088 護衛依頼49
人が猛獣に損傷、欠損する表現があります。苦手な方は後書きのまとめをご覧下さい。
アイネは“ニモツ”を挟んだ反対側、草々の茂る中を見ながら言う。
「くる!」
「くるってなにが……って、筋肉ヤロウか!」
カンパがそう言い終わったタイミングで、荷車を中心にした隊列の右後方から巨大な物体が……否、猛獣が飛び出してくる。
猛獣は逃げる盗賊の1人の背中を、骨ごとツメで引きサく。
ぐゃあっ!
彼は踏みつぶされたカエルみたいに、短く鋭い悲鳴をあげて地面に突っ伏す。背中からはダラダラと血などが流れていく。
猛獣は引き裂いた足で地面をケり、荷車から離れて剣を抜いて向かってくる兵士たちと距離を取りつつ、憎悪の目で次のエモノを探す。
目の前にいたのは、女ヒューマロイの奴隷。彼女は悲鳴を上げる顔のまま声も出せず、横を駆け抜ける巨体の猛獣に食いちぎるようなキバに挟まれ、薄汚れた衣類の華奢な体は、跳ねるように空中を飛んでいく。
猛獣はそのまま、小さな子がはしゃいで人形を振り回すように女の奴隷をくわえて、また草むらの中に消えて行く。
まだ襲撃の余韻が残る中、軍務卿が指示をだす。
「被害を確認しろ! すぐに出発する!」
領主軍の兵士が数人、背中を引き裂かれて倒れている盗賊の様子を見る。そのうちの1人がツブやく。
「こりゃ……ダメ、だな」
そして重症者はそのまま放置され、兵士たちは離れていく。その周りには血だまりができ、道端の草にまで血が飛び散っている。その血だまりの中に倒れている男は、もう見えなくなった目を見開いていって、苦しそうに呼吸をしている。
それぞれが再出発のための準備をしている中、とうとう盗賊の1人が耐えきれなくなり騒ぎ出す。
「ムリだ! 頼む! 助けてくれ!」
これには近くにいたゴドリー隊のメンバーが対応する。
「だまれ!」
そう言いながら彼は、その盗賊を殴りつける。盗賊は倒れる。
「誰が好き勝手しゃべっていいって言った! 黙ってろ!」
それでも盗賊は止まらない。泣きながらまだワメき散らかす。
「頼む! お願いだ! 俺にはもう耐えらんないんだ。なんでも言うこと聞くから助け……」
その時にはもう、後ろから来たゴドリーの剣が、盗賊の男の喉を貫いている。彼は呼吸に液体を絡ませて、苦痛の声を上げることもできなく地面の上をのた打ち回る。
ゴドリーは、それらのことをしてしまった後に軍部卿を見る。軍務卿は、彼の行動をとがめる風でもなく言う。
「よろしい。それでは出発する!」
アイネはそれを聞いて、イヤな顔をする。カンパは、何も感じていないような顔をしている。
一行は薄暗い荒野を貫く、真っ直ぐとは言えず、広いとも言えず、真っ平らとは言えない道をゆく。
薄暗いとは言え、ようやく“昼”が“夜”の端から片鱗を顔をのぞかせ始めている。まだわずかだが、薄暗さが和らいでいる。
しかしながら、隊列を組む者たちの表情は暗い。まだまだ真夜中、と言った感じだ。
それもそのはず。彼らは行軍に次ぐ行軍、そして戦闘に次ぐ戦闘で、まだロクに休めていない。その上、今は重い“ニモツ”を運びながら、いつどこから猛獣が襲って来て殺されるかわからないストレスの中に閉じ込められている。
草々の間にできる影の1つ1つ。
その草をナぐ微風の1吹き。
よくわからないような小動物の、草をかき分ける音。
そんなようなものにさえ、あの恐ろしい猛獣の幻影が一々見えてくる。
盗賊ガナリも、そんな恐怖に捕らわれながら歩いている。彼は耐え切れないような、この状況から逃げ出したいと思っている。しかしこの集団から逃げ出せば、恐ろしい猛獣のいる荒野を、1人で行かなくてはならない。そんな、どうしようもない気持ちが、言葉に出てしまう。
