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089 護衛依頼50


ギハスロイのメレプスが言う。


「……我々ギハスロイにも、かつて神がいた。……今ではそれは“邪神”と呼ばれ……信じることが禁じられているがな……」


 彼の言葉は、まだ彼らが果てしない絶望のただ中に、いるかのようだ。




 自称耳の良いアイネには、そのツブやきが聞こえる。そしてそれは、神殿教国の神殿で“先生”の授業してくれた内容と一致する。


 “先生”は、神殿教の神殿施設で、珍しく神殿教の神を盲信しない人物だ。そして“先生”はアイネがモノゴコロついた時には彼女の担当になっていて、優しい眼差まなざしで様々なことを教えてくれた。

 彼がよく言っていたのは


「我々ヒューマロイは力を合わせることで、邪神に勝つことができました」


ということ。彼は他の神殿の神官たちと違って、「神のおかげで勝つことができた」とは言わない。そしてそんな言葉に続けて時々言っていたのは


「これはヒューマロイには、うれしいことだ。ただギハスロイたちには悲劇ひげきと言える。なぜなら、彼は神を失ったからだ」


ということ。


 今、アイネの目の前に、“先生”の言っていた悲劇の主人公がいる。悲劇の主人公たち(・・)が。邪神の時代には邪神やその使徒の元、ヒューマロイたちを支配していた者たちが、今では猛獣への生きるたてとして歩かされている。


 いたたまれなくなったアイネが、そのギハスロイの男に言う。


「……ボクが……」


その声は思っていたより小さかったので、アイネは言い直す。


「それならボクが、守ってあげる!」


ギハスロイのメレプスは、その光のない目でその小さな少女を見て、ニガ笑いする。


「……その時は……たのむ……」


それは子供が実現性のない何かを語ったときに、大人がする笑いだ。それでもアイネは返事を返す。


「まかせて!」


そしてそれは自分自身が何でもできる、と信じて疑わない者の返事だ。






 道に出てからも猛獣の襲撃は続き、そのタビに犠牲者ぎせいしゃを出し、動けなくなった者はそのまま捨て置かれた。

 常に隣にあり続ける恐怖を、1部の者たちは自分の武器を信じて耐え、1部の者たちは神を信じることを信じて耐える。

 そしてついに、“昼”が“夜”から解き放たれ出し、地上を輝かせ始める。







【?】

 どうして!


 どうして!


 どうしてワレのジャマをする!


 小さき生き物も、少なくない数が動かなくなっているはずなのに……


 まだワレをジャマするか!


 どうしようもないイカリが!


 次々とあふれてくる!


 どうしようもないイカリで、オカシくなりそうだ!


 ワレはただ……


 ワが子を……


 助けたいだけなのにいぃぃ!!!



 ……どうしてもワレのジャマをすると言うのならば……


 オマエたちをカタッパシから!


 1つ1つスベて!


 クいちぎり!


 引きサき!


 カミくだいていってやる!!






【】

 隊列の進行方向で草ムラから、あの筋肉に包まれた巨体が現れる。いつものように突然飛び出して、ではなくゆっくりとした足取りで。1歩1歩、その巨大の重さを、大地にのせていく。

 そしてそのまま、道の中央にまで進み出て、小さき生き物たちを向いて立ち止まる。



 その姿を認めた軍務卿は、すっと、片手を上げる。すると後ろに続く兵士たちは足を止める。当然、止まる荷車。当然のこととして、といった感じで、周囲の盗賊たちや奴隷たちも合わせて立ち止まる。



 猛獣はひどく怒りに満ちた目で目の前に並んだ小さき生き物たちをにらみつけ、そして


GRROOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAaaaaaar!!(グルオオオオオオオオオアアアアアアアアアァァァァァァ!!)


怒りをエネルギーにした咆哮ほうこうを上げる!


 それは心弱きものたち、奴隷たちや盗賊たち、また1部の領主軍たちを萎縮いしゅくさせ、王都の兵士たちをもひるませる。

 しかしながらその恐ろしい咆哮は、どこか寂しさを感じさせる……。



 隊列の外側にいた盗賊のガナリは、猛獣の咆哮を聞いて思う。


 ……なんて恐ろしいんだ!

 こ、こんなのに耐えるなんてムリだ!

 逃げよう!

 逃げたところで、猛獣に追いかけられるかもしれないが……兵士たちに殺されるかもしれないが……このままここにいるよりマシだ!



 先頭の軍務卿ベナッジョはひるむことなく、剣を引き抜きながらみんなに呼びかける。


「兵士諸君! 我々もズイブン、ナメられたものだぞ。お相手さんは正面からこちらを突破するつもりらしい!」


軍務卿は引き抜いた剣を、筋肉の猛獣へ向けて、


「それならば、兵士諸君!」


さけび語りかけ、


「最大級のおもてなしで、お相手して差し上げようではないかっ!」


宣言せんげんする。


 兵士たちが反応するのに要した時間は一瞬。


 主に王都の兵士たちはバラバラに、しかし着実に大きくなっていく掛け声を上げる。兵士たちも、そして盗賊たちや奴隷たちも、猛獣の咆哮に飲まれていた状況をいくらか取り戻す。



 それでも猛獣の決意がゆらぐことはない。

 筋肉をまとった猛獣は、始めはゆっくりと、そしてだんだんと速く、“ニモツ”を取り巻く小さき生き物たちの方へと歩き出す。



 軍務卿の言葉は、そして兵士たちの掛け声は、盗賊のガナリにさえ影響を与える。彼は思う。


 そうだっ!


 おびえてる場合じゃない!


 信じるんだ!


 神を!


 我々の神を!



 ガナリが周囲を見れば、青ざめてとても穏やかとは言えない仲間・・たち(・・)がいる。

彼は自身の中で成った、その信念を口に出す。


「信じよう、我らの神を! 信じていれば大丈夫だ!」


 彼の言葉は彼らに届いたのか、どうか? まだガナリがそれを確かめる前に、追従する声が。


「彼の言うとおりです! 今こそ、信仰を示す時! 神は我々を見ておられる!」


そう言ったのは神殿教の神官ヴェイザ。そしてその声を聞いてか、盗賊たちやヒューマロイの奴隷たちは明らかに落ち着きを取り戻していく。





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