009 土蜘蛛2
辺りには、土ボコリとうめき声がただよう。
中心には最初に現れた巨大な土蜘蛛が威嚇の姿勢をとり、奴隷商人の護衛たちやウガ王国の兵士たちが、恐る恐るそれを取り囲む。
そんな中ただ1人、そのように恐ろしい生物にオクすることなく、正面に向かう人物がいる。
奴隷商人の護衛、ジャンタープ。
土蜘蛛と比べてしまえば見劣りはするものの大柄な彼は、肩からやっぱり大型の両手剣をおろしながら、その正面に立つ。
ただしその両手剣はサヤに収まったままだ。ボロボロの革のフチを、乱雑にヒモで縫って止めただけというサヤだ。あまりにも乱雑な縫い方なので、サルとかカニとかにお願いして縫ってもらったのでは、と思えるくらいに乱雑な縫い方だ。
ただし、彼の姿勢からは、戦いに関する威圧感が出ている。
土蜘蛛もそれに気づいて、彼を意識する。
ジャンタープが言う。
「ちょうどよかった。体を動かしそこなってたんだ」
さして両手剣を肩にかつぐ。……ボロボロのサヤに入ったまま。
対する土蜘蛛は持ち上げた前足をさらに大きく広げ、キバを開く。そして巨体を沈め、イッキに飛び出す。
ジャンタープは肩の両手剣を素早く持ち上げ、前方へと振りかぶる。
「フンッ!」
ただ剣はサヤの中だ。サヤに収められたまま、スゴい勢いで放物線を描く。
そしてそのまま大きな両手剣は、
サヤのヒモを切り裂きながら、
飛び込んできた土蜘蛛の頭にタタきつけられる。
幅広の両手剣は、刃の中程で土蜘蛛の頭を半分ほどカチ割り、その先でも土蜘蛛のせり上がった体を割って、体液が間欠泉のように吹き出す。
ジャンタープの無表情な顔にも、体液が飛び散る。
カンパは、何かに突き動かされて走っているうちに、男奴隷の列の後側に平行している女奴隷の列までたどり着く。アイネのところまであと少し。全力で走ったせいか、カンパはかなりの息苦しさを感じている。
そのとき、怒鳴る声が辺りに響く。
「伏せろ!」
2匹目の蜘蛛が草むらから飛びだす……その前にカンパが見たモノ。
それは“あの”ギハスロイが、つながれた男奴隷たちを引きずって走りだし、女奴隷たちをつなぐ縄をつかんで引き倒すところだ。男も女も奴隷たちは首を絞められていたが、そんなのお構いなしだ。
直後、斜めに引き倒されたアイネの横顔の上を、黒いカタマリが飛んでいく。
空に伸びた彼女の腕が、ざらついた毛に覆われた蜘蛛の腹を感じる。
蜘蛛の脚に縄が引っかかり、女奴隷も男奴隷も引きずられていく。
が、直近のエモノを想定していたためか、蜘蛛の飛距離は伸びず、立ち込める土ボコリの中で、縄の引張りによる被害はほとんどでていないようだ。
土蜘蛛は着地で姿勢を低くして、男奴隷たちの列上にマタがっている。
ちょうど蜘蛛の斜め前にいた護衛が、恐怖のためか気合いの入らない声を上げながら、手に持った槍を突きだす。
しかしそれは、蜘蛛の複眼に映っている。
蜘蛛は振り向きざま、警戒するように、そして威嚇するように、勢いよく両前脚を上げる。
ふっ飛んでいく護衛の体。
前脚が当たったのだ。
反対側の草むらで、重たく肉質的な、落ちる音がする。護衛の持っていた槍だけが、道の真ん中に残り、落ちて、より小さくバウンドしていく。
一瞬の静寂の後、奴隷たちはそこにある脅威の度合いを、だいたい正確に、直感的に理解する。すなわち……
――自分たちはこの、大型肉食生物の、エモノに過ぎないのだ――
土蜘蛛はエモノを視界に捕らえようと、後退しながら反転する。そして若くて旨そうな、縄につながれた少女が目の前にいることに気がつく。
開かれる巨大なキバ。
恐怖にヒキつるアイネの顔。
そして、
彼女に覆い被さる何か……
……はギハスロイのメレプス
彼は何も言わずに、必死の形相でアイネを抱える。
が、
「うおおおおおおおおおりゃっ!」
蜘蛛が気づいて振り向くその顔に、跳躍したカンパが剣を叩きつける。剣は鈍い音とともに、蜘蛛の左側の複眼中央にタタきつけられる。
痛みに頭をのけ反る蜘蛛。しかしキズは浅く、表面を切っただけ。
だがその反動で蜘蛛の頭がカンパをハネとばそうとするが、少年兵士はバックステップでかわす。蜘蛛はひるんで、2~3歩後退していく。
まにあった……
カンパは横目でちらりと少女を見る。
ブジなようだ……
蜘蛛に目を戻せば、痛みの衝撃から立ち直り前足2本を振り上げて威嚇しながら、残り6本の脚を交互に出して前進してくる。
右前、左中、右後の脚で前方の土をつかむと、今度は左前、右中、左後の順に脚を動かす。脚を動かしながらも、体はほとんどぶれていない。
それを見ながらカンパは思う。
デッケーなあ!
