011 王都
奴隷たちとその所有者ヴォネラムや護衛の商人組、そしてハダリー隊、ゴドリー隊の1団は、自分たちがカモし出す異様さそのまま、いよいよ王都にかかる長い橋を渡っていく。
この橋は、あの小さな村にある家を一列に全部をつなげたぐらいには長い。
橋を渡りながらアイネは、疑問に思ったことをそのまま口にする。
「本当に長い橋。こんな長い橋、よく崩れないよね」
実際、今も何人もの人が行き来しているが、橋はびくともしていない。カンパはその素朴な疑問に対し、
「崩れないことはないぞ。川がハンランしたらよく崩れて、人が駆り出されて修繕しているからな」
と返す。えっ、とアイネは驚いて不安そうに足を運び始める。
「だから川がハンランしたら、って言ったろ!」
カンパのサケぶ声が橋の下の水面まで響き、絶えることのない水に運ばれて広がる平原の先へと運ばれていく。
一行は橋を進んでいって、城壁に近づいていく。橋の直線上の城壁には、上部をアーチ状にした縦長に切り抜かれた穴がある。ここが王都の入り口の1つで、商人の荷車がすれ違えるくらいの幅がある。入り口の両側は、太くフクらんでいる。
その上の胸壁の間には、手持ちぶさたな兵士が悠久なる時間を持て余すべく、遠くを眺めている。
風化でイタんだ城壁の表面は、荒野にむき出しの岩と同程度の風格を思わせるが、その実、10年ほどしかたっていない。その人の技を越えてしまったような風格が、地上と川面の境界を延々と隔てるように続いている。
アイネがこれからの自分の運命を知ってか知らずか、
「近くで見るとマスマスすごいね」
などと、観光客のような感想をいだく。それを見たカンパは、
「そんなノンキでいいのかよ。お前、これから売られるんだろ」
と言う。
アイネは、誰が?、といった顔でカンパを見る。カンパは、お前だよ、と見返す。でもアイネはそんなやり取りを
「いいんだよ。奴隷でも楽しいものは楽しいんだから」
と振り切ってしまう。
彼女の顔は強がってそう言っている風でもなく、心からそう信じている者の笑顔だ。周りの奴隷たちも、これだからこいつは、と呆れ顔である。カンパはその笑顔に幸せよりも、ある種のアヤうさを感じてしまう。
こいつは、現実を見えているのか?
「素晴らしいっ!!」
カンパの不安は、突然の声にかき消される。声の主は続ける。
「あなたの考え方は、奴隷の模範とすべきモノです!」
列の後ろからついて来た奴隷商人だ。彼はイチイチ変なところでテンションが上がる。ヴォネラムは、こちらの反応などお構いなしに自論を展開していく。
「そうして笑顔になることで、表情に魅力が増して、奴隷としての価値も上がるのです!」
他の奴隷たちも引きつけられたとでも言うべきか、すっかり彼に注目している。
「自分自身を安く見積もられて、いいことなど何もありません。銅貨1枚でも、いえ、たとえ芋1つだとしても高く売りつけるのです。その先にこそ、幸せはあrrrrるっ!」
奴隷商人の一風変わった奴隷論には、さすがのアイネも笑顔を引きつらせている。カンパは、あんたは奴隷になってもきっといい奴隷に成れるよ、と言いってやりたかったがやめておく。周囲のビミョーになった空気を気にすることなく、ヴォネラムは
「ウガ国王で誰かの気にいってもらえるといいですね。さもなければ、他に売る先を考えなければなりません。果たしてそれは農村か、鉱山か」
などと悲劇を演じる役者のようにセリフを紡ぐ。
さっきまで少し和んでいた空気も、死者を弔うような感じになる。そのようにしておいてヴォネラムは
「おっと、もうすぐ橋の終わり……城門ですね。警衛の人たちと話をつけてこないと……」
などと言い残しながら、足早に先頭の方へと向かっていく。すっかり落ち込んだ表情でその姿を見送るアイネの肩に、そっと手が置かれる。振り返ってみれば、後ろにつながれている女ギハスロイだった。名前はマリピスと聞いていた。普段、口数の少ない彼女が口を開く。
「……ダイジョウブ……。ワルいこともあれば、イイこともある」
アイネの顔に、少しだけ安心の色が戻ってくる。が、そこにマリピスはつけ足す。
「そしてまた、ワルいことがある」
それって全然、大丈夫じゃないんじゃない? アイネは思う。
ヴォネラムがウガ王国国王贔屓の商人とわかると、一行はすんなりと門を通され王都の内に入っていく。
そして門から伸びる道を進む。
道の両側に並ぶ建物は、2階建てのものが多く中には3階建てのものもある。その道は進んで行く内に徐々に左へと湾曲していき、3本の道が交差するちょっとした広場に出る。
その広場から続く道は敷物やちょっとした屋根つきまで、様々な露店が並んでいる。が、チラホラと片付け始める露店も見える。
空を見ればなるほど、“夜”は西の地平線から登って半ばを越えている。
一団は、すれ違う人たち、あるいは露店商人たちから向けられる奇異の目の視線にさらされながら通り抜けていく。その視線の多くはクサく汚れた奴隷たちをサゲスむモノだ。そして1部は、ギハスロイに向けたニクしみのこもったものだ。
初めてのウガ王国王都の、大都市の景観にすっかり心を奪われていたアイネではあったが、すれ違う住人や店じまいをする商人たちの、そんな視線が気になってくる。
「いたっ」
アイネのすぐ後ろから痛がる声が聞こえてきたのは、そんな時である。
振り返れば、女ギハスロイのマリピスが頭を押さえている。押さえる手の指の間から、血が流れている。
驚いたアイネが
「どうしたの!?」
と言ってるいるとき、視界の端から何かが飛んできてマリピスを掠めていく。
それはこぶし大の石だ。
ビックリして飛んできた方向を見れば、そこにはいくらかみすぼらしい服装の、年をとった男が。
そいつは、
「このっ、邪神の手先がっ!」
そう言ってまた石を投げようとする。アイネは
「やめなさいっ!」
と鋭く言ってマリピスをかばおうとするが、逆に押し返されてしまう。石はマリピスの腹に当たる。思わず彼女は、うずくまる。
アイネは彼女を包むようにかばいながら周りを見渡して
「誰かあいつを止めてっ!」
と叫ぶが、誰も止めようとしない。護衛も、兵士も、そして街の人たちでさえ、道を横切る猫をいちいち気にするのか、という程度に何もしない。
なんで……
アイネの小さな唇から、声にならない声がこぼれ落ちる。彼女の疑問は、先ほどの初老の男の悲痛ともいうべきうめき声にかき消された。
「そいつらのせいでっ! ワシのセガレは……セガレは……」
そう言って男はそのまま、道端に泣き崩れてしまう。突然の出来事に呆けていたアイネの手がつかまれる。マリピスだった。
「……ダイジョウブ……」
と言うと、お腹を抑えながら苦しそうに立ち上がる。
「ワルいことがあれば、イイこともある。……そしてまた、ワルいことがある」
アイネはそう言うマリピスの目を見てしまう。
「イツだって……ワルいことが、オオくくる」
彼女の目は何もかもをアキラめてしまったかのように、輝くのさえもアキラめてしまっている。
一行は路傍でむせび泣く初老の男を残し、先へ進み出す。




