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殺し屋は殺さない

ルシファー視点です。



からんころん。

パン屋『ガブリ』をあとにした俺は、ほっと息をついた。



「はぁ……なんとかいろいろごまかせたみたいだ」



初手から正体を見破られ、予想外なことの連続だったけれど、無事に乗り切れた。

あらかじめこの通りについて調べておいて正解だったな。

ちょうど店内にいた客が、パン屋のご近所さんばかりで、たまたまプロフィールを頭に入れていたから、年齢を当てられるというでまかせを押し通せた。


おかげで怪しまれずに目的を完遂できた。

かの少女の身辺調査を。



『ルシファーって、わたしのこと知ってるんですか?』



すみません。俺、嘘をつきました。特技も入店理由も、嘘です。

俺もそれをたしかめに、あなたに会いに来たんです。


もしかして、と、ある程度予想はしていた。嘘みたいな本当の話。どれだけ情報を集めても信じきれなかった。

でもたった数分話しただけで、ふしぎなくらい自然と確信を持てた。


やはり、あなたは――。


ふわりと香ばしい匂いが漂い、腹が鳴った。

半ば強引に渡された、十を超えるパンに、うれしさやら気まずさやら、少し複雑な心境になる。

思わぬ収穫。本当にもらっちゃってよかったのだろうか。


こんな俺なんかが。


おそるおそるパンをつかむ、その直前。どこからか視線を感じた。

路地に人影が見えた。こちらをじっと見据えている。

怪しさ満点だが、俺には見慣れた光景だ。

浮かれていた感情がすっと引いていくのがわかった。


食欲の失せた俺は、気配を消しながら人気のない路地へ回った。

全身黒ずくめの男が二人、俺を待ち構えていた。

フードやマスク、マントなど普段の俺とまったく同じ装いの二人は、年齢も体格も自分よりひと回り小さな俺に、なんの抵抗もなくこうべを垂れた。



「ルシファー様、例の男を捕獲いたしました」


「現在、拠点の牢屋に監禁しております」



敬意を表す口調。俺の手となり足となり働く姿勢。

傍から見たら異質な関係だろうが、今さら動揺したりしない。これが俺の日常だ。


俺は、ふつうではないのだろう。



二人からの報告を受け、俺は俺たちの家でもある活動拠点へ向かった。

王都を出て西、追い払われたようにはびこるスラム街に、拠点はある。

街の片隅にひっそりと存在する地下水路。頭に障る悪臭と赤黒い跡が付着し、あちこちに虫がたかっている。

ここには、黒ずくめの恰好をした人しかいない。その装いが、ここを拠点とするとある組織の人間である証である。もっとも俺はそれを着なくとも、顔パスで入れるほど知れ渡っているようだが。


俺は手下の二人から黒ずくめセット一式を受け取り、慣れた手つきで身につける。代わりに二人はパンの入った紙袋を預かろうとしたけれど、反射で断った。

このパンはあとで全部、俺が食べなければいけない。もはや使命のようなものだ。

拠点の中で一番安全であろう自室に、紙袋ごと大事に仕舞っておいた。


手下の二人とともに満を持して牢屋を訪れる。

そこには、よく知る顔がいた。



「お疲れ様です、近衛騎士殿」


「てんめぇ……っ」



国民が憧れる職業ナンバーワン。国家に忠義を尽くす、正義の味方。誇り高き近衛騎士。

そのひとり、三十四歳独身、ダダ。

教会の裏山で、無実の少女を殺そうとした、あの男だ。


ムキムキに鍛えられた腕は鎖で拘束され、晴天を写生したような制服は泥まみれになっている。顔も傷だらけ、血のにじんでいるところもある。捕獲するまでにこっぴどくやられたようだ。

