082 護衛依頼43
猛獣が暗闇の向こうに去っていっても、領主軍6人隊隊長レクセイの心は不安に染まったままでいる。
軍務卿が逃げた猛獣に対して一応の追跡隊を出し、残った者たちで被害確認をしている時のことだ。
そんなレクセイの不安は、猛獣に起因するものではない。今は味方であるはずの集団によるものだ。
王都軍はあんなモノと戦っているが、恐ろしくないのか?
それがレクセイの率直な感想だ。そして、本来なら自分たち領主軍もそうあるべきなのではないか、といった圧迫感さえ感じている。レクセイはそんなことを感じながら、
「早く並んで異常があれば報告しろ!」
動きの遅い部下たちを急かす。王都軍はすでに被害確認を終えているというのに、領主軍はこのアリサマだ。
俺たちも王都軍のようになれるのだろうか?
レクセイの頭に、またそんな疑念がちらつく。
軍務卿を始めとする討伐隊の主要メンバーが、巨大ヘビの亡骸の前に集まっている。そこには盗賊との肉弾戦に参加していなかった奴隷商人関係者、宗教関係者、魔術師関係者などなども加わっている。
そしてそれぞれの集団の代表者たち――すなわち軍務卿ベナッジョ、奴隷商人ヴォネラム、神殿教神官ヴェイザらが話し合っている。
あの軍務卿ベナッジョが、めずらしく困った口調で言う。
「すみません、もう1度聞きます。いま、何とおっしゃいましたか?」
そう言われたのは奴隷商人ヴォネラム。彼は相手の様子など気にしたフウもなく言う。
「なに、簡単なことです。このヘビのシガイを持って帰りましょう」
この軽く言われたひどく重い提案に、神殿教神官ヴェイザがマユをひそめて言う。
「商人さん、気は確かですか? こんな重いシガイを、ワザワザ王都まで運ぶことにいったい何の意味があるって言うんです?」
軍務卿も神官も、そして話を聞いているだけの兵士たちも、そしてそして、つかまった盗賊たちでさえ奴隷商人の提案にはいい表情をしていない。それでも商人は、それらを一切気にすることなく言う。
「イエイエイエイエ。何も王都まで運ぶ、と言っているワケではありませんよ。領都まででいいんです。そこまで運べば、皮をはぐ職人も道具もそろっているでしょうからね。それと運んでいく意味ですが……」
そう言いながらヴォネラムは巨大ヘビのシガイに近づき、その正面に手を置いてなでながら、ウットリとした表情で言う。
「……見てください。このウロコ! このツヤ! 硬さ! 弾力! これはそうそう手に入れることができない値打ちモノですよ!!」
コブシを握りしめるほどの奴隷商人の力説によって、その否定的な表情を変えることができたのは盗賊の2~3人だけだ。その他大勢は、そこに横たわる“重いモノ”を誰が運ぶかをアレコレ邪推していて、とても明るい心持ちになれない。
神官ヴェイザが言う。
「まぁ、価値についてはいいでしょう。私にはその価値は全くわかりませんが。……で? なぜ王国軍兵士と彼らが捕えた盗賊がその“価値”を運ばなければならないんですか? それともあなたとあなたの部下と奴隷の方たちだけで、それを運ぶつもりですか?」
これに対してヴォネラムは笑みを浮かべて言う。
「イエイエイエイエ。これを運ぶのは私どもではございませんよ! この“価値”あるシガイを手に入れたのは、ウガ王国の軍隊である彼ら。私はたまたま、それに同行していた身でしかありません」
奴隷商人ヴォネラムは右手を顔の横にまで掲げ、そのうちの指を1本ピンと立てながら、
「今! この瞬間において! ウガ王国の軍隊のモノということは、つまり! ここに横たわっている“価値”あるシガイはウガ王国の所有物であるということ! すなわち! ウガ王国国王の所有物であるということなのですっ! そう! いうなればウガ王国国王陛下の資産!」
とまくし立て、そしてヒッソリと締めくくる。
「……あなた方、ウガ王国の兵士諸君は、国王の資産をこんな荒野に放置していくんですか? 軍務卿ベナッジョ殿?」
すぐに返答できずに思案顔の軍務郷に、ヴォネラムが彼なりの流儀で手をさしのべる。
「あっ、もちろん我々はご支援させていただきますよ。……お代は頂きますが、ね」
しばらくしてから、結局、彼らは巨大ヘビの亡骸を運搬すべく準備を始める。
その巨体はそのまま移動させるには重すぎたので、補給物資やどさくさ商売の戦利品を運んでいた奴隷商人の2台の荷車を丘の斜面まで運んでくる。そして盗賊や奴隷たちを主とする数人がかりで巨大蛇の体を持ち上げ、荷車をその下にすべり込ませるのだが、最初は2台の間隔がセマすぎて端が重くなり、次に間隔を調整した後は開きすぎて真ん中が重くなり、その後2回か3回荷車を後ろや前にずらし、さらに長い亡骸の両端を折り曲げたりして、ようやくいいアンバイになる。もともと載っていた荷物は、シガイの脇や上に載せられていく。
準備が整ったところで、ようやく出発だ。
空では“夜”も天頂からかたむき始め、もうしばらくすればその背後から“昼”が顔をのぞかせるだろう。
軍務卿によって捕まった盗賊たちが、奴隷商人によって奴隷たちが、“ニモツ”の運搬を言いつけられる。彼らは、斜面を下りるときは転がっていかないように押さえながら、平地にいたってからは押しながら、“ニモツ”を運んでいく。
兵士たちは、“ニモツ”の周囲に並んで歩いていく。ゴドリー隊が右前、ハダリー隊が左前、領主軍の2個6人隊が1つずつ後ろの左右に、長い“ニモツ”と平行になるよう縦列を作る。そして子供の魚が親魚に寄りそうように、彼らは“ニモツ”の遅い進みに歩調を合わせてゆく。
彼らの前には人の住んでいない荒野が、暗闇の中で延々と広がっている。




