黄金の籠と、王太子の誓い
「——ようこそ、セレスティア」
重厚な扉が開かれた先は、王城の最上階に位置する一室だった。
ふかふかの絨毯に、陽光を美しく反射するシャンデリア。窓からは王都が一望できる、まさに王族の賓客しか通されないような豪奢な部屋だった。
アルフレッド殿下は、私をそっとソファーに降ろすと、自ら腰を落として私と目線を合わせるように膝をついた。
「ここは俺の離宮の最深部だ。俺の許可なくして、何者も立ち入ることはできない。お前の義母も、あの愚かな妹も、婚約者の男も……ここには絶対に手を出せない」
私を閉じ込める黄金の籠。
殿下の手が、壊れ物を扱うように私の頬へと伸びる。
その体温は温かく、指先は愛おしそうに私の髪を撫でていた。
「これで、お前は安全だ……」
安堵したように息をつく殿下の瞳には、私への底知れない情愛が揺れていた。
けれど、私の胸の奥は、どこまでも冷ややかだった。
(安全……? どうして殿下が、そんなことを仰るの?)
私は伯爵家のしがらみや、冷酷な家族から逃げ出したいとは思っていた。だが、それは「一人で静かに遠くへ消える」ためだ。
王太子の庇護のもとで、こんな風に過保護に扱われることなど望んでいない。
期待すればするほど、それが失われた時の絶望が深くなることを、私は前世で痛いほど学んだ。
「……殿下。恐れながらお尋ねいたします」
私は殿下の指先からすっと顔を背け、静かに、そして虚ろな瞳で彼を見つめた。
「どうして、そこまで私になさるのですか? 私と殿下は、社交界で数回お見かけした程度の浅いご縁しかございません。伯爵家の影の薄い娘である私に、このような破格のお心遣いをいただく理由はございませんわ」
私の冷たい拒絶に、殿下の頬が微かに引きつった。
「浅い縁……だと?」
「ええ。私は、ジュリアン様の婚約者であり、妹の影に隠れた地味な令嬢です。殿下が私に情をかけられる筋合いなど……」
「違う!!」
殿下が激しく叫び、私の両肩を掴んだ。
その瞳には、血が滲むような切なさと、狂気が混ざり合っていた。
「浅くなどない! お前が忘れてしまっていても、俺はお前を……お前だけを、ずっと愛してきたんだ!」
「……愛?」
思わず、引きつった笑みが漏れた。
愛。私が一番欲しくて、一度目の人生で最後まで手に入らなかったもの。
それを、大して話したこともない王太子殿下から提示されるなんて、何のタチの悪い冗談だろう。
「お戯れを……。ジュリアン様も昔は、私に『愛している』と仰いました。ですが最後は、妹を選び、私に冷たい視線を向けるだけでした。……男の方の『愛』など、私には何の意味も持ちません」
「……っ!!」
私の言葉に、殿下はまるで心臓を貫かれたかのように顔を蒼白にした。
前世でジュリアンに裏切られ、傷ついた記憶が、私の心を分厚い氷の壁で覆い尽くしている。
殿下は震える手で私を強く抱きしめ、私の首筋に顔をうずめた。
「俺を……あのクズと同じにするな……。頼むからセレスティア、俺を見てくれ……。お前が諦めてしまったのなら、俺が何度でもお前の心を取り戻す。二度目のこの人生は、お前を幸せにするためだけに、俺が買い戻した命なんだから……!」
しがみつくような殿下の鼓動が、私の背中に激しく伝わってくる。
二度目の人生? 買い戻した命?
その言葉の意味を理解できず、私はただ、殿下の背中で虚ろに天井を見つめることしかできなかった。