騎士様のこんな姿、公には見せられないな。



「これはなんの真似だ!」


「よかったですね、これで仕事をサボり放題ですよ」


「っざけんな!! 近衛騎士相手にこんなことしてただで済むと思ってんのか!?」


「すみません、あなたを近衛騎士だと思ったことがなくて」


「はっ……殺し屋風情がいい気になるなよ!」



そう、俺は殺し屋。

ここを拠点とする、法外に暗躍する暗殺業専門の闇組織の一員である。


闇組織は表向き、『掃除屋ピカピカ』という依頼用窓口を設けているが、足がつかないように正式名称はなく、拠点も定期的に引っ越している。

そんな警戒心旺盛な組織の次期頭領が、ほかでもない、この俺だ。


なぜ俺なのか甚だ疑問だったが、最近ようやく腑に落ちた。

きっとこのときのために、俺は力をつけてきたのだ。



「あなたこそ、いい気になっていたのでは?」


「なんだと……!?」


「状態を見るに、どうやら太刀打ちできなかったようですね。うちの組織は強すぎました? それとも……あなたが怠慢だっただけでしょうか」


「バカにしやがって……くそがっ!!」



俺を殴りたくても、鎖に阻まれる。鎖を最大限に引っ張った反動で、重量のある体が壁に打ちつけられた。自業自得だろうにガンを飛ばしてくる。

そのむさくるしい顔とは、約二か月間、暗殺依頼を受けた先で顔を合わせていた。

印象は初対面のときから変わらない。良くも悪くもエゴの塊だ。


平民出身の彼は、持ち前の屈強な腕力を評価され、町の警備に就いていた。

近衛騎士に成り上がったのは、つい三ヶ月ほど前だ。殺人未遂の犯人をワンパンで倒したことから、その功績を称え、近衛騎士団に加わることになったのだ。

けれども彼には、誰もがうらやむ肩書きに一切の興味もない。やる気もない。ただ給料が高いから入団しただけの体たらく。

マナーもくそもなく、近衛騎士にあるまじき乱暴さ、だらしなさ、身勝手さで、組織の風紀が乱れつつあった。


だから、あの()()には、ちょうどよかったのだろう。



「なぜこんなことになっているのか、本当に身に覚えはありませんか?」


「……誰かに俺を殺せと依頼されたか」


「そうですね、あなたへの私怨なら山のようにありそうですが……残念ながら今回はちがいます」


「は? ならなんで……」



正義感を持たずして近衛騎士に就任したほどの男だ。腕っぷしだけでなく、それなりに頭の回転も早い。

おそらく山での一件を思い出したのだろう、点と点がつながったように目をかっ開いた。



「お、お前、まさか……俺らを裏切る気か!」


「裏切る? はて、なんのことだか」


「とぼけんな! やっぱあんときのガキは人違いじゃなかったのか。だから今さらこんなことを……」



彼は俺を見て鼻で笑った。



「英雄気取りか? バカバカしい。お前も側妃と王女を殺したくせに」



――シンデレラ様が、死んだ。


それは少しちがう。



――シンデレラ様は、殺された。


俺たちの手によって。



「お前も、俺と同じ、王妃側の人間だろうがよ!」



選ばれし精鋭で形成された近衛騎士団は、いくつかの部隊に分けられている。

そのうちのひとつが、王妃直属の護衛騎士。――その実態は、王妃の企てたシンデレラ暗殺に加担した、犯罪集団だ。

金につられた者、弱みを握られた者、様々だったが、全員もれなく王妃にとって扱いやすい駒だった。


俺もそのひとり。王妃に雇われただけの、悪役だった。

依頼主もターゲットも、誰であろうと関係ない。今さらいちいち感情なんか動かない。いつもどおり依頼をこなすだけ。現場に忍び入り、計画に協力し、報酬をもらう。それが俺にとってのふつうだった。

しょせん俺も、この男と同類なのだ。



「お前は俺を裁ける立場じゃねえんだよ!!」


「……ええ、そうですね」



そんなことわかってる。

感謝されたくてやってるわけじゃない。

俺は、感謝されていい人間じゃない。薄汚いごみくずだ。



『あなたが誰であろうと関係ないわ。わたしはあなたがかっこいいと思う。だからどうか、わたしの前では、自分のことを悪く言わないであげてちょうだい』



俺をひとりの人間として扱ってくれた人は、もうこの世にはいない。

シンデレラ様。

俺なんかと対等に話してくれた唯一の人。


なのに、俺は、傷つけた。

守るべきものは、たしかに目の前にあったのに。

気づくのがあまりに遅すぎた。


何度考えても、やっぱり俺はかっこよくないし、感謝されていい人間じゃない。底辺にいるような、最低な人間だ。俺がいなくなればよかったのだ。……そんなことを言ったら、また怒られてしまうだろうか。

でも、もう、間違えたくない。



「ダダさん、ご安心ください。俺は英雄になるつもりも、あなた方を裁くつもりもありません」


「じゃあ何のために俺を……」


「ただ後始末をするだけです」


「は……はあ!? あ、後始末って……まさか王妃が!?」


「言ったでしょう? 今回は誰の依頼でもないと。俺が個人的にきれいにしたくなっただけですよ」


「……な……い、意味わかんねえ……。俺たちは仲間だろ!?」



王妃に捨てられることはあっても、仲間内で裏切り合うことはない。王妃に逆らえる奴なんかいないし、逃げても待っているのは地獄のみ。この国で生きていくには、付き従うしか道はない。

