090 護衛依頼51
【レクセイ】
王都の兵士たちは活気づいている。そして盗賊たちや奴隷たちでさえも、「神を信じよう!」などと言って盛り上がっている。
それに比べて領主軍の兵士たちは…………どことなく腰が引けている。
「なあ……。なあ、お前たち!」
だから、俺は、呼びかける。
「ここの土地は俺たちハンニニンガ領のもんだろ?」
そうたずねるが、まったく反応がない。……始めは。……そしてようやく、「そうだ!」と声が上がる。俺の6人隊に所属する兵士だ。
……ありがたい……これで俺が言いたいことを続けることができる……
「だったら誰が1番気合を入れて、あの猛獣に向かっていかなきゃいけないかわかるよなっ!」
領主軍の兵士たちからは、散発的に声が上がる。
そうだ!
とか、
俺たちだ!
とか。そして俺が、
「王都軍に負けてられねえ! だって王都軍には少年や少女も混じって戦っているだぞっ! 負けれねえだろ、お前らっ!」
と言えば、まだまだ散発的に
おう!
という応え。が、それは着実に広がっていく。……少しは……マシになったか……。
【】
“ニモツ”から離れ、剣を抜き盾を構えて戦いの準備をする兵士たちの間で、アイネが何気なく聞く。
「カンパ……今度こそあのネコをヤッツけれると思う?」
問われた少年が言う。
「……どうだか、な。あの筋肉ヤロウ、そうとうタフだから、な」
「なんだかタイヘンなことになりそうだね、この戦い。……それはそうと、なんか見られてる気がしない?」
カンパが驚いて言う。
「は? またなんか感づいたのか? ……あの赤い人か?」
「それはそれで、そんな感じするけど……そうじゃなくてもっと別の……上の方ほう?」
そう言って、少女は空を見上げる。つられて少年も見上げる。が、そこには“夜”とその背後から顔を現し始めた“昼”があるだけ。
「上って……なんもねーぞ……さすがに……」
カンパのそのツブやきは、“夜”と“昼”しかない空に消えていく。
筋肉という鎧をまとった猛獣は、怒りに燃える目で兵士たちを見すえたまま、怒りを込めた脚で駆け出す。あの憎たらしい“長い生き物”を運ぶ、小さき生き物たちの方へ、と。
猛獣は加速に加速を重ね、グングンと速くなる。その速度とともに、野生の暴力的な威圧感が、砦のように兵士たちに襲いかかる。
対する兵士たち……の先頭にはそんなことに動じない軍務卿が立っている。剣を構えて、真っ直ぐに猛獣を見ながら。
猛獣はそんな彼を脅威とみたか、走りながら道の右に左に巨体を移動させる。しかし軍務卿は上段に剣を構えたまま、目で猛獣を追い体を少し傾けるだけで、動じる様子はない。
そして猛獣は、着実に距離をつめて来る。軍務卿の位置まで
15歩……
軍務卿は動じず、構えたまま。
10歩……
猛獣は道の右端を駆ける。
そして残り5歩……
もう、ぶつかる! と思われた時、猛獣は急に巨体を左に振って、そのまま草ムラに突っ込んだ。
予想外の猛獣の行動に、そして目の前に迫る脅威がいなくなったことで、兵士たちは気をゆるませるが
「気を抜くなっ! 来るぞっ!」
と軍務卿が叫ぶと兵士たちは猛獣の消えていった草ムラの方を警戒する。
しばしの沈黙。
「違う、そっち!」
そう言ったのはアイネ。彼女は指をさしながらそう言ったが、身長の低い彼女の姿は反対側の兵士たちには見えない。声量も足りない。
「隊列の右中央よりやや後方! 領主軍のあたり!」
そう、注釈入れてサケぶのはカンパ。
隊列右中央よりやや後方の領主軍兵士たちはようやく自分たちのことだと気づくが、
GGGAURRR!!!(グガウルルル!!!)
弱き者の心を破壊するがなりを響かせながら、猛獣の巨体が草の中から現れる。巨体は口をほとんど垂直に広げていたので、剣のようなキバがナナメに突きだしている。
目の前にいた奴隷の男――猛獣の奥の方の歯に薄汚れた布の切れ端が見える距離いた――は思わずシリモチをつく。が、
「……かっ、かっ、神よ!」
と後ろに倒れながら、両手を組む。
カミつこうとしていた大きな猛獣のキバは、倒れた彼の顔の前を通りすぎ、重量を支える脚は奇跡的に彼を越えていく。
猛獣の怒りにギラつく瞳には、もう別のエモノが映る。領主軍兵士の男だ。彼のひどく恐れながら、しかし剣を振るその姿までが猛獣の瞳に映し出される。
が、結局彼は振るう剣そのまま脚の爪でえぐられながら踏み潰されてしまう。ただ、まだ意識はある。ただ猛獣は彼を踏みつけた脚を曲げて、跳躍。巨大な猛獣の体重と跳躍の反発力が、彼の肋骨ごと彼の心臓と肺を押しつぶしたので、彼は目・口・鼻・耳から血を吹き出しながら絶命する。
跳躍した猛獣は荷車の“ニモツ”の上に、その巨体にしては軽い感じで着地……したかと思いきや、体をヒルガエして来たのと同じ側――隊列の右側に降りてそのまま隊列の前へと駆け出す。
そこはゴドリー隊の配置されているエリア。
ゴドリー隊長を始めとして、ゴドリー隊の面々は、先程の雪辱を果たそうと、各々の武器を構えてその野生の暴力にそなえる。




