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少女は鎮魂する



長旅のおかげか熟睡できたわりに、清々しさのかけらもない朝が来た。

今日は、シンデレラ様との別れの日。

今にも雨が降り出しそうな曇天模様が、王都に影を落とし、肌寒い風が吹き荒れていた。



「いいかい、ルリ。あたしから絶対はぐれないこと!」


「は、はあい……」


「約束だよ! 破ったら……」


「はい約束! 守ります! 誓います!」



喪服に身を包んだわたしは、ガルさんの手をしっかり握り、家を出た。

ちなみに今ので三度目の注意。耳が痛くなる。


ガルさんが過保護モードになっているのには理由がある。例の、果実採取をした山での一件のせいだ。

山から帰還したあと、わたしが手首を怪我していることをガルさんに一瞬で見抜かれてしまい、洗いざらい説明したのだ。

あれからガルさんの中で、近衛騎士の株がガタ落ち。今日の告別式を近衛騎士が警護すると知り、朝から少しぴりついている。


本当は大事な日に余計な心配をかけたくはないのだけれど、危険な目に遭うのはもう懲り懲り。勝手な行動は慎もう。

それに……ガルさんの心に少しでも、つらいこととは関係のない隙間のようなものができているなら、心配されるのもたまには悪くないと思える。

ガルさんのそばにいるのが、一番安全で、安心だ!



ガルさんに連れられ、訪れたのは、王都で最も栄える城下町。町をのぼっていくと高台があり、そこには鉄壁の要塞に囲われた国の象徴、フェアリーン王城がそびえ立つ。

その城へと続く大通りは、上流階級の流行をいち早くおさえた出店が立ち並び、よく凱旋パレードやお祭りに利用されているらしい。だが今回は、お祝いではなく、お別れのためにこの道を通ることになる。


王族だけで弔ったあと、シンデレラ様の棺が王城から運ばれ、大通りを進んでいき、一周してまた王城へ帰っていく。たったそれだけのルートで、はち切れんばかりの想いを昇華できるわけがない。それでもひと目見たくて、何か伝えたくて、大通りにはすでに多くの参列者があふれかえっていた。

この催し自体、異例中の異例。国民の声から始まったことだ。国中から人が押し寄せ、シンデレラ様を惜しむ声が絶えないのも、至極当然のことといえる。


厳戒態勢を敷く騎士たちが押されるほどの、人の波。道に入りきらず、路地や建物の中にまで人が流れている。

きらびやかな王都が、黒い渦に飲みこまれていく。



「……すごいなあ……」



交通規制された大通りを、わたしは一歩引いて見ていた。


ここにいる人たちみんな、シンデレラ様のことが大好きなんだ。

きっとはじめからそうではなかったのだろう。

いくら美人で人柄がよくても、王家に嫁いだ大筋は「人妻持ちの旦那と禁断の恋に落ちた泥棒猫」に変わりない。爵位はあるものの身分は低く、信頼もなく、王家にふさわしくないと反対の声も上がっていたにちがいない。

これほどまでに愛されるようになったのは、ひとえにシンデレラ様が愛し続けたからだ。愛ある行動が、人々を救い、生活を豊かにし、そして気づいたときには愛が何倍にも大きくなって返ってくるようになった。


この景色は、シンデレラ様の努力の結晶。

自らの力で切り拓いた、唯一無二の運命。


なんて勇ましいお姫様。漫画で読んでいたときよりずっと強く焦がれてしまう。

だからなおさら、苦しい。こんなに愛されているのに、あんな最期を迎えるなんて……。


シンデレラ様が多くの人を救ってきたように、わたしも、救いたかった。


……会いたかったよ。



「シンデレラ様……どうして急死してしまったんだろう……」



どこからともなく吐かれた疑心が、道の石ころのように転がっていった。群衆に波紋が生じていく。



「突然すぎる。まだお若いのに……」


「病気だったのかしら」


「誰かに殺されたんじゃ……?」


「まさか! シンデレラ様を嫌う人なんかいないよ!」


「わからないよ? 政治なんて醜い争いが付き物じゃないか」


「なんでシンデレラ様がいなくならなきゃいけないの……なんで……っ」



嗚咽が増えていくにつれ、わたしの左手を握るガルさんの手が強まっていった。

少し痛くて、ガルさんの名を呼べども返答はない。ガルさんは心ここにあらずな表情でうつむいていた。


ガルさんは今まで、死因について考えないようにしていた。

明かされていない真相を考えても、負荷がかかるだけ。これ以上の傷は、まだ背負いきれない。

今を生きることで、精一杯だった。


わたしがここで黒幕は王妃殿下ですよー! と叫んだところで何の解決にもならない。

家を出る前に交わしたふたりの約束を、心の中で反すうさせる。


絶対にはぐれない。

そばにいる。

ちゃんと守らなくちゃね。


わたしはガルさんの手を軽く引いた。反応がなくても懲りずに振り続ければ、遠い目をしていたガルさんがハッと我に返った。

まあるい深緑色の瞳に、何事もなかったように笑うわたしがきれいに映る。



「ガルさん、あそこで花を売ってるみたいだよ。シンデレラ様に何か買っていこうよ!」


「あ……ああ、花か……。そうだね、ちょっと見に行ってみよっか」



わたしたちは一旦群衆を離れ、路地裏にある花屋に立ち寄った。

大通りよりは格段に人気は減ったものの、わたしたちと同じ考えの人は少なくなく、店の花はもうほとんどない。

余っているのは、形の悪い花や一向に咲かない蕾、葬儀には縁起の悪い花言葉のもの。そのなかにひときわ花弁の小さな薔薇の花が、ぽつんと売れ残っていた。誘われるようにそれを手に取った。棘は取り除かれており、わたしにぴったりのサイズ感だった。香りも強くなく、ほのかな甘みがある。ガルさんも気に入り、それぞれ一本ずつ買うことにした。

