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010 土蜘蛛戦後


 結果として土蜘蛛との戦いでの被害は、10人に留まった。そのほとんどは奴隷だ。蜘蛛は全部で2匹だけであり、出産前のツガイだったようだ。

 カンパたちが戦ったメス蜘蛛の腹は徹底的に破壊され、動けなくなった被害者たちは街道脇の草地に埋められた。吹っ飛ばされた護衛1名を含め、死んだ奴隷の処置はそんなものらしい。ただ奴隷商人のヴォネラムだけが、悲痛なツブヤきをこぼした。


「あぁ、私の大切な商品が……」


 今回の土蜘蛛との戦いにおける功労者は3名。

 最初に出てきた土蜘蛛を頭からブッた切ったジャンターブと、2匹目の蜘蛛と戦ったカンパと、最後にとどめを指したアイネだ。

 ギハスロイの活躍は、ヒューマロイ社会における通説によってなかったことになった。

 1つ補足するならば、縄を外され遺体を埋めていた奴隷の1人が、死の匂いに嫌気を指したのか突然逃げだした。しかし速やかに矢で背中を射られ、犠牲者は11人となった。



 色々な後処理中、アイネがギハスロイのメレプスに言う。


「ありがとうね、メレプス。助けてくれて」


ギハスロイのメレプスは、


「……約束した」


と返すが、アイネはなんのことか思い出せない様子。


「…カリは返す……そう、言った……」


そう言ってメディプスは笑う。ヒューマロイには分かりにくい表情の変化だが、アイネには確かにそう見える。


 うれしくなって、アイネも笑う。そうしているとアイネは、メレプスの視線が自分から後ろこ方に向けられるのに気づく。

 メレプスがツブやく。


「……アイツ……スゴいな……」


アイネが振り向けば、そこには疲れきって地面に腰を下ろしている少年兵士がいる。


「……たしかに……」


アイネがそう同意するのは、どんな感情か。まだまだ若すぎるにもかかわらず、危険な仕事である兵士になって、自分で自分の道を切り開いている姿を見たか。

 アイネがさらに続ける。


「……イイかも、ああゆうの……」






 そんなこんなをしていたので王都に着く頃には、天空に鎮座する“昼”に向かって、西から顔を出した“夜”が半ばほどまで登っている。なのでその光景は、この世界の人々が、“夜”と呼ぶものの訪れを予感させている。

 そして奴隷たちも、護衛たちも、兵士たちもクタクタだ。



 しかし王都が近づくに連れてその巨大都市は、疲れた旅人を励ますかのように、その姿を徐々に広大にさせていく。

 王都は分岐した大いなる川――シドン川の広い広い中洲なかすにある。このシドン川が上流から上質の土を運んで来て、ウガ王国の大地を肥沃ひよくにし、その肥沃な大地がこの王国、そしてこの巨大な都市を支えている。


 シドン川の水面みなもは、“昼”のカケラかウロコがこぼれ落ちて来て、水の中で砕け散ったかようにキラキラと輝いている。そんなシドン川にハサまれて、ウガ王国王都の城壁が、昼と夜の境界線を表すかのように、地平線の端まで続いている。


 疲れきった奴隷たちが、その壮大さに一瞬でも疲れを忘れる程に。




 一行が近づいていけば、城壁はさらに高くそびえていく。そしてその城壁の向こう側に、その城壁を越えるほどの高い建造物が見える。それは巨大な長方形の石を、段々に積み上げた構造物で、城壁から突き出るほどの高さのそれは、一際目を引いている。


「こんなの本当に人が作ったの?」


 圧倒する城壁と門の景観を右に左に眺めながら、そしてサンゴ色の髪を遠心力でふわっと浮かせながら、奴隷の少女が言う。

 異国の人にはそれほどの景観であるのに対して、マブタがスりきれるほど見慣れてしまいそれがもはや日常背景の一部になってしまったカンパは、


「ああ、10年ぐらい前に作られたらしいぜ」


と、前だけを見て答える。


「この国の人たち……それも邪神に支配されていた人たちによってな……」






【10年前のとある1日】

 照りつける“昼”の下、ヒューマロイの男たちが働いていた。限りなく運ばれて来る焼成レンガを、土を固めた土台の両脇に積み上げていくという作業だった。

 しかしその労働の終わりは見えなかった。なぜならレンガを積むべき高さはそびえる程で、その土台は地平線の端まで続いていたからだった。

 レンガを積み上げては、また土を運び込み、固め、そしてまたレンガを積む。毎日のように何人ものヒューマロイがそんな作業を繰り返しているが、作業が進んでいるようには見えなかった。


 彼らの作っているのは、城壁だった。


 それも圧倒的に高く、


 そして長い。



 ある男が積み上げている城壁の上まで運ぼうとして、レンガをカゴに載せていた。そして持ち上げようとした拍子ひょうしに載せていたレンガがこぼれ、男は悪態をついた。


「おい、バルガ! ヤバい、ギハスロイだ!」


近くにいたコスキンという男から警告が届く。だけどすぐさま、低く威厳のこもった声が聞こえてきた。


「しゃべってばっかりいないで、しっかり手を動かせよ」


赤黒いギハスロイだった。それがバルガたちの現場監督だ。ヒューマロイはそれに答えもせず、黙々と手を動した。次々と人力で運ばれてくるレンガを、同じく人力で積んで土を固める。体中にニジんだ汗に、土ボコリがついていった。ニジんだ汗がカタマリとなって落ちていくくらいのじれったさで、赤黒い肌のギハスロイはヒューマロイの作業を見渡しながら歩いていった。


「気味の悪い奴だ。何を考えてるいるかわかりゃしない」


ギハスロイが遠ざかって行ったのをみて、コスキンが小声で言った。だけれどバルガは、声量を気にしないで


「偉そうにしやがって」


と、不満を吐きだした。思わずコスキンが驚嘆の顔で


「おい!」


と鋭く低く言い放しつつ、周囲をうかがった。そして去っていくギハスロイを含め、何も異変がないことを確認してから


「気をつけろよ、バルガ! 何かあったらただじゃ済まないぞ!」


と。対してバルガはそんな忠告はうんざりだ、とでも言うように


「俺たちが汗水たらして働いているのに、あいつらは富や労力をシボり取るだけだ」


そう言いながらもまた1こ、カゴからこぼれたレンガを戻した。


「神もその使徒も、これがヒューマロイのためなのだというが、結局あいつらのためでしかないだろ? お前もそう思うだろ? コスキン」


「まぁ、そりゃそうだが……」


コスキンは正論を突く子供を相手にするような顔で答えた。バルガは近くを通りかかった若者に、やや大きな声で


「お前もそう思うよな? ベナッジョ」


と、いきなり話を振った。

 ベナッジョという若者はいきなり話を振られ訳がわからないにもかかわらず、嫌な顔をしないで、むしろ嬉しそうに近づいてきた。


「何ですか? バルガさん」


と聞くベナッジョに、バルガは


「今日は働きがいがあるいい天気だな、って言ったんだよ」


とウソを、それも自分で振ったにもかかわらず面倒くさそうに返した。そしてレンガを載せたカゴを重そうに持ち上げ、建設途中の城壁の足場へと向かった。


「なんでそんなにやる気になっているんですか?」


バルガの後ろ姿に、ベナッジョが質問を投げかける。バルガは振り返って


「いっぱい積み上げてやるんだっ! レンガをたくさんたくさん積み上げて、倒れたらこの国を潰してしまうくらいになっ! そんくらい高く積み上げてやるっ!」


バルガの顔は、笑ってはいなかった。







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