みんな、自分の命が惜しいはずだ。


……なんてことを、王妃も、彼も、考えていただろう。

おあいにくさま、今の俺には命より大事なものがある。



「残念ですが、もう仲間ではありませんよ」


「どういう意味だ」


「俺の契約は葬儀を終えるまで。つまり昨日で関係は切れています」



まあ、そうでなくても、実行していたけれど。

裏切りには慣れている。

俺は俺のやり方でやってやる。絶対に。



「んなの、あの王妃が許すかよ! 逆に殺されんぞ!? いいのか!?」


「敵に回す覚悟はできています。ですが……あちらはどうでしょう」


「え?」


「俺が敵になるということを、覚悟しておいででしょうか」



否、不可能だろう。

なぜなら、こいつはここでくたばるのだから。俺の存在が漏洩されることはない。

どうぞ好きなだけ油断していればいい。

最後に笑うのは、こちらだ。


牢屋に入り、見下ろす俺に、彼は身をよじりながら威嚇する。ボロボロな制服を軽く踏みにじっただけで、遠吠えのようなうめき声が響き渡った。

暗殺計画の証拠になり得るものはないか、体中を甚振りながら探ってみたものの、それらしいものは見当たらなかった。ならば用はない。急所を突けば、地面が赤く染まっていく。

身体にしみついた殺し屋の血が騒ぐ。

手袋についた血反吐を払いながら、俺は乾いた笑みを浮かべた。



「ははっ、よっわ。どうだよ、殺し屋風情にやられるのは。気持ちイイだろ?」


「っ、黙れよ……!」


「てめぇもまだくたばんじゃねえぞ? おもれーのはこっからなんだから」



豹変した俺に防衛本能が働いた彼は、逃げようと立ち上がるが鎖に引きずられ、横転してしまう。無様な有様に笑いながら、俺は男の自慢の腕をつかみ上げた。

シンデレラ様と王女様を崖から突き落とした、魔の手。

こんなものは、いらないだろう。

ひねりあげるように握ると、ブチブチブチッ……! と骨が悲鳴を上げた。



「ぅがあ゛ああああ!?」


「三十四歳のおっさんが八歳のガキにやられてるなんてそうそうねえよ? 貴重な体験なんだし、もっと楽しめよ。なあ?」


「あ、あっ……やめ……ぅぐぁっ」


「何をやめろっつうんだよ。暗殺したときも楽しそうにしてたじゃねえか。この手で殺ってただろ? 思い出せよ。立場が変わっただけだぜ?」



両手首を折ると、彼は声も出せずに体をぐったりとさせた。

涙と汗でぐちゃぐちゃの顔面が、さらに血で汚れていく。

それでも目は死んでいない。ふつふつと怨念が立ちこめている。

どうせ俺には敵わないのに。


キモ。俺は単純な罵倒をこぼした。意識して敬語を使わないと、口が悪くなりすぎる悪癖がある。気をつけないと。



「はっ、はっ……あ……」


「ん? なに? まだ殺られ足りねえの?」


「……あ、悪魔め……!」



悪魔、ね。

そう呼ばれることにはだいぶ慣れた。


依頼があれば誰であろうと地獄へ堕とした。子どもだと油断する奴ほど、見るも無惨な最期を遂げていた。

いつからか界隈で有名になり、悪魔の子と畏れられるようになった。

よくある話さ。



「お、王妃が……怖く、ねえのかよ……っ」


「え、なんで?」



たしかにあの女は異常だ。王族としてのプライドが高く、終始シンデレラ様を目の敵にしていた。殺人もいとわないほどに。

だからといって、怖がる必要がどこにあるのか。

幾度も修羅場をかいくぐってきた殺し屋には、王妃の殺意など子犬が吠えているようにしか感じない。そんなんだから悪魔呼ばわりされるのだろうか。


俺にだって怖いことはある。

大切にすべきものを、また見失うことだ。

当たり前の日常に囚われ、何もできないままでいるのは嫌だ。


はじめてだったのだ。

手から離れていったものが、また戻ってきたのは。


それは突然、俺の目の前に現れた。



『お、俺がお運びすることもできますが……』

『これくらい大丈夫ですよ!』



記憶がなくても、あなたは変わらない。

俺の、俺たちの、大切なお姫様。


今度こそ、守ってみせる。

だから。



「姫様は知らなくていいよ。こんな醜い世界のことなんか」



どうか何もかも忘れたまま、平和に生きていて。



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