081 護衛依頼42
猛獣討伐隊は、猛獣を包囲している。
“夜”が闇によって地上を支配している時のことだ。そして半日の半分で歩ける距離に住む人のいない荒野の、数ある内の1つに過ぎない丘の、斜面でのことだ。
軍務卿が、号令をかける。
兵士たち――ゴドリー隊とハダリー隊が、距離をつめていく。
……5歩進み……
……また3歩進み……
……そして1步進む……
兵士たちは重圧の中を……
押し踏み込んでいく……
対するは猛獣。
分厚い筋肉をまとまった大きなネコ科の生き物は、巨大ヘビの亡骸の肉を、食いちぎっている。
多数のヒューマロイが包囲をセバめているにもかかわらず、その猛獣は警戒してはいるものの、ノミの大きさ程も恐れを感じている様には見えない。むしろ神聖不可侵の儀式を中断された宗教関係者のように、殺人的な眼光に爆発しそうな怒りを込めている。
しかし軍務卿は自ら先頭に立って、步を進めていく。ちょっと買い物に、といった気楽さぐらいのその足運びはとてもリラックスしている。
そうなると、兵士たちは指揮官だけを進ませるわけにはいかない。なのでゴドリー隊もハダリー隊も、押しツブされそうな重圧の中、步を進めていく。
そして、兵士たちの中央の軍務卿と、猛獣までの距離が4~5歩ぐらいになる。
猛獣の動きが、止まる。
ノドから腹にひびく、低い音をならす。
軍務卿も立ち止まる。
向き合う両者の体格差は大きい。
軍務卿が、平均的な成人男性より少し大きいだけなのに対して、4本足なのにもかかわらず頭を下げた筋肉ネコの高さは軍務卿を上回る。さらに体の幅は2倍あり、体長を考慮すれば体重差、筋肉量差は数倍。
その両者がこの時、間違いなく視線をかわしている。
そして……
軍務卿が手に持った剣を筋肉ネコに向けながら、1步、2步とつめていく。
何かを感じたらしい筋肉ネコは俊敏に右にそれて、距離をとる。
そこで6人隊隊長ハダリーが部下に言う。
「ハダリー隊、前へ!」
ハダリー隊の隊員たちは、それぞれのタイミングと間合いでつめていく。
まず誰よりも最初に、ナリフリ構わず飛び出したのはカンパだ。彼は盾を前に、片手剣を背後に、前傾姿勢のまま、ものすごいスピードで一直線に飛び出していく。
筋肉ネコはまず、この小柄なヒューマロイを迎えうつことにしたようだ。カミつくのにジャマそうなキバのある口を120°に開いて、飛びだしたその少年におそいかかる。
迫る筋肉の圧倒的質量とキバという凶器を、カンパは前進の勢いを急制動、バックステップでかわす。かわしながら目の前に迫り、勢いよく閉じられる口に盾を叩きつけるように突っ込む。が、イヤな予感に盾を手放して引っ込める。
Bang!(ガン!)
直後、筋肉ネコの開かれた口は、盾を一瞬で砕きながら閉じられる。
カンパはそれを目の前で見ながら、右足、左足でハネながら後退する。が、筋肉ネコは、その筋肉質な足で、カンパのスピードを上回る速さでせまる。カンパにはもう、身を守る盾はない。
「カンパ! よけて!」
その声はボゴタ。彼はカンパの左後ろから近づいてきつつ、大振りで大きいオノを振りかぶっている。
「おいっ!!」
カンパはさけびながら、後ろに転がりさける。
ボゴタのその一撃は、当たればさすがの筋肉ネコもかすりキズではすまなそうだ。ただ残念なことに、かの猛獣は全身の筋肉をつっぱって急制動、ボゴタのオノは筋肉ネコの鼻先を素通りしていく。ボゴタは振りかぶったオノの重さを感じながら、その猛獣がオノを見送ってから口を開きつつ迫るのを見る。
これはダメかも……
ボゴタが死の寒さを感じたその時、間にわって入る小さな影はサンゴ色。
それは少女のカミの色……
ムボウにも体の小さなアイネが、迫る筋肉質量に向かう。
彼女は両手剣を振り上げながらかけつけ、斜めに切りおろす。両手剣としては小ぶりだが、片手剣よりは十分に長く重い。そんな重い金属のカタマリを、アイネは素早く振りおろす。小さい彼女の身体が少し浮くくらいに。
筋肉ネコは一瞬、相手の体格を見てそのまま突撃するかためらう。が、その武器を見、首をひねってかわす。だが、初動が少し遅かった。アイネの剣先は、猛獣のホホにキズを入れる。深くはないが、浅くもない、そんなキズ。
筋肉ネコはこの負傷にうろたえたのか、身体をひるがえして距離を取ろうとする。
すかさずハダリーがサケぶ。
「ハダリー隊! つめろ!」
続けて軍務卿も指示を出す。
「ゴドリー隊もつめろ! 全方位から圧をかけていく!」
そんな指示が、先か後か。ゴドリー隊もつめていく。ハダリー隊に先を越されたアセりを、隊長ゴドリーの顔に貼りつけながら。
【?】
コノ、ケなしのサルどもはテゴワい……
1つ1つはヨワくとも
アツまるとテゴワい
ナゼ、ワレのジャマをする?
ワレは……
ワレは……
ワレはっ!
イソがねばならないのに!!!
イカリで……メがアツい……
イカリで……キバがアツい……
イカリでカラダじゅうがアツい……
……それでもイマは……
……それでもイマは……
……ヒこう……
シぬワケにはいかない
もうワレしかいないのだから
だがカナラず!
だがカナラず!!
あのコをトりもどす!!!
【】
筋肉ネコは多数の兵士たちに囲まれて、何かを考えているようだ。ただその間も、怒りに満ちた眼球で正面の兵士たちをにらみ、キバをむき出しにしている。
そして……
兵士たちへのにらみを利かせたまま、体を反転。プイッと後ろの方、巨大ヘビのナキガラが横たわる方に駆け出す。
「逃げるぞっ!」
ハダリーが言う。部下たちに「追えっ!」といったニュアンスで。
しかし筋肉ネコは駆ける勢いそこまま、巨大ヘビの亡骸を踏み台にして跳躍、その後ろに控えていた領主軍の兵