少女は注目される
ぽたり、ぽたり。ワンピースの裾から水滴が滴り落ちる。
進むたびに濡れていく道をたどるように、村人は視線を向けた。
ざわめきが広がっていく。
「あの……なんか見られてません?」
「そりゃあ見ちまうだろうさ」
「まあ気持ちはわかりますが……」
注目されているのは、赤茶の髪の女性ではなく、もちろんわたし。
森から戻ってきたかと思ったら、なぜか腕には、謎の美少女。
予期せぬ状況に、村中が困惑している。はじめはチラ見だったのに、徐々にガン見し始めた様子から、どれほどのレアケースなのかなんとなく察しがつく。
「わたしが尋常じゃなくかわいいことは自覚してますけど、ここまで注目されると……」
さすがに、ねえ?
前世はどこにでもいる平凡な学生だったから老若男女問わず注目された経験がない。どちらかと言えば注目する側だった。
こちら側になってみてわかる。かわいすぎるのも大変なんだね。慣れていない身では視線に耐えきれそうにない。恥ずかしさより気まずさが勝る。
美しいって罪だわあ。
「え?」
「……え?」
間の抜けたリアクションをされ、わたしは思わず聞き返した。
わたし、何か変なこと言った?
「……ふっ、ガハハッ!」
「え? え?」
なに!? なんで急に爆笑!?
わけがわからずうろたえてしまう。彼女は笑いを抑えようとするがまた噴き出した。
「な、なんで笑うんですか!?」
「なんでって……ガハハッ!」
「?」
「ふつうは、見覚えのない子どもを拾ってきたら、誰でも気になって見るだろう? ふつうは」
ふつうは、って二回も言った! なぜそこを強調した? わざと? ねえ、わざとだよね?
「でも君は……クク、自分がかわいいから周りが見惚れてるって……ガハハッ!!」
「そ、そういう人もいますって! 絶対!」
だって、美少女がいたら目で追いかけちゃわない? 二度見しちゃうよね!?
わたしの容姿が整っているのはまぎれもない事実だし、謎めいているところも興味引かない? え? わたしだけ!?
「君はおもしろい子だね」
「もうっ! 笑わないでください!」
「ガハハッ!」
ツボにハマってしまったらしく、しばらく笑いは止まらなかった。
傍から見れば、よりいっそう異様な光景になっていることを、二人は知るよしもない。
誰にも話しかけられないまま、彼女は足を止めた。古びた三角屋根の一軒家が建っている。
「着いたよ」
ここが彼女の家らしい。
ギィと軋みながら扉を開いた。
家の中は、必要最低限の家具だけが置かれていた。すべて木製で、使い古された跡があちこちに見受けられる。
彼女と同じ匂いが漂った。
――ぐうううぅぅぅぅ。
「……」
「……」
「……」
「………ふっ」
おいしそうな匂いにずっと我慢していた腹の虫が、とうとう音を上げてしまった。空っぽな胃から「メシをくれ!」と泣きわめく声が絶え間なく響く。
もうなかったことにできない。
ああまた笑われちゃったよ! 恥ずい! 穴があったら入りたい!
「ちょうど十二時か……。腹が空くわけだ」
棚の上に置時計があった。わたしのよく知るアナログ時計と同じ造りだった。
季節や月日、文字なども同じなのだろうか。同じだったら助かるのだけれど。勉強しなくて済む。
「昼食の前に風呂に入っちゃいな」
「お風呂?」
お風呂もあるの?
「ちょっと待ってな。準備してくるから」
リビングダイニングらしき場所にわたしひとり残すと、彼女は風呂場のほうへ移動していった。
お風呂まであるんだ。前世で見てきた異世界ものでは、あったりなかったり様々だった。
あくまでこの世界はフィクションではなく現実だから、前世の知識がどこまで参考になるのかわからない。だけど、ここが日本ではない以上、すべてが未知の領域。もっと知っていかなくちゃ。情報はあるだけいい!
「準備できたよ」
考えている間に、準備が整えられた。
お風呂場に行ってみると、熱を帯びた湯気に包まれた。桶のような小さめの湯船いっぱいに湯が張られてある。
「あたしは昼食の支度をしてくるから。ちゃんとあったまるんだよ?」
「は、はいっ」
「ん、いい返事だ」
ぱたりと扉が閉まると、風呂場が熱気に満たされた。
すぐさま服を脱ぎ、湯船にダイブした。ざぶん、と波が立つ。
冷えた身体に滞りなく血流がめぐり、じんわりとあたたまる。全身の力が抜けていった。
こういうのを「当たり前の幸せ」と呼ぶのだろうか。お風呂最高。
室内にお湯炊き機能のついた装置などは見当たらない。機械に頼らずにわざわざ火を焚いて、沸かしてくれたようだ。
なんだか泣けてくる。
「気持ちいい……」
川で溺れていたのがずいぶんと昔のことのように感じる。
命からがら陸に上がって、寒気に耐えながら森を抜けて……。
小さな幼女の身で、我ながらよくがんばったよ。いつ倒れてもおかしくなかった。
生への執着、そして神への不満が、わたしを突き動かしてくれたのだろう。スマホの充電も残り10%からが勝負だった。極限状態のときほど底力に支えられる。
もしくは……単純に、見た目に反してタフな身体だったのか。
「だからひとりで川遊びしてたのかな……」
少女のイメージが定まらないまま、湯船から上がった。すっかり震えが止まっている。
わたしが湯船を出たことが音でわかったのか、赤茶の髪の女性が風呂場に入ってきた。
ちょっと待ってくれ、わたしは湯舟を出たばかり。つまり真っ裸。何もかも見られてしまった。
ノックしてよ! と思春期の娘のように叫びそうになったが、そうだ今のわたしは幼女……幼女……と自己暗示し、悟りを開くことに成功した。羞恥心? そんなものいりません。
彼女の手には、大きめの布があった。それをタオル代わりに、湯冷めしてしまう前にわたしの体を拭く。
が、なぜか彼女は目を見張り、硬直した。
どうしたんだろう。
わたしの幼児体型に何を……ハッ、まさかロリコン!?
「一体何を……何を、されたんだい」
「え?」
はらり、と彼女の手から布が落ちた。絞り出すような涙声に、いやな予感がよぎる。
おそるおそる、わたしも自分の身に視線をめぐらせた。
愕然。
言葉が出ない。
せっかくあたたまったのに、ふたたび血の気が引いていく。心臓がぎゅっと締め付けられ、ひどく苦しい。
どうして。
わたしの体は傷だらけなの……?




