさい」


「いや、エミールは悪くないよ。敵の強さがおかしいんだ。あと依頼をAランクに設定したギルドが一番おかしいし悪い! どう考えても敵はSランク相当だろ! もしアルが殺されたらどうすんだよ! 責任取れんのか! 危険なことは他人にやらせて、自分たちは金を右から左に動かすだけか! 楽な商売だな! こんなことなら冒険者じゃなくて、ギルドの職員になればよかったぜチクショウ!」


 何もできないのが悔しくて、ついギルドに向かって当たり散らす。


 敵が聞きかねて言った。


「神聖な舞台に相応(ふさわ)しくない騒音(そうおん)だ。観客にできることなど何も無い。子供は子供らしく、指をくわえて観ていたまえ」


「嫌だね! お前を邪魔できるならいくらでも(さわ)いでやる!」


「子供はこれだから困るんだ。退屈するとすぐ騒ぎだす。ま、これだけ単調な追いかけっこが続けば、当然と言えば当然か。観客のために、ここらで趣向を変えよう。タイヴィクトル」


 敵が突然呪文を唱える。これは風属性の強化魔法だ。ハウドレパノンを強化するつもりだろう。


 と思ったが、敵は予測に反し、べつの魔法を唱えた。


「ロムフスピール」


 すると、アルの周囲に変化が起こった。地面の数十箇所が(とげ)のように突き出したかと思うと、根元から折れて空中に浮かんだ。土の塊はそれぞれ1メートルほどの長さで、先端の鋭利(えいり)さには息を呑む。刺されば怪我(けが)では済まないだろう。


 エミールが呟く。


「あれは、風属性と地属性の混合魔法」


「混合魔法!? な、なんか(すご)そう……」


 これまたすごい手を使ってきやがった。二つの属性が混ざっているから、威力も合わさって単体より強くなっているはずだ。しかも、強化魔法でさらに強力になっている。


 いくつも浮かんでいる棘のうち、八つがアルを取り囲んだ。高速で回転がかかり、中心のアルに向かって同時に飛んでいく。


「ライムケニオン」


 アルが呪文を唱えると同時に、長く伸びていた光の鎖が(くだ)け散った。結界に魔力を集中させるつもりだろう。


 その甲斐(かい)あってか、八つの棘は結界に衝突した瞬間、粉々に砕け散った。それでいて結界の方はヒビ一つ入っていない。


 だが、まだいくつもの棘が空中に浮かんでいるから安心はできない。続けざまに次の八つがアルめがけて襲いかかった。それらも結界に衝突して砕け散る。


 防戦一方の感じだが、今はそうした方がいい。無理して(すき)(さら)せば、敵の思う(つぼ)だ。


 かといって、敵を追う手を止めるわけにもいかない。追撃を許さないためにも、鯨には敵を追いかけさせる必要があった。宙に浮かぶ棘を鯨に一掃(いっそう)させたいところだが、敵はそうはさせまいと、棘がない空中へと逃げていく。


 三回目、四回目とアルは攻撃を防ぎ続けた。待機している棘の数は少しずつ減っていく。


 このまま()えきって反撃だ! 持ちこたえろアル!


 固唾(かたず)を呑んでアルを見守る。その時、意外な方向から敵の声が聞こえた。


「ハウドレパノン」


 急いでそちらに視線を移す。アルの前方で鯨から逃げていたはずの敵が、いつの間にか背後に回り込んでいた。


 敵は槍を振り、風の刃を放つ。


 その光景は、妙に遅く見えた。ゆったりとした動きの中で、俺の頭が高速で回転する。


 敵がタイヴィクトルで強化したのは、混合魔法ではなく、ハウドレパノンの方だったのだ。強化されたハウドレパノンを、ライムケニオンで防ぐことはできない。


 結界が破られれば二の型で対応するしかないが、そうなると四方八方から飛んでくる土の棘を防ぐことができなくなる。


 このままだったらアルが死んでしまう! 間に合え!


 俺はとっさにアルの足下にゲートを開いた。


 だが、アルが裏世界に沈むことはなかった。その前に、駆けつけた鯨の中に飲み込まれたのだ。


 強化されたハウドレパノンが鯨に叩きつけられたが、中にいるアルに届くことはなかった。周囲に浮かんでいた棘も水に飲まれ、たちまち崩れて消滅する。


「ビビらせやがって勇者野郎が」


 俺は体の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。時間の流れが元に戻る。戦っているのは俺じゃないのに、頭が妙に疲れていた。


 とにかく、アルが助かったからよかった。ルアパジェラーナは最強の剣であり、最硬の盾であり、そして無敵の鎧だ。鯨の中に入ってしまえば、どんな攻撃も受け付けないだろう。


