王太子の断罪と、奪還される宝物
「……セレスティア、ここで待っていなさい」
アルフレッド殿下は、私の額に愛おしそうに口づけを落とした。
その瞳には一瞬だけ甘い温度が宿るが、私から視線を外した途端、冷酷な王太子の顔へと戻る。
「私のために……危ない真似はなさらないでくださいませ」
服の袖をキュッと掴む私に、殿下は愛おしさに耐かねたように目元を緩め、私の手を優しく包み込んだ。
「心配いらない。……あんな奴ら、俺の手を汚す価値すらないのだから」
◇
その夜、月明かりすら届かない伯爵邸の裏門。
ジュリアンは苛立たしげに懐中時計を見つめ、暗闇の先を睨みつけていた。
「ちっ……あの女、遅いぞ。母親の遺品に釣られて必死に走ってくるかと思ったが」
「まあまあ、ジュリアン様。城を抜け出すのに苦労しているのでしょう」
寄り添うミレーヌがくすくすと嘲笑う。
その背後には、闇に紛れて刃を忍ばせた数人の暗殺者たちが潜んでいた。
「来さえすれば、一突きだ。王太子に裏切られた失意の末、男と駆け落ちしようとして殺された……完璧なシナリオだ」
ジュリアンが歪んだ笑みを浮かべた——その瞬間。
バサバサバサッ!!
「なっ……!?」
頭上から降り注いだのは、暗闇を裂くような殺気と、静寂を破る甲高い金属音だった。
潜ませていた暗殺者たちが、悲鳴をあげる暇もなく次々と崩れ落ちていく。
「な、なんだ!? 誰だ……っ!」
「——我が国の法を犯し、王家の客人に刃を向けようとは。ずいぶんと威勢が良いな、ノルディック公爵家次男」
暗闇の中から静かに歩み出たのは、漆黒のマントを翻すアルフレッド殿下だった。
その背後には、重装備を固めた王家直属の近衛騎士団が整然と立ち並んでいる。
「で、殿下……!? なぜ、ここに……っ!」
腰を抜かしたジュリアンは、後ずさりしながら声を出した。
ミレーヌも顔を蒼白にし、震える手でジュリアンの服を掴む。
「セレスティアは来ないぞ、ジュリアン。……お前たちの浅はかな罠など、すべてお見通しだ」
「ち、違います殿下! これは……あの女が俺を呼び出したのです! 駆け落ちしようと……!」
「黙れ!!」
地響きのような殿下の怒声が、夜の静寂を切り裂いた。
冷酷な瞳が、まるで虫ケラでも見るかのように二人を見下ろす。
「お前たちが前世で……いや、これまでセレスティアに重ねてきた悪行の数々。彼女の実母の遺産横領、公爵家資金の不正流用、そして彼女に対する暗殺未遂……すべての証拠は揃っている」
「ぜ、前世……? 何を仰って……」
意味を理解できず呆然とするジュリアンを無視し、殿下は冷ややかに手を挙げた。
「捕らえよ。伯爵邸の義母もだ。地下の捜索を開始し、亡き伯爵夫人の遺品を一つ残らず回収しろ。……一粒の埃すら、あの奴らに触れさせるな」
「はっ!」
「放せ! 放せ! 俺は公爵家の人間だぞ! セレスティア、あの女を呼べ! セレスティアあああっ!」
見苦しく叫びながら連行されていくジュリアンと、泣き叫ぶミレーヌ。
殿下は不快そうに視線を外すと、近衛兵が伯爵邸の隠し部屋から回収してきた「小さな木箱」を受け取った。
箱を開けると、そこにはセレスティアの実母が残した、幼い彼女への手紙と美しいペンダントが、大切に保管されていた。
「……守ったぞ、セレスティア」
木箱を愛おしそうに抱え直すと、アルフレッド殿下は一刻も早く愛しい彼女のもとへ戻るべく、光の射す王城へと馬を走らせた。




