083 護衛依頼44
空ではまもなく“夜”から“昼”が顔をのぞかせるかと予感させる頃、まだまだ薄暗い果てなき荒野をゆく集団がいる。
「ねぇ、カンパ」
長く重い“ニモツ”を中心にして、それを運ぶ集団。その中で左前に位置するハダリー隊の最後尾のアイネが、前を歩くカンパに話しかける。話しかけられた少年は、通常の10分の1だけ振り向いて言う。
「……んだよ……」
「あのネコってさぁ、どこに行っちゃったのかなあ?」
空色の髪の少年は、心の底から興味なさそうに答える。
「んなこと、知らねぇよぉ」
「だってヘビが好きそうだったじゃん」
カンパはどこか遠くを見るような表情で、
「…………あれは……そんなんじゃ……ねーよ……」
と言えばアイネは、
「じゃあなに?」
と返すが、続くカンパは
「……あれは……きっと……」
歯切れが悪く言って、ダマってしまう。何か来ると思って待っていたアイネは、
「……なにもないんだ……」
とツブやくしかない。アイネはツブやきながら右側を見れば、そこには奴隷のギハスロイや盗賊のガナリたちがヒタイや腕に汗をにじませながら“ニモツ”を運ぶ。
「それにしても……」
そんな彼らを見ながら、アイネが言う。
「あの人たち、大丈夫かなぁ?」
そんな少女の疑問にこたえたのは、どこか心を飛ばしていた少年ではなく、彼女の後ろにいた人物だ。
「大変かもしれんな」
アイネはその声からその人物がベーヤだとわかる。ベーヤは続ける。
「だが、しかたがない。それがアヤツらに課せられた役割なのだから、ナ」
「ボク……手伝うよ。ボク、こう見えてケッコウ力があるんだ……」
アイネがそう言って“ニモツ”に近づこうとしたとき、ベーヤが少し強く言う。
「ダメだ! オマエさんは、手伝っちゃダメだ」
そう言われたアイネが、「なんで?」という顔で振り返る。
「彼らは盗賊であり、奴隷だ。だから……キツい仕事をするように言われたんだ。そしてオマエさんは……今は兵士だ。兵士には、兵士に課せられた役割がある。指揮官はそれぞれの立場を考えて、役割を割り振っている。オマエさんが勝手なことをすれば、それがないがしろになる。だから、手伝っちゃならんのだ」
ベーヤはまっすぐアイネを見ながら続ける。
「……手伝いたい気持ちはわからんこともない。だが、オマエさんは兵士としての本分をしなきゃナ」
「本分?」
「本分ってのは、しなきゃいけない役割ということだ」
「……しなきゃいけないこと……兵士……」
アイネは老兵から聞いた言葉を、よくカミしめるように繰り返す。
「……つまり……悪いヤツ……猛獣とかが来たら倒すってことだね! ミト婆さん……今は、運んでいる人たちのタメに!」
ベーヤは、アイネなりの解釈を聞いて、少し困った顔をしながら言う。
「……まぁ、オマエさんは……それでいい、か……」
いつの間にか話を聞いていたカンパがツブやく。
「……何なんだよ……悪いヤツって……」
自称耳がいいアイネは、その少年の方を見る。彼は前を向いたまま歩いている。そして少しだけ、その背中はさみしそうに見える。
“ニモツ”を載せた荷車のうち、左列の前側で、とある奴隷のギハスロイが押している。そのむき出しの背中はたくましく、そこにある筋肉の筋は、1歩ごとの歩調に合わせて躍動している。そんな筋肉質な背中の持ち主は、ギハスロイのメレプスだ。
黙々と“ニモツ”を押し続けていたその彼が、ふと、前を見て言葉を発する。
「ダイジョウブか?」
その声をかけられたのは、ヒューマロイやギハスロイの男たちに混じって“ニモツ”を押す、ギハスロイの女、マリピスだ。彼女は、
「……ダイジョウブ……」
と、だけ返す。
彼女は「ダイジョウブ」と言ったにもかかわらず、メレプスはイッソウの力を込める。まるでそうすることで彼女が少しでも楽になるから、とでもいうように。
「お前たち、希望を捨てるんじゃない」
そう言ってくるのは盗賊のガナリ。彼はマリピスやメレプスの後ろで、荷車を押している。その彼が言う。
「神は、我々を見ていらっしゃるそうだ」
マリピスはダマって荷車を押し続けていたし、メレプスの反応も薄い。なのでガナリは、言いたいことを続ける。
「本当のことだ。ヴェイザ様がそうおっしゃっていたんだ」
「誰だ、それは?」
「それは、神殿教の……」
「神殿教の神官、ヴェイザとは私のことですよ」
ガナリが説明しようとしたところでその説明を奪うのは、澄んだ女性の声。神殿教神官ヴェイザその人だ。
彼女は今まで軍務卿や奴隷商人たちと話していたのだが、ワザワザそこを離れて来て、ちょうどいいタイミングで自己紹介したのだ。それも、奴隷や捕まった盗賊たちに対して。
「それで?」
ギハスロイのメレプスは、彼女が来てくれだことなど少しもありがたみはないといった様子で、ストレートな疑問を投げつける。
「オマエたちの言う、“カミ”とは何だ?」
ガナリは応えない。それは質問が難しかったこともあるし、自分が応えるよりヨリふさわしい人間がこの場にいたからだ。
「……神の存在を言葉で説明するのは……難しいことです。けれど良い質問ですね」
そう言ってヴェイザはホホエみ、
「分かりやすく言うとすれば、神とは、真に救いを必要とする者たちに、救いを与える者のことです」
「それで? ……ソイツは、どこにいる? その“カミ”は……助けを必要としているオレたちを……助けてくれるのか?」
ギハスロイの、“助けを必要としているオレたち”というフレーズが、現に助けを必要としている者たちの注目を集める。荷車を押す者や荷車に収まらなかったシガイをヒモや布で持ち上げる者たち――盗賊たちや奴隷たち――が、ある種超常的な奇跡を期待して、ヴェイザの言葉を待っている。
しかし、美しい声色が発っせられたのは、彼らの期待したモノではない。
「……今すぐ、簡単に……というのは無理でしょう」
ガナリは“ニモツ”を運ぶ者たちが落胆していくのを感じる。そしてガナリ自身も。
しかし美しい声は、続ける。
「……ですけれど、神を信じ、長く強く救いを真に求めるのであれば、それは叶えられるでしょう」
何人かが、うつ向いた顔を上げる。ヴェイザの声が続く。それは何人かにとって、心地よい音色。
「神の力は、たやすく与えられて当然、というものではありません。もしあなたが神の恵みを欲するなら、まずあなたが、差し出さなければならないのです。そして神が望まれるのが、永久なる、忠実な信仰。それだけなのです。お金も、命も求めたりはしません」
オーディエンスは、静かに彼女の言葉を聞いている。まるでそこに、彼らの期待した何かが隠されているのではないか、といった感じで。
「今、この瞬間にも、神は天から我々を見ているかもしれません」
そう言ってヴェイザは、空を指す。ただそこには、“昼”を背後に隠した“夜”があるばかりだ。
「実際には、神は神殿教国の神殿内にいらっしゃるはずです。しかしながら、神にとって我々を観察することはたやすいことなのです」
不思議と聴く者に心地よく聞こえる声で、ヴェイザは神のことを語り続ける。
ギハスロイのメレプスはその間、彼女のことを見るでもなく、聞いているのかは聞いていないのかわからない様子で、ただ前を見ながら歩いている。




