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少女は謎めく



腕、足、背中、いたるところについた、生々しい傷。

認識したとたん、じりじりと微弱な痛みが走り出す。今まで悪寒のようなものに侵され、体感が麻痺していたのだろう。

寒い、苦しい、怖い、でキャパオーバーだったもんなあ……。


幸いにも、傷口はどれも浅く、大事には至っていない。

ぱっと見たところ、痕になっているところはなく、最近負ったと思しき生傷ばかりだ。血がにじんでいる箇所もあるが、ほとんどは青く変色している。


なぜだろう。

虐待、いじめ、暴行、事故。原因になるそうなことはいくつか思い浮かぶものの、記憶もなければ医学的知識もないわたしには判断が難しい。

前世を思い出す前、わたしの身に何が起こったのか。川で溺れていたことと何か関係があるのだろうか。



「痛むかい?」


「ちょっとだけ……」



赤茶の髪の女性は思い出したように布を拾い上げた。何も憶えていないわたしに深くは聞かず、傷に障らない程度に体を拭いていく。簡単に手当てまでしてくれた。

元々着ていた服は天日干しするため、替えの服が用意された。無地のシャツに、ポケットのついた短パン。幼少期に着ていた服を、物置から引っ張り出してきてくれたらしい。



「少し汚れてるのは勘弁して」


「ありがとうございます」



そこまで目立った汚れはなかった。大事に着ていたことが伝わる。

サイズはぴったり。傷もすべて服の下に隠れた。


ひらひらふりふりの高級ワンピースもかわいかったけれど、シンプルで飾り気のない服装も動きやすくて好きだ。

ブレスレットも右手首に付け直してくれた。プラチナに輝くそれをひときわ飾り立てるのは、ピンヒールのパンプスのようなデザインのチャーム。まるでシンデレラのガラスの靴を連想させ、乙女な自分がはしゃいでいる。


髪の水気を拭きとったあと、リビングダイニングらしき部屋に戻ると、おいしそうな匂いが先ほどよりも強まっていた。

丸太のテーブルの上に、いくつものパンが並べられてある。



「わあ……! パンだ!」


「あたしが作ったんだ。味は保証するよ」


「えっ、手作り!? すごい!!」



そっか、彼女から香っていたのは、パンの匂いだったんだ! どうりで食欲をそそられるわけだ。……おっと、いけね、よだれがたれちまったぜ。

お腹をぐうぐう鳴らしながら、卓上を見渡した。たまごサンドウィッチ、ロールパン、クリームパン、焼きそばパンまである。この世界の文化ってどうなって……って、今はそんなことどうでもいいか! あー、早く食べたい!



「さて食べようか」


「はい! いただきます!」


「神に感謝を」



同時に別々の言葉を唱えたわたしたちは、ん? と顔を見合わせた。



「なんて言いました?」


「神に感謝を、と」



前世でも国や地域によって食文化には差異があった。

日本では食事を摂る際は「いただきます」と合掌するが、この世界では「神に感謝を」と祈るのが常識のようだ。


神に感謝、か。……したくねえ。感謝より文句のひとつやふたつ、ぶちかましてやりたい。



「君は遠いところから来たのかい?」


「さあ?」


「それもわかんないのかい」



ある意味、遠いところから来たというのは合っているけれど。

それはさておき、そろそろ腹の虫がうるさいので、いただきます!

できたてほやほやのパンをひとつ手に取った。最初は、ロールパン。小さな口で豪快に頬張った。濃厚なバターの風味が舌の上で溶けていく。生地がふわふわで、ほのかに甘い。

ふにゃりとほっぺが落ちたわたしを見て、彼女は得意げな笑みを浮かべる。



「おいしいだろう?」


「はい、とっても!」


「ガハハッ! もっと食べな、食べな!」



お腹が空いていたのもあり、次から次へと口に放りこんでいった。

たまごはとろとろ、クリームはなめらか、焼きそばは香ばしい。どれも最高。しかも種類によってパンの触感が変えられていて、まったく飽きない。ペロリと平らげてしまう。彼女はパン作りの天才だ!


何個目かのロールパンを食べ終えたとき、今さらになって、ずっと見られていることに気づいた。

ちらりと視線を上げると、彼女は頬杖をつきながらやわらかくほころんでいた。



「どうして……」



出会ってから、ずっとふしぎだった。



「どうしてわたしを助けてくれたんですか?」



何を聞いても、答えない幼女。

厄介ごとの権化のような存在だ。きっと心配はしても、早々に線を引く人は多い。

犬や猫を飼うのとはわけがちがう。何か事情のありそうな見知らぬ子どもの世話をするのは、簡単なことじゃない。


だけど、彼女は、手を差し伸べてくれた。

家に連れ、お風呂に入れ、ご飯を食べさせてくれた。至れり尽くせりで、逆に申し訳なく感じるくらい。

家族関係でもない、会ったばかりの他人に、どうしてここまでやさしくしてくれるのか。


こんなことをしても何の利益もないのに。

わたしは悪い子かもしれないのに。


どうして。



「助けたいって思ったから、助けた。それだけさ」




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