 敵に突進しながら、鯨が口を大きく開いた。(のど)にいるアルが剣を振るい、口内から波動斬を放つ。


 が、またしても敵の姿が消えた。辺りを見渡すと、鯨の背後に回り込んでいる。そのまま距離を取ってから静止すると、急旋回(きゅうせんかい)した鯨とアルに向かって高らかに言った。


「勝負あり! 私の勝ちだな!」


 な、何を言ってるんだ、コイツは。まだ勝負は終わっちゃいない。馬鹿にしやがって。


 俺は腹が立って叫んだ。


「負け惜しみ言うな! まだアルは負けてない!」


「いいや、負けだよ。ルアパジェラーナを鎧にした時点で勝負はついた。なぜなら、その状態で私を捕まえることは不可能だからだ。君なら言われなくても分かるだろう、剣ボウヤ。君が鯨の中に閉じこもってしまえば、私に挟撃(きょうげき)をしかけることが難しくなる。つまり、私の攻撃を完璧に防げる代わりに、私に攻撃を当てることもまたできなくなるわけだ。となれば、あとは追いかけっこを続けて、君の魔力が枯渇(こかつ)するのを待つだけでいい」


「ぐぬぬ、強いくせにちょこまか逃げやがって! 紳士なら正々堂々戦え!」


「そうしたいのは山々だがね、相手は最上級魔法だ。私も迂闊(うかつ)に手が出せん。逃げるだけでも一苦労だ」


「聞いたかアル! 敵は余裕ぶってるが、結構追い詰められるぞ! (あきら)めずにがんがん攻めろ! そしたら敵の魔力の方が先に切れるかもしれないぞ!」


「……」


 せっかく声援を送っているのに、アルはまた無視を決め込んだ。しかも、果敢(かかん)に攻めるどころか、鯨がゆっくりと地面に降下し始める。


「お、おい、アル、どうしたんだよ」


 まさか、もう魔力切れが起こったのだろうか。だとしたら本当に負けだ。


 鯨は着地すると、形を失ってただの水の塊と化した。大量の水が地面に広がり、土に染みこんでいく。


 鎧を失ったアルは、その場に立ち尽くした。周囲は大雨が降った後のようにびしょ()れだが、アルの体は一切濡れていない。


「降参なのか、アル?」


 恐る恐る尋ねると、ようやくアルが答えた。


「いいや、まだ奥の手を出していない」


 敵が笑う。


「ふふふ、冗談はやめたまえよ。最上級魔法を超える奥の手などあるわけがない」


「オレは魔術師じゃない。剣士だ。魔法が奥の手だと思うか?」


「ということは神命流かね? まだ使える型があるとでも?」


「ああ。だが、お前に使うんじゃない。オレに使うんだ」


「何?」


「今、見せてやる」


 アルはそう言うと、剣の持ち方を変え、なんと刃の切っ先を自分の方へ向けた。


 敵が初めて動揺(どうよう)を見せる。


「何をする気だ」


 剣の刃が光輝く。アルはそれを、自分の胸に突き刺した。


「ぐ……」


 アルが苦しそうに(ひざ)を折る。


 敵がニヤリと笑って尋ねた。


「面白い。それはなんの型かね?」


 アルも苦笑を浮かべて答える。


「四の型だ」


「四? 君は自害するつもりかね? それともさっきの型の説明は嘘だったのかな?」


「いいや、すべて本当だ。四の型は斬りつけた相手の魔力を強制的に増強させる。加減して自分に使えば、一時的に魔力を増強させられる」


「はっはっはっはっ、だったら結局、魔法で戦うしかないじゃないか。それが剣士の奥の手かね」


 アルはふらつきながら立ち上がり、自分の胸から剣を引き抜いた。


「そうだ。この技は神命流において邪道とされている。師匠から『これを使うくらいなら逃げろ』と何度も念を押された。正真正銘(しょうしんしょうめい)、オレの奥の手だ」


「ほう、それは光栄なことだね。君の邪道、存分にぶつけてきたまえ」


「ルアパジェラーナ」


 アルの呪文に答え、川の水が大量に浮かび上がる。たちまち鯨に変形した。


 見た目も大きさも前の鯨と変わらない。だが、動きは違った。さっきの二倍の速度で敵に突進する。


「速いね」と言いながら、敵も瞬時に移動した。


 もはや目で追うことは完全に不可能だった。転移魔法で瞬間移動しているとしか思えない。


 敵はまだ余力を残していたらしい。これだけ速くなったのに、鯨の動きがのろまに見えてしまう。このまま追いかけっこを続ければ、結局敵を捕まえることは叶わないだろう。


 アルが即座に次の手を打つ。


「ルアフルフィウス」


 これはたしか、水属性の上級魔法だ。(たこ)のような水の触手を作り出し、敵を攻撃する魔法だったはず。


 だが、水の触手は川ではなく、なんと地面から生えてきた。一体目のルアパジェラーナの水を利用したのだ。


 四本の触手が敵を取り囲む。敵の動きが止まった。


《⑧に続く》

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