実際、近づいてきた巨大蜘蛛は、カンパの視界に全身を収めることが難しい程デカい。そして目につくウゴめく無数の脚まで一々ムダに太い。あんなもので殴られたら、骨が折れてしまいそうなくらいには痛そうだ。
カンパは思わず、体の前に構えた剣と盾を握り直す。
手のひらには汗がにじんできて、スベりそうだ。
一瞬、蜘蛛はのけ反り、前に走りながら2本の前足を振り下ろしてくる。
バックステップで前脚をかわし、
それに剣を叩きつけるカンパ。
蜘蛛の前脚に傷をつけるが、まったく浅い。蜘蛛は止まらずに、キバを勢いよくムキだす。
蜘蛛の目に映るのは、カンパが剣の抦を右手で握り、刀身の後ろに肘を押し当て、全身を前傾にしてキバの進行を食い止めようとする姿。
もちろん蜘蛛の方が、力も強く脚の数も多い。カンパは空っぽの樽が押されるみたいに、ズリズリ地面の上を押されてスベっていく。
蜘蛛の口を縦に抑える剣の両脇で、腕くらい太く肉を食いちぎるために湾曲したキバの先端が、カンパの腹から拳2個分の位置でガチガチ開閉している。
一旦離れて距離を取りたいが、蜘蛛がグイグイ前進してくるので、剣を離した瞬間に押し潰されてしまいそうだ。
でもこのまま押されたら……
と、カンパは後ろにいる人たちの存在を思い起こす。
……このままじゃ……
……アイツらまで巻き込まれちまうっ!
カンパはさらに力を込め押し返そうとするが、蜘蛛の1歩ごとに後退させられていく。カンパのカカトに轍の間の出っ張りが引っかかり、ひっくり返りそうになりながら、アワてて踏みとどまる。
ここで倒れたら喰われるとこだった……
アブねぇ……
その時、カンパの背中に横に細い何かが当たる。
その何かを確認する間もなく蜘蛛のキバが、コブシ1個分までに迫っている。
カンパは腕が千切れそうなくらい力を込めるが、やっぱり押し返せない。筋肉がケイレンし、剣を持つ手が小刻みとは言えないくらいにに震える。
あとコブシ、半個分……
それたけが蜘蛛のキバから、カンパの腹の肉までの距離だ。
それはそうと、先ほどカンパの背中に当たった何か。
そしてカンパの後退をサマたげている何か。
それは男奴隷をつなぐ縄だ。
付近にいる男奴隷はカンパの後退に合わせて後退していたが、1番先頭から最後尾まで全ての奴隷が動くわけではない。停滞する奴隷がいれば、そこで縄は固定され……。すでに前から後に伸びる縄が、その限界を告げている!
クッソ!
……もうダメ……か……
硬いキバがカンパの腹部の衣服に触れようとした時、カンパの脇を長細いものが後から前へと、勢いよく伸びていく。それは木の棒の先に、鋭い金属の穂先をつけたもの――
――槍だ。
槍を突き出したのは、両手を縄につながれたまま、肩まであるサンゴ色の髪を振り乱していた少女、アイネだ!
最初に吹き飛ばされた護衛の槍を、カンパが蜘蛛と戦っている内に、彼女が回収したのだ。
アイネの突き出した槍は、蜘蛛のキバの間から入り、内側から蜘蛛の口の中、上の口蓋へと突き刺さる。
この攻撃に、一瞬、身を震わせる土蜘蛛。
だが思い出したように土蜘蛛はまた動き出し、両前脚をあげて威嚇の姿勢をとる。
キズがあさいっ!
カンパもアイネも、まだ残っていた圧倒的な土蜘蛛の力を、その体に食い込む武器を介して一瞬で思い知らされる。
だがその時、
アイネの握る槍の柄にそえられる、
黒くブカッコウに太い指をもった手のひら2つ。
それはギハスロイのものだ。
ギハスロイの、メディプスの手だ。
彼は鋭い鼻息とともに、槍を押し込む。槍の穂先は蜘蛛の後頭部をかち割り、太陽に向けて突き出る。
体を一瞬震わせて、硬直する土蜘蛛。そしてそのまま音を立てながら、土の上にふせる。
こうして2匹目の土蜘蛛も、ついに動かなくなる。




