092 護衛依頼53
ケりつけた反動のまま、また慣性にしたがって、走り続ける猛獣はすでに次のターゲットを捕捉している。小さき生き物たちの頭なる人物、軍務卿ベナッジョその人だ。
【?】
オマエだ!
オマエをカミクダけば……
アタマをカミクダけば……
コイツらもコンランする
それから……
……ワが子を助ける!
それでもジャマをするのならば
ソイツらをカミクダく!!
【】
猛獣は疾走していく。隆起した肩や前脚、腹の筋肉を収縮させ、ツメで大地をエグりながら後ろへ送る。そして引きつけた後脚でまた地面をエグって、両の前脚をはるか前方に飛ばす。
速度は加速していき
今度は左右に体を振ることもしない。目標に向かって、憎悪を加速に変えて、一直線に目標へと進む。
大切な何かを取り戻そうと、地を駆ける巨体猛獣と
剣を持ち、静かに立つ軍務卿。
両者をへだてる距離は、
“夜”明けの光が闇を一掃していくような速さで消えていく。
猛獣は口を垂直近く開き、剣のように鋭く長いキバを相手に向けて飛びかかる。
対しての軍務卿は、少し前まで立ちつくしたままだ。が、猛獣が飛びかかる少し前になって、ようやく剣を持つ手を持ち上げて剣先を背中へと回していく。
小さな人影に迫る、筋肉をまとった巨獣と、その長すぎるキバ。両者の体格差は、ブツかれば小さい方が吹き飛んでしまうくらいにはある。
しかし軍務卿は静かにかがみ、左前方に踏み込む。そして背後に回していた剣を、左回しに振りだす。
俊敏に動き回る相手なら、大振りの剣を当てるのは難しい。だが速くても、一直線に進む相手にタイミングを合わせるのは容易だ。もっとも、猛獣が迫って来る恐ろしさに耐えられれば、の話だが……。
そして軍務卿は、それを耐えている。ムリしてという風ではなく、ペットが駆け寄ってくるの待つ飼い主、といった感じで当たり前のように。
このようにして軍務卿は、背中を経由して勢いを増す剣のタイミングを、正確にはかることができた。
すなわち
軍務卿ベナッジョの
とっさの重心移動の重さが乗った剣は
勢いを増しながら
猛獣の左キバに外側から近接
CRASH!!(ガキンッ!!)
軍務卿の打撃は猛獣の顔をそらせながら
その硬質のキバを半ばから砕き折り
折れたキバは空中を回転し
開いた猛獣の口にできたスキマを通って
軍務卿は左に体をかわす。
軍務卿は勢いのまま、地面の上を1回ローリング。そして立ち上がる。
猛獣は鈍い振動と口周りのバランスに違和感
猛獣が左にそれ、軍務卿も左にかわしたことで、両者の位置は入れ替わっていた。
すなわち
軍務卿は、隊列の前方右側。
猛獣は、隊列の前方左側。
そして隊列の左側には、ハダリー隊がいる。この機を逃す彼らではない。
「軍務卿を援護しろ!」
そう言ったのは、ハダリー隊隊長のハダリー。その指示とほぼ同時くらいに、仲間たちの間を通してすかさず矢を射るのはブーバー。ボゴタとマレが、猛獣の左右へと距離をつめる。ブーバーの矢は猛獣の脇腹に当たり、筋肉で止まる。
このときカンパは、一瞬だけ出遅れている。なぜなら彼はさっきからずっと猛獣に飛びかかろうと、“ニモツ”の上に乗って様子を伺っていたからだ。
一方でアイネはなぜか、空が気になるようで見上げている。
「……何かが……見てる……あんなところから……」
それは死者が甦るのを見てしまったような、信じられないといった表情だ。彼女が見ているのははるか上空、“昼”からズレ始めた“夜”。
「……あのバカ……」
そうツブやいたのは、“ニモツ”の上を駆け抜けていくカンパ。
「またワケがわかんねーことをしてっ!」
そう言って少年は“ニモツ”の頭をケって飛ぶ。着地点には、近づく小さき生き物たちをけん制する猛獣が。イカクして口を開けているが、そのキバはすでに1本しかない。
カンパはその背中へと飛び乗りつつ、筋肉で太い首筋に剣を突き立てる。が、やっぱり深くは刺さらない。筋肉のヨロイのせいだ。
猛獣は危機的な状況にある。
四方を兵士たちに囲まれて、背中には首を突き刺す小さな兵士。そして一際強者の雰囲気をまとった人物――軍務卿――も近づいて来る。
そんな猛獣に視野の外から近く影がある。ハダリー隊の老兵、ベーヤだ。
彼は猛獣の視野角内をかわして、カンパを振り落とそうと跳ね回る猛獣に接近。左前脚のつけ根の腹側――人で言う脇に当たる部分――に剣を突き立てる。そこは筋肉の薄い部位。老兵の剣はアバラ骨に水平に差し込まれ、ほとんど筋肉にジャマされずに半ばほどまで体内に侵入していく。
【?】
なぜ?
なぜこうなった?
小さき生き物たちの頭を砕く
……そのはずが
……何でこうなる?
ワレはただ……
ワレはただ……
あの子を……
助けたいだけなのに!
それを……なんなんだ!
こいつらはイッタイなんなんだ!
ワレの背に乗っているヤツはなんなんだ!
【】
不利な状況の積み重なりが、生命の危機が、猛獣の野生に撤退を促させ、決死の覚悟で挑んできた悲痛の獣に決断させる。
猛獣はワキに刺さる剣から身をのけながら、背中に乗る小さき生き物を振り落とそうと跳ね回りながら、草の茂みへと走り出す。
しかしそこには大きなオノを構えたボゴタが待ち構えていて、猛獣に向けて水平にオノを振ろうとするが……
……暴れる猛獣の背にカンパがしがみついていて、手足に当たるので振れない。ボゴタはとっさにオノを下げる。
猛獣は背中にしがみつく少年を乗せたまま、草ムラの中へと消えていく。
ようやく周囲の状況に戻ってきたアイネが言う。
「……いっちゃった……」
彼女の視線の先では、閉じた長い草の門が余韻に揺れるばかり。




