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少女は真理を知る



心の中で腹踊りをしながら『白銀姫~プラチナプリンセス~』の物語を振り返ってみる。といってもわたしは第一話しか読んでいないので、振り返る内容はほんのわずか、物語の冒頭しかない。

それはけっしてマイナスポイントではなく、むしろプラスと捉えよう。

あくまでここは生の世界、まぎれもない現実。原作通りにすべて展開していくとは考えにくいけれど……それでもいい。それがいい! この世界をじかに堪能できるし、日々の生きがいになる。そもそも第二話以降読んでいないから比較できません! 初見です! 期待です!


今は原作でいうと何話くらいなんだろう。まだ本編始まってないかな。

第一話は、白兎のように愛らしいアイラちゃんが、少女漫画の王道・夢見るヒロインとしてこれから活躍するであろう予感を残して終わる。ドキドキな序章!

月刊誌で拝見したのだけれど、巻頭カラーがこれまた美麗で、舐めるように見た覚えがある。純粋無垢なアイラちゃんと儚げ美人なシンデレラ様、ほかにも主要人物と思われるイケメンたちが描かれていて、いっそう続きが楽しみになった。

第一話の最後、煽り文句では、運命の出会いが来ると書いてあった。アイラちゃんは誰と出会うのか。どんな運命をたどるのか。鍵となるのはやはり『シンデレラ伝説』だろう。


アイラちゃんもシンデレラ様に憧れていたよね。

多くの方に愛されたシンデレラ様。だけど、アナスティア様に殺されてしま…………。



……コロサレ……?


……………あああああっ!!



そ、そう……そうだった! シンデレラ様、殺されちゃうんだよ!

だから『シンデレラ伝説』なんて叙事詩が誕生するのだ!

わああどうしよう!? どうしたらいい!? どうにかできるのか!? 無理か!? しょせん村人Bだもんな!? どうしよう!?


ちょ、待って。落ち着け、わたし。落ち着くんだ。

冷静になれ。はい、深呼吸。ひっひっふー。


今はいつ!? いつの時代!? どこの時間軸!?

シンデレラ様はご存命ですか!? シンデレラ様生存ルートはありますか!?

物語の展開も気になるけど、シンデレラ様にもお会いしてみたいよ! ご尊顔だけでも拝みたいよ! 麗しのお姫様!



「ががががガルさん!! シンデレラ様についてもっと教えてください!!」



放心状態から突如として鬼気迫る形相へと豹変したわたしに、ガルさんはたじろぎつつも、リクエストに応えてくれた。



「え、えっと……そうだなあ……。実は、あたし、シンデレラ様とは顔なじみでね」


「えええっ!?」


「子どものころよく遊んでいたんだ。幼なじみってやつかな」


「ほ、ほへぇ~……」


「今となっては、国民の聖母様としがないパン屋が幼なじみなんて、おかしな話だけどね」



なんという新事実! まさか二人に接点があったとは! 驚き桃の木山椒の木。

もしかしたら漫画にガルさんも登場していたかもしれない。こんなに身も心もきれいな人なのだからありえなくはない。



「あたしはさ、パンを届けてる例の孤児院で育ったんだけど。元々そこで慈善活動をしていたのは、シンデレラ様だったんだ」


「そうだったんですか……」


「当時は彼女が王家に嫁ぐなんて思いもしなかった」



ガルさんはおもむろに目を伏せる。

シンデレラ様の現状がつかめず、不安は膨らむ一方だった。

わたしは言葉を慎重に選びながら問いかける。



「シンデレラ様は……その……今でも、孤児院を訪問しているんですか?」


「うん、たまにね。前よりは減っちまったが」


「たまに……」



ということは……まだ、生きてるんだ!


すなわち、現時点では、本編に到達していない。第一話が始まる前。

あと考えられるとしたら、原作とはちがい、シンデレラ様が死を免れた世界線だけれど……。



「ここだけの話、シンデレラ様には子どもがいるんだ」


「!!!」



子ども!!

シンデレラ様の子ども!!


