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少女は世界を知る



波乱万丈な転生人生、二日目。

朝ごはんは、ガルさんお手製のジャムパンときのこのスープ。二日酔いのガルさんはスープだけで十分らしく、頭を押さえながらゆっくり咀嚼している。



「ガルさん……大丈夫?」


「ああ……。昨日はちょっと飲みすぎたかもな」


「今日はわたしが看病します!」


「ガハハ……。大丈夫。すぐ治るよ」


「ほんと?」


「ほんと、ほんと。……あ、そうだ。あとでこの国のことをいろいろ教えてあげるよ」


「え!?」


「勉強会をしよう」



これから村の外に行く機会が増えていく。知識があったほうが生活しやすいだろうし、些細な情報が記憶のトリガーになるかもしれない、という計らいだった。

ありがたい提案だけれど……それは、つまり、わたしが必要最低限の知識をつけるまで、遠出は控えるということだ。

無知な幼女をひとりにするわけにはいかない。そのため村にいる理由である、慈善活動を先送りし、村の滞在期間を延ばす予定らしい。


出会ったときからずっと、わたしのためにできることを考えてくれている。

……また、迷惑をかけてしまっている。

時間は有限だ。大事な目的をずらしてまで、わたしに時間を割いてもらうのは、なんだか心苦しい。



「ルリは気にしすぎだよ」



わたしの考えを見透かして、ガルさんはやさしく諭す。



「ルリだって気になるだろう?」


「……はい」


「あたしも知ってほしい。お互いの気持ちが同じならそれでいいじゃないか」



つい甘えてしまいたくなる……けど!

されっぱなしは性に合わない。わたしもガルさんのために何かしたい。毎日少しずつ恩を返していくんだ!




「あっ、じゃあ! 午前中は勉強して、午後はガルさんのお手伝いをします!」



ガルさんの貴重な時間を奪いすぎず、わたしのレベルも上がる! 我ながらナイスアイディアでは!?


意気揚々とアピールした結果、わたしの折衷案で決着がついた。

たくさん働いてもらおうかな、と冗談まじりに承諾したガルさんに、わたしは得意げに返事をした。



「どんとお任せあれ! なんでもしますよ!」




ガルさんの体調が回復してきたころ、初回の勉強会が始まった。


まずは、現在の年月日、時刻から。

時間の数え方、十二ヶ月の季節、数字の表記は日本と同じ。西暦の表記はなく、建国日から数えて三千二百年、四月。午前十時。読み方はすぐに理解できた。

だが、やはり、数字以外の文字は異なる。英語の筆記体を崩したような文字だ。数はそこまで多くない。一夜漬けでなんとかいけ……ないな。地道に覚えていこう。暗記からは逃げられない。


文字を試し書きした次は、国の地理を学ぶ。

ここは、大陸の西に位置するフェアリーン王国。左右を大国に、上下を大海に挟まれていて、他国との貿易が盛んに行われている。

わたしがいた森の奥にある川の、そのさらに奥に進むと、海につながっているらしい。


この村は国の最北端にぽつんと形成され、ここからずっと南に下りると王都が広がっている。

その一角にガルさんのパン屋があるんだっけ、と思い出すと同時に、ひとつの不安要素が浮上してしまった。



「あの……」


「ん? 質問かい?」


「ここにいる時間が長引いてしまって……お店は大丈夫なんですか? ただでさえ、わたしと暮らすことになって経済的に負担が……」


「子どもがそんな心配しなくていいんだよ」


「でも……」


「なんたってうちは王家御用達だからね! そこらへんは問題ないよ!」


「おうけごようたし?」



どんと胸を張るガルさんに、わたしは目を輝かせる。

おうけ? えっ、王家!? 何それすごい!


話の流れで王家についても説明してくれた。



「この国で一番えらい国王陛下、チャーミル・フェアリーン様」


「王様!」


「そして王妃殿下の、アナスティア・フェアリーン様」


「王妃様!」



テンションが上がって、コールアンドレスポンスみたいになってしまった。


だって! だって! 王様だよ!? 王妃様だよ!?

