097 護衛依頼58
軍務卿はもう1度、
「……“探求する熊”……」
とカンパの目の前でつぶやく。それは長い沈黙の後のコトだったので、カンパは
「へっ?」
と口からこぼしてしまう。その後ろからハダリー隊長は、そこに――“探求する熊”という“赤の民”に――とても重要な何かが秘められている、という目をしている。
「よろしい……」
それは軍部卿が誰に言ったものなのか、自分に言ったものなのか。とにかく軍務卿ベナッジョは、より1層、声を張り上げて宣言する。
「ヘビの腹を割くぞ! 荷車を止めろ!」
盗賊たち、奴隷たち、そして兵士たちの間でさえ、動揺が広がる。
それじゃあ、あの猛獣に追いつかれちまう!
しかし兵士諸志にとって、軍務卿の命令は絶対だ。そして盗賊たち、奴隷たちにとって、兵士たちの方針は絶対だ。
こうして荷車の車輪はその動きを止め、周囲を歩くヒューマロイそしてギハスロイ諸志の歩みが止まる。カンパが“ニモツ”に沿って、前から後ろに歩いていく。その後を軍務卿ベナッジョが続き、ハダリー隊長も続き、さらに興味深そうに奴隷商人ヴォネラムが聞きかじった話をしながら着いてきて、それを聞きながら神殿教神官ヴェイザも続いていく。
「どうやら、あのでかいヘビの腹の中に、あの猛獣の子が食われているそうなんです! なので今からその腹をカチ割るらしいですよ!」
その話は近くの兵士の耳に聞こえ、その兵士は他の兵士に話しているのを近くの盗賊が耳にし、その盗賊話してるのを、近くの奴隷が聞いている。
すなわち、たちまちの内に、これから何が行われるかを皆が知ることになる。彼らの興味は、花にミツバチが引き寄せられるように、ひきつけられていく。すなわち“ニモツ”に沿って進む、カンパの方へ。
そんな彼らに、軍務卿が言う。
「手のあいている者は、周囲を警戒しろ! いつあの猛獣がまた襲ってくるかわからんぞ! 兵士だけではない! 盗賊も奴隷たちも、手のあいている者みんなで見張るんだ!」
言われた者たちは気まずそうに、外側を向く。それを見届けた後、軍務卿はとある人物に続けて指示を出す。
「そこの女……アイネと言ったか。お前は目がいいのだろ。荷車に乗って警戒しろ」
「へっ……いいよ」
すかさずベーヤが正す。
「いいよ、ではないっ! 承知しました、だ!」
「……ショウチ、しました……」
アイネがそう言って荷車に登るころ、奴隷商人ヴォネラムは軍務卿に追いついて抗議の声を上げる。
「軍務卿! これでは話が違いますな。ヘビの皮にキズをつけてしまっては、損失になってしまう!」
王に献上されたヘビの革を買い取り、いい値で売ることまで考えているであろう商人に対して、軍務卿が反論する。
「賢明な我らが王であれば、我ら兵士こそ貴重な財産と思うはず。そしてあの猛獣によってその財産が危機にさらされている現状、その原因を取り除くことに異を唱えることはないはず。その原因がまさに“この”中にあり、それを暴こうとしているにすぎません」
そう言って軍務卿は、“ニモツ”を指し示す。それに対して商人は、
「……なるほど……なるほど……」
と軍務卿の気迫に納得したようだ。
カンパは荷車に積まれたデカヘビにそって歩いていく。そして立ち止まるのは、デカヘビの腹が大きくふくらんだ場所ではなく、少しふくらんでいてエグられた場所。そこはあの筋肉ネコが、ヘビをシトめた後に肉を食い破ろうとしていた場所だ。
「ここだ……」
そうつぶやくとカンパは荷車の上に乗ってボゴタが回収してくれていた剣を取り出し、シガイに成り果てて久しいデカヘビのキズ口に剣を突き立てる。しかし巨体を動かすために発達した筋繊維が、不当な侵入者をコバんでいる。
これじゃダメか
カンパは剣を寝かせて当て、前後に動かす。すると少しずつではあるが、筋繊維を押し切っている気がする。
これでいくしかない
カンパは片手で肉を押し広げ、右手で剣を押しつけながら上下させていく。剣が上下するたびに、指1~2本分の肉が切れていく。
周囲を警戒しているはずの者たちも、そ知らぬフリでカンパを見ている。ただし彼らは、気が気ではない。いつあの猛獣が草をかき分けて、襲って来るか。なので彼らの目は、亡霊が現れると言われる廃墟を見るような視線で、自然と草ムラのスキマからスキマへと走ってしまう。
ゴドリー隊の者たちでさえ、この流れは変えられない。母親が焼くパンを待つ子どもたちの宿命のように、彼らも周囲を警戒しながら、カンパの地道な作業を待っているしかないのだ。
周囲の者たちがこうしている間にも、カンパは少しずつ肉を切っていく。なかなか進まない作業をしながら、はっきりとした形を成さない考えが、夜空に無数にきらめく星の瞬きのように、現れては消えていく。
【カンパ】
この中に……本当にあの筋肉ネコの子供がいるのだろうか?
もしいなかった場合は、どうなるのだろうか?
……どうにもならないか。今までどおり、アイツとオレたちで殺し合うまでだ……。
それなら……
この中に本当にあの筋肉ネコの子供がいたとして……
それを見た時、アイツはどんな気持ちになるのだろうか?
悲しみ?
怒り?
……わからない……
……母親じゃないオレに、アイツの気持ちなんて……わかりようがない……
「あそこ! なんかいる!」
アイネの声が、聞こえる。筋肉ネコを見つけたか。筋肉ヤロウが来るのはちょっと早すぎるし、あの女の報告じゃあ他のヤツらに分かりづらい。
「前方左! 200歩ぐらいに何かの影!」
案の定、誰かが補足する。ボゴタの声だ。周囲から、猛獣に備えて動き回る音が聞こえる。
「カンパ! まだなのかっ!」
横からオレを急かすのは、ハダリー隊長。オレは言う。
「まだまだかかります!」
急がなきゃいけない。それは分かってる。オレは手を、より早くより強く動かす。しかし脇腹の骨がジャマして、ウマく進まない。そして余計な考えも、止まらない……。
それで?
オレは何で肉を切り進む?
……何でかわかんねーけど……
……そうしなくちゃいけない……
……家族って……そーゆーモンだろ……
……一緒にいなくちゃ、イケないもんだろ!
だから……
だから……
戦いが始まる前に……
……間に合え!
間に合ってくれ!!
【アイネ】
見つけたのは、やっぱりあのネコだ。あのおっきいネコが、ドンドンみんながいる方へ近いてくる。
「みんな気をつけて! ネコが近いてくる!」
「猛獣の進入方角は変わらない! 前方左! 距離は約100歩!」
ボクがさけべば、荷車に乗って隣に立つボゴタもさけぶ。
それにしてもカンパは間に合わないのかな。アイツが何をしようとしているかは、一緒に逃げている時に聞いてたからわかる。そしてそれを話す時のアイツの表情は、いつもの興味ない顔と違って真剣だった。アイツがどんな気持ちで、猛獣の子供をヘビから取り出そうとしているかは分からない。……けど……何かをやりとげようとしているなら、協力してあげたい。
あのネコは、草ムラの中をグングンと近いて来ていて、もうすぐでボクたちの所に着きそうだ。
……だから、ボクはボクができる限りのことをしてあげよう。……だから、あのネコを食い止める!