「……いったいどうすればいいんだ……」
答えのないはずのその疑問に、答える声がある。
「信じればいいのです!」
神官ヴェイザだ。彼女は、自らが1番外側――つまり盗賊や奴隷の外側に位置し、みなを励ましている。
「神を信じるのです! それこそ、我々に残された救いなのです」
「信じれば救われる、って言うんだな!」
そう言ったのは、ガナリではない。他の盗賊だ。しかし彼も同じような疑念を抱いていたので、自分が言ってしまったかと、ギクリとする。その盗賊はまだ、たまっているものを吐き出し切れていないのか、暴言を続ける。
「神を信じさえすれば、猛獣に襲われないんだな?! 神を信じさえすれば、兵隊に殺されないんだな?!」
ヴェイザは言う。
「少し前にも言いましたが、神を信じると言った瞬間、即座にあらゆる危険から救われる、というものではありません。その考えは、あまりにも自分本位。そうではありませんか? 自分の都合のいい時にだけ、助けてもらおうだなんて?」
ヴェイザはそう、盗賊にホホ笑みかける。盗賊の男は「……そりゃぁそうだけどよぉ……」と歯切れの悪い反論。
「しかし……それではなぜ私は「神を信じなさい」と言い続けるのか?
それは、信じることそのモノが、心の平穏をもたらすから!
それは、信じることそのモノが、神の存在を感じさせるから!
それは、信じることそのモノが、あなたの希望になるから!
信じることが、あなたの力になり、光となる! だから私は言い続けるのです! 神を信じなさい、と!」
奇しくも、“夜”から“昼”が顔をのぞかせ始め、最初の光原を地上に届けようか、そうゆう時だ。まさに彼女のためにこそ、待望の光が降り注ぎ始めた。そんな気にさえ、なってくる。
その神聖さを感じさせる彼女が、言葉を続ける。
「信じる心は、誰にも奪えない! 死でさえ、その信仰は奪えない! そして開けない夜はない! 一緒に神を信じて、その夜明けを待ちましょう!」
この言葉を向けられた盗賊の男は、ボロボロと泣いている。その神官の言葉は、ガナリに言ったモノではない。しかし彼も涙をボロボロと流している。彼だけではない。多くの盗賊や奴隷たちが、涙を流し、あるいは心にしみたその言葉を感じている。
絶望のただ中にあるとき、希望と言う杖を手に立ち上がることは、非常に偉大な意味を持つ。
ガナリは泣きながら、この共感を分かち合おうと目の前の人物に手をかけて言う。
「信じよう! そう! 信じよう! 神殿教の神が、素晴らしく、そして神聖な存在であることを!」
しかしガナリが手をかけたその人物は、ギハスロイのメレプス。彼は神官ヴェイザの高説に特に感銘を受けた表情を見せずに言う。
「……俺に神は、もう必要ない……」
信じられない! といった表情を炸裂させて何も言えないガナリに、ギハスロイのメレプスが言う。
「……我々ギハスロイにも、かつて神がいた。……今ではそれは“邪神”と呼ばれ……信じることが禁じられているがな……」
そんな彼の言葉は、まだ彼らが果てしない絶望のただ中に、いるかのようだ。
猛獣の筋肉ネコの襲撃で、盗賊や奴隷に死者が出る。猛獣が消えたタイミングで“軍務卿が指示を出してニモツ”を前進させるが、盗賊の1人がパニックを起こす。その男をゴドリー隊長が切り伏せて、隊はようやく前進する。
盗賊のガナリや他の者たちは不安に押しつぶされそうになるが、神殿教神官ヴェイザが「信じ続けることの大切さ」を力説し、彼らは涙を流すほどに感銘を受ける。
ただしギハスロイのメレプスは、「我々にも神がいた。そしてそれは今では邪神と呼ばれ、信じることが禁じられている」と言う。