第一話でも描写されていた。シンデレラ様の第一子で、灰色の瞳を持つ女の子。それ以外の情報は明かされていなかった。名前の記載がないどころか、顔は影で隠すように描かれ、モブのような扱いだった。

公表された身体的特徴である性別と瞳の色は、奇しくもわたしにもあてはまる。灰色の瞳は、日本でいう黒目黒髪のように、この国でありふれているのだろう。シンデレラ様の娘ならば、わたしのとは比べものにならないほどの輝きを持った彩りをしているにちがいない。



「会ってみたいかい?」


「っ! 会いたい! 会いたいです!」


「彼女からの手紙によれば、子どもがもうすぐ五歳になるんだと。それで今度洗礼式を行うらしい。きっとそのとき大々的にお披露目されると思うよ」


「洗礼式?」



漫画でも使われていた単語だ。読みふけっていたときは、宗教的な儀式のようなものかとあやふやなイメージのまま流してしまった。具体的にはどういうイベントなんだろう。

首をひねると、ガルさんが端的に解説してくれた。


洗礼式とは、教会や神殿で神様に信仰を誓う儀式のこと。

フェアリーン王国では、五歳になった子どもは洗礼を受ける義務がある。儀式を行うことによって、ひとりの民として奉公することを証明するのだ。

そのため、五歳になるまではあまり外に出さず、過保護に育てられる風習がある。しかし、今の時代、それを律儀に守っているのは貴族くらいらしい。


日本で例えると……成人式の五歳バージョンだろうか。成人すると解禁される権利が多くあったように、この世界では、自我が発達し始める五歳から一人前の人間として認められるのかもしれない。

わたしは何歳なんだろう。洗礼式を受けたのだろうか。



「その洗礼式とやらに、シンデレラ様の子どもがもうすぐ参加することになる、と……」


「そういうこと。先々週に手紙が送られてきたから、今月中には行われるんじゃないかな」


「今月中……」



急速に血の気が引いていった。


たしか、シンデレラ様の葬儀は、洗礼式が間近に迫っていたころに執り行われた。葬儀と洗礼式の日程はほぼ同時期ということだ。

黒幕のアナスティア様が国王陛下に虚偽の証言をしたのは、葬儀の一か月前。その約二週間後に、シンデレラ様の訃報が発表された。


洗礼式まで一か月を切っているなら。

シンデレラ様と王女様は、もう……。



「シンデレラ様の子どもってどんな子なんだろうねえ」


「ガルさん、あ、あの……」


「ん? どうかしたのかい?」



……だめだ。言えない。


予想が当たっていたとして、ガルさんに伝えてもよけいな混乱を招くだけだ。なにせ証拠がない。記憶喪失だけど前世の知識はあるから信じてくれと言ったところで、まともに取り合ってくれるはずがない。

ガルさんにとって、シンデレラ様はただの側妃じゃない。かけがえのない幼なじみなのだ。

わたしの大事な人の、大事な人。生死の関わることは特に、憶測だけで語ることはできない。


悔しい。苦しい。悲しい。

せっかく前世の記憶があるのに、何も役に立てない。悲劇を食い止めることも、確信を持って動くこともできない。なんて無力なんだろう。


村人Bに生まれ変わってよかった。

だけど……もう、素直に喜べないよ……。


期待に満ちたガルさんを見ていたら、いてもたってもいられなくなり、ぎゅっとしがみつくように抱きしめていた。



「ルリ? どうしたんだい、急に。甘えたくなったのかい?」


「……っ」



ちがう。ちがうの。

ガルさんのお腹に顔を埋め、左右に振る。ガハハッと陽気な笑い声が聞こえ、胸が締めつけられた。

大きな手のひらが、何も言わないわたしの頭をゆっくり撫でた。ほのかな温もりを噛み締めながら、ただただ抱きしめる力を強めた。



あぁ、どうか、わたしの予想を裏切ってほしい。


この世界はあくまで『白銀姫~プラチナプリンセス~』に酷似しているだけであって、まったくの別物でありますように。

ガルさんがまたシンデレラ様と会えますように。


そう願わずにはいられなかった。



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