解けた呪縛と、奪われた手紙
「……見られた、のか」
アルフレッド殿下の声が、絶望に掠れていた。
床に落ちた手帳と、私の目から溢れ出す涙。それらを交互に見つめる彼の瞳は、まるで己の醜い破滅を待つ罪人のように激しく揺れている。
殿下は、恐れていたのだ。
自らの重すぎる愛と、禁忌を侵してまで時間を巻き戻した狂気が私に知られれば、今度こそ完全に拒絶され、蔑まれるのではないかと。
「……すまない、セレスティア。気味の悪いものを見せた」
殿下が自嘲気味に細く息を吐き、私から目を逸らそうと一歩後退する。
その瞬間——私は、ドレスの裾を翻して駆け出していた。
「殿下……っ!」
すがりつくように、彼の胸へと飛び込む。
突如抱きついてきた私に、アルフレッド殿下の身体が石のように硬直した。
「セレスティ……ア……?」
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……! 私は……私は何も知らずに、殿下の心をどれほど傷つけていたのでしょう……!」
彼の胸に顔をうずめ、溢れ出る涙を隠そうともせずに叫んだ。
『私なんて誰の特別でもない』
『二度目の人生は静かに消えたい』
そんな冷たい言葉で、彼の命を懸けた愛を、どれほど踏みにじってきたことか。
彼が捧げてくれた「二度目の時間」の中で、私はまたしても一人で悲劇のヒロインを気取り、彼の差し伸べる温かな手を拒み続けていたのだ。
「私……『愛されていない』なんて嘘をついて、殿下の命がけの想いから逃げていました……っ。私を……私を救うために、どれほどの絶望を抱えて時を戻してくださったのですか……!」
「……ああ」
アルフレッド殿下の喉から、掠れた切ない声が漏れた。
次の瞬間、折れそうなほど強い力で、私の身体が抱き締め返される。
「お前が……お前が覚えている必要はなかったんだ。ただ俺のそばで、今度こそ幸せになってくれれば……俺の魂など、どうなってもよかった……!」
彼の顔が私の首筋にうずめられ、温かな雫が肌を濡らす。
冷酷無比と恐れられる氷の王太子が、私を失う恐怖に震えながら、子供のように私の背中にしがみついていた。
「もう……逃げません。消えたいなんて言いません……! 殿下、私を……私を置いていかないで……っ」
「絶対に行くものか。お前が俺を拒まないなら、俺はこの命の最後の一滴までお前に捧げる……!」
固く閉ざされていた私の心の氷が、彼の熱い涙と愛によって、ボロボロと崩れ去っていく。
二度目の人生で、私は初めて「生きたい」と、この人と共に笑いたいと強く願った。
——その時だった。
私のポケットから、パラリと一枚の紙片が落ち、床に滑り落ちた。
「……? これは」
アルフレッド殿下がふと涙を拭い、床の手紙を拾い上げる。
そこに書かれた義母たちの罠——『実母の遺品と引き換えに、単身で伯爵邸へ来い』という醜い脅迫文を目にした瞬間、殿下の瞳から温かな情愛が消え去った。
代わりに宿ったのは、死よりも冷たい、絶対的な殺気だった。
「……あの鼠ども。彼女に『静かに消えよう』とまで思わせた挙句、まだ俺の宝物に汚い手を伸ばすか」
アルフレッド殿下は手紙を冷酷に握りつぶすと、私を優しく、だが決して逃がさない強さで抱き寄せる。
「セレスティア。お前の母親の遺品は、俺が必ず取り戻す。……そして、お前を地獄へ引きずり込もうとした奴らに、本当の地獄を見せてやる」
切ないすれ違いの夜が明け、ついに狂おしいほどの愛を込めた「王太子の反撃」が始まろうとしていた。