日本生まれ日本育ちのわたしからしたら、それだけでも非日常! 響きだけでもかっこいい!



「チャルメラ国王陛下と、アライグマ王妃殿下!」


「チャーミル様と、アナスティア様な」


「あっ」



横文字の名前に慣れていなくて間違えちゃった。こういうのも不敬にあたるのかな? いやふつうに名前間違えられると悲しいよね。ごめんなさい。

王様と王妃様ってどんなお人なんだろう。名前間違えても怒らないかな。ガルさんみたいにやさしい人だといいなあ。



「チャーミル国王陛下……アナスティア……王妃、殿下……?」



なんだろう。急に心臓がざわざわした。奇妙な違和感に侵されていく。

わけもわからないまま全身に鳥肌が立ち、背筋に冷や汗が伝う。


この感じ……既視感?

わたしは、その名を、知っている……?



「チャーミル様とアナスティア様には、双子の子どもがいらっしゃる。第一王子のシャルル様、第二王子のミシェル様だ」


「王子様……」



王子様には何も感じない。反応するのは、アナスティア様だけだ。

ドクドクと鼓動が熱く、重く、鈍くなる。


いつ、どこで、聞いたのだろう。

あと少しで思い出せそうなのに、出てこない。

もどかしくてたまらない。



「国王陛下にはもうひとり、お妃様がいらっしゃるんだ」


「え……? もうひとり?」



一夫多妻制というやつか。漫画でもよくあった。正室と側室のおそろしい戦い、身分違いの切ない恋の行方、ほかにも様々な恋愛模様が描かれていて、どれも夢中になって読んでいた。

そういえば、前世で最後に読んだお話も、一夫多妻制の世界だったっけ。タイトルは、たしか――。



「側室にあたるお方の名前は……シンデレラ・フェアリーン様」


「……シン、デレラ、様……!?」



どんがらがっしゃーん!


前世の記憶がなだれ落ちる音が、脳裏に轟いた。

まさに落雷のような衝撃が、全身を襲う。心臓がまた大きく弾んだ。

瞳孔をかっ開き、口を震わせながら開閉させる。声をうまく出せないどころか、呼吸もままならない。



わたしは、知っている。


前世のわたしが、すべて、憶えている……!




「ルリ? どうかしたのかい?」


「し、しし、シンデレラ、様って……」


「もしかして知ってるのかい!?」


「……知っているというか……はい……」


「そうかい、そうかい! やっぱり記憶を失っても、既視感を感じるもんなんだね!」



まじか。まじか……!

信じられない。いや、信じる。ぜひ信じさせてください!


この世界って、まさか……わたしが前世で第一話だけ読んだ、あの! 後悔のひとつでもあった、あの! 『シンデレラ伝説』がキーとなる、あの!



あの……『白銀姫~プラチナプリンセス~』の世界!?



うわー! やばい! まじ!? すごい! すごすぎる!

シンデレラ様といえば、『シンデレラ伝説』として語り継がれる、例の聖母様のことだよね!?

そして、アナスティア様は、ラスボスっぽい雰囲気だった人だ!

知ってる、知ってるよーお! めちゃくちゃ続きが気になるプロローグだったもん! 忘れるはずがない!

あの漫画の続きを、ほぼリアルタイムで知っていけるなんて幸せすぎる! 鳥肌が立つわけだよ!


わたしはどこからどう見ても、白銀の髪を持つヒロインのアイラちゃんでもなければ、悪役にもなり得ない立ち位置にいる。

要は、モブ。ただのモブだ。

ガルさんが村人Aなら、わたしはきっと村人B。うん、傍観するに最適なポジションだ。いわば特等席。この世界の一住民として楽しめる。え、何それ最高すぎん? はい優勝! やったー! ラッキー! わっほーい!



二度目の人生、全力で満喫させていただきます!!




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