げっそりとやつれた店員さんから二本の薔薇を受け取り、大通りに戻ると、王城のほうから弦楽器のやさしい音色が響き渡った。


告別式開始の合図だ。


シンデレラ様の名前が刻まれた棺桶が見えるやいなや、大通りに情のこもった叫び声が飛び交った。

誰もが必死に手を伸ばし、思い思いの捧げものを掲げ、さよならしたくない本心を隠して愛を伝え続ける。


音圧で空気が震え、わたしの傷だらけの身体を刺激した。痛覚ばかりが先行し、頭が理解する間もなく傷口が疼いていく。

なぜだろう、痛くてたまらないのに、ここから離れたくない。

身体を引きつらせながら、群衆の向こう側を覗き見た。わたしの背丈では棺桶は見えづらく、しいて見えるのは車高の高い馬車くらいだ。


棺桶の前後に連なる、二台の馬車。漆黒の鬣のなびく馬が、時間をかけてゆっくりと引いていく。

シルバーのラインの入った黒光りの車体には屋根がなく、乗車する王族の姿をしかとこの目に捉えることができた。


青にも黒にも見える髪をうしろに流している国王陛下は、若々しく精悍な顔立ちを、泣くのを我慢する子どものようにしかめていた。参列者の手向ける花にときおり伸ばされた手には、きらりと輝くブレスレットがついていた。膝の上に一本ずつ花が増え、やがて大輪の花束になっていく。

その隣で息をひそめるように座するは、『白銀姫〜プラチナプリンセス〜』のラスボスである王妃殿下。手入れの行き届いた金髪には、ベールのついたヘッドドレスが飾られ、表情が読めない。

けれどわたしにはわかる。口元にあてられたハンカチには、鮮血のような真っ赤な紅が弧を描いて付着しているのだろう。


あの人のせいで、シンデレラ様と王女様は――。


心臓の近くをめぐる血流がほとばしり、血管が浮き上がる。薔薇を持つ手が紅潮し、こわばっていく。

目から沸いた熱湯が、手のひらサイズの花弁にこぼれた。その一滴ぽっちで耐えきれなくなったのか、丸裸の茎がぽきりと折れた。牛詰めの歩道に薔薇の花が散っていく。バラバラになることなく落ちた花は、棺桶しか目がない人々に容赦なく踏み潰されていく。

両目にあふれる熱が、瞬く間に頬を侵した。



「ルリ……? 大丈夫かい?」



自分よりも泣いているわたしに、ガルさんはひどく動揺していた。わたしの手に薔薇がないことに気づくと、わたしを抱きかかえ、自分の分の薔薇の花を譲った。

わたしは大事に花を握りしめながら、静かにしゃくりあげた。ガルさんの腕の中で縮こまっても、世界を遮断することはできない。

すすり泣く声、悲痛な願い、楽器演奏、重みのある走行音……何層にも重なった音の洪水が、やがて不協和音となり、頭の内側を激しく叩く。何か、また別の声のようなものが、聴こえた気がしたけれど、もう何もわからない。感情も、感覚も、迷子になっている。


酸素が足りなくなり、嗚咽まじりに息を吸った。

涙で埋もれた視界に、ふと、もう一台の馬車が入りこむ。

仲良く手をつないで乗っているのは、二人の少年。見分けのつかない瓜ふたつの王子様だ。

比較できるところといえば、髪色くらいだった。片方は、ふんわりと癖のついた黄金の髪。もう片方は、青……いや、紫だろうか、深みのある髪色をしていた。わたしとよく似た色で、わたしはふしぎと苦しいものすべてを忘れて見とれていた。


そのとき、その少年と目が合った――気がした。


髪色と同じ、深海に沈んでいくような瞳が、こちらを向いた途端ゆらゆら泳ぎ、大きな雫を落とす。血色の悪い唇が、かすかに動いた。



「――今の……ミュールリ?」


「どうしたの、シャルル兄様」


「…………いや、なんでもない。きっと気のせいだ」



たった一瞬のことなのに、妙に長く感じた。

でもやっぱり気のせいだろう。大勢いるなかでわたしとだけ目が合うわけがない。


全身が痛かった。

だけど、なぜか、胸が一番痛かった。


ほの甘い香りが、鼻の奥をつんと刺す。

わたしはガルさんの首にしがみつき、わけもわからず泣きじゃくった。ガルさんの肩が嵐に直撃したように濡れていく。

ガルさんは何も聞かずに、やさしく背中を撫でてくれた。不意に背中にひんやりとした感触が触れ、わたしはたまらずガルさんを強く抱きしめた。



わたしの花は、どこへいってしまったのか。


光を失くした空も、とうとう涙を落とした。



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