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096 護衛依頼57


 カンパとアイネは草ムラを抜け、道に出る。

 多少広くはなったもののそれは相変わらず、領都まで続く“老いた農夫の荒れてフシクレ立った細長い指”のような道だ。

 道に大勢の足跡と荷車のわだちが残っていたので、2人はそれをたどっていくことにする。2人とも疲れてはいたが、また筋肉ネコに追いつかれるとメンドウなので、小走りにでも進んで行く。


 “探求する熊”は道に出る前に、「……兵士たちに見つかると……色々面倒だ……」と言って離れていた。そのことについてカンパはトガめようとも思ったが、色々と面倒になりそうなので好きにさせることにした。

 こうして“探求する熊”はほとんど音を立てない歩き方で、草ムラの中に消えていった。


 轍や足跡をたどりながら、アイネが言う。


「ねぇ、なんでいつもムチャすんの?」


 話を振る先は、この場に1人しかいない。カンパが言う。


「……別にムチャなんかしてねえよ……」


少年は考え事をしているのか、反応はニブい。アイネがつめる。


「してる。さっきはネコの背中に乗って行っちゃたし、この前もトリに乗って死にかけてた」


「……オマエには、関係ないだろ……」


「関係ある!」


突然の強い口調に、カンパは初めて相手の顔を見る。そこには真に迫る少女の目つきが、真っ直ぐに自分を見つめている。カンパはなぜか、目をそらす。


「関係ある! だって心配だもん!」


カンパは、何か言わなければならない気持ちになる。


「……強くなるため……だ……」


「……なんで? なんでそんなにしてまで強くなる必要があんの?」


「……復しゅ……」


「えっ? 何て言った?」


「もういいだろ! いい加減にしろよ! これ以上話したら……」


「話したら、なに?」


「…………オマエに危害がおよぶかもしんねぇ…………」


アイネには、ワケが分からない。アイネは、そもそもカンパが何を言いよどんだのかが気になる。


 ……復讐?


 ……誰に?


 そして、何で?


 アイネが色々思考を巡らせ、それでも全く納得できなかったので、また兵士の生活ではこのような機会はそうそう訪れないため、さらに問い詰めようと決心したとき、カンパが言う。


「この話はもうオシマイだ。前を見ろよ。アイツらが見えてきたぜ」


アイネが視線を前方に向ければ、宗教的なパレードのように“ニモツ”を中心として参列して歩く集団がある。もちろん2人の、よく知る集団だ。


 アイネはそれを見つめたまま、悲しく言う。


「……うん……知ってた……」





 カンパとアイネはほどなく、軍務卿率いる一行に合流する。

 その集団は相変わらず細くくねくねした道を、兵士たちが荷車を押し、その外側を盗賊たちや奴隷たちが歩く、という形で進んでいた。

 盗賊たちや奴隷たちを列の外側に置く理由は、以前と変わらない。猛獣から兵士と“ニモツ”を守るためだ。


 カンパは合流するなり、ハダリー隊長に成り行きを説明する。アイネはその間ベーヤに、制止を振り切って勝手に追いかけたことをたしなめられてしまう。


「追いかけるのを止めろと言ったのに、無視したな?」


「…………ごめんなさい…………」




 ハダリー隊長はカンパの説明を聞いているが、いま一つしっくり来ない顔をしている。“探求する熊”という人物の、その行動が不可解だからだ。


「つまりその“赤い人”はお前を助けにやって来て、そして危機を脱したらいなくなった。そう言うんだな?」


「……はい。別に危機におちいったワケじゃないけど、そうゆうこと……です」


「それで? そいつがあのヘビの腹の中に筋肉ネコの子供がいるから、腹を割れと」


「…………はい、そうです…………」


 実際にあったカンパでさえ、ワケがわからないことだらけだったのだ。それを人に伝えて、理解してもらうことはさらに難しい。

 それでも隊長ハダリーは、軍務卿ベナッジョのモトへ向かう。本当は参加したくないけど親族のよしみで参加しなくちゃいけない葬儀に行く、といった感じの顔でだ。彼は隊列の先頭辺りを歩いている。そしてしばらく話した後、カンパが呼ばれる。




「お前の口から何があったかを話してくれ」


 軍務卿の言い方は、アイサツがてらに体調をうかがうのとは違って真剣な眼差し。 

 カンパは少しウンザリしながらも、ハダリー隊長に話したようなことを、もう1度軍務卿に話す。そしてその話の中で、


「それで“熊”じいさんが……」


とカンパが言った時、軍務卿がカンパを制止する。


「ちょっと待て。その“熊”じいさん、とはなんだ?」


「“熊”じいさん……はその“赤い人”の……名前です」


「名を聞いたのか?」


「はい……本当は“探す熊”とかなんとか」


「……“探求する熊”……」


「そう、それ! そう言ってたはず……です……」





【ベナッジョ】

 “探求する熊”


 その名を聞いたとき、なつかしき光景が浮かんでくる。


 それは鉱山に向かう時だったか。

 王都……当時はウガ管理区都と呼ばれていたか……で蜂起ほうきすべきではない。それがバルガさん、サイネヴィさん、デブリネさん、コスキン師匠らの判断だ。


 あしの茂る王都……ウガ管理区都……周辺を後にして、少しずつ高度を上げながら道を進んで行く。やがて道は木の茂る山にいたり、山を越えれば別な山が姿を現す。それを越えれば、また別の山が。一つ山を登っては下り、また1つ登って下る。そのようにして、少しずつ少しずつ高く登っていった。


 そんな道中のことである。


「コスキン師匠に剣術を教えてくれた方について以前話されましたが、もっとお聞かせ願えないでしょうか? たしか師匠の師匠は、“赤の民”だったとか」


「……ワシの師匠は……」



コスキン師匠ははるか遠くを見るように思い出し、そして言った。


「言うなれば、母なる大地のような人だった。……それじゃ分からんか……なんと言うか、とらえどころのない人だ。“赤の民”は都市に住むヒューマロイとは、価値観が全く違う。動物たちのことを“4本脚の兄弟”と呼び、大地に生える草木を“大地の毛”と呼ぶ。“赤の民”とは大地と密接に、共に暮らしてきた者たちなんだ」




 またあるとき、湖のほとりで捕まえたウサギを焼いているときにも師匠の師匠について、聞く機会があった。


「……師匠は口ベタな人だった……」


師匠コスキンは焚き火の炎に照らされながらそう語った。


「きっとずっと自然の中で、1人で暮らしてきたからなのだろう」


「何でずっと1人だったんです? “赤の民”として、仲間たちと一緒に暮らしていたんじゃないんですか?」


「子供のころは、そうだったらしい。ただ成人した頃に“大いなる精霊”の導きを得て旅立ち、それからずっと1人で旅をしていたそうだ」


「名をなんと言うのですか?」


「……“探求する熊”だ。旅立つ時に、族長から頂いた名だそうだ」


圧倒的な暗闇の中で、き火に照らし出されたコスキン師匠は、その響きを懐かしそうに言った。



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