098 護衛依頼59
ついにその時が来る。
「来るぞっ!」
草ムラの隙間に、猛獣の影を視認した者が警告する! ハダリー隊のブーバーだ。
ただし、第1線にいるのは奴隷や盗賊たち。武器を持たない彼らは、身構えることしかできない。奴隷であるギハスロイの女マリピスは、子供が不安な時にそうするように、胸の前で片方の手をもう片方で包み、ギュっと力を入れる。隣にいる同じギハスロイのメレプスが、石の温度の声質で彼女に言う。
「……大丈夫だ。イザというときは、俺が守る……」
【ガナリ】
ヤバい……
ヤバいヤバい……
今度こそ間違いなく死ぬ。なんだか恐ろしいほど怖くなってきた。
「恐ろしいですか?」
そう言って話しかけてこられたのは女神様……のように見えた我らが神官ヴェイザ様。その姿を認めたとき、俺は思わずあわてて言う。
「ヴェイザ様! ここには猛獣が現れます! 安全な後ろへお下がりください」
「私なら大丈夫です。神のご加護がありますから。それよりも、恐ろしいですかと聞いているのです」
俺は正直に
「はい、とても恐ろしいです」
と答える。するとヴェイザ様は
「恐ろしいと思うのならば、それは神があなたの信仰心を試しているにすぎません」
と言う。その声を聞くと、さっきまで恐ろしくてしかたのなかったのが、軽くなった気がする。
ヴェイザ様が、指を3本立てて言う。
「このようなときに、あなたができることは3つのことしかありません。3つのこととは1つ、神に祈ること。1つ、神にその身をゆだねること。1つ、神を信じること」
ヴェイザ様はそのように言いながら、指を1つずつ折っていく。
「ですから「恐ろしい」と言うあなたが今すべきことは……祈りなさい! 身をゆだねなさい! 信じなさい! ……と、ゆうことです」
信じられないことに、そこまで目を見つめながら話を聞いた俺の心から恐怖が消えていた! そればかりではなく、恐れおののいていたさっきまでの自分がどうしようもなく恥ずかしくなってきた。
俺は、これ以上ない晴れやかな気持ちに震えながら言う。
「……ありがとうございます……私の信仰心が足りていませんでした……」
そう言いながらも俺の心は、温かい気持ちで満たされていた。
【アイネ】
「来るぞ!」
誰かが猛獣が来たことを、知らせてくれる。結局カンパは間に合わなかったかぁ。今もヘビのかたわらでヒッシに手を動かしている。……それならそれで、ボクたちで猛獣の襲撃をしのげばいい話。
そう思って前を向けば、荷車に沿って並ぶハダリー隊のメンバーたち。そしてその前にいるのは、ギハスロイや盗賊の人たちだ。
あれ?
あのギハスロイの人たち危ないんじゃない? 猛獣の進行方向にいるじゃん。それに武器もないし。
それを見たボクは、荷台を駆け降りる。
あの人たちを守らなきゃいけない!
一瞬の浮遊の後、着地の衝撃をヒザと足で緩衝しつつ、体を前傾し駆け出す。
さっきボクが守るって約束したから……
駆け出したボクはハダリー隊のいるところまで来て、そして通り抜ける。
……て、ゆうのはもちろんとして……でも、それだけじゃない。
「……うぉっ、アイネ! どこにいく!」
投げかけられるベーヤの声に振り返らずに言う。
「1番前!」
前にはギハスロイのメレプスたちが並ぶ。そこの前へ。
「そこでみんなを守る!」
ミト婆さんもギハスロイも盗賊も……そしてついでにカンパも、ボクが守ってやるっ!
【ハダリー】
「ここは任せたぞ」
カンパが猛獣の子を取り出そうとするのを見ていた軍務卿はそう言い残して、前線の方へ行ってしまった。だが、当のカンパはまだテコずっているようだ。
しかし最近はツキが回ってきた。
肉の解体作業を眺めながら、しみじみとそう思う。
1人目の盗賊を捕まえたのも我が隊だし、あの猛獣に関しても、ゴドリー隊に対して何かとアドバンテージを取っている。
そう考えるとコイツが何かと貢献しているんだな、と目の前で肉屋のように肉を切り続ける少年を見て思う。何よりコイツは、あの軍務卿に気に入られているようだ。
そう考えるとあのムテッポウな嬢さんもそうだ。彼女もなぜだか、軍務卿に気に入られている。王の妾なんて厄介なものを押し付けられたと最初思っていたが、意外と幸運の女神だったらしい。
……それはそうと、カンパの作業スピードが遅くなってきたか。そこらへんの誰かにやらせよう。
「カンパ、疲れただろう。今、誰かに交代させるか少し休め」
せっかく気を使ってそう言ってやったのに、返ってきた答えは、
「ダイジョブです! もう少しなんでヤラせてください!」
と強めの返答。なんでそうなる……。
「……そうか……」
……まあ、いいか。
【カンパ】
肉をエグり、切り開きながら、オレはイラついている。
手は血と油まみれ。剣もツカまでその状態。肉は厚く、冷たく固くなり始め、なかなか切り開けない。少しずつ押し広げ、削り取っていかなければいけない。独特なニオイが鼻につくが、もう慣れた。
でもイラつかせるのは、そういったことじゃなくて……
なんでネコヤロウはこんなに早く来るんだ?
なんでコイツらはまた戦おうとしている?
なんでこの肉は、簡単に切れない?
なんで……
なんで……オレは……
こんなことをしている?
そしてなんで……
なんで……涙がでそうになる?
あともう少しなのに……
あともう少しで、アイツの子供を取り出してやれるのに……
なんでウマくいかないんだっ!
もう、止めてしまおうか……
でも動かす手は止まらない
なんでオレが……
なんでオレが……
……こんな気持ちにならなきゃいけないんだよっ!!
心に浮かんで来るのは
かけがえのない眼差しを送りながら
手をつないでくれる女性の姿。
そしてやさしい声が、自分の名前を呼ぶ。
母親……ってなんなんだ?
手の動きが速くなる。的確に肉を押し広げ、筋繊維を切っていく。
どうしようもなくて、泣きたくなるような気持ちになったとき、手に当たる今までとは違う感触。
……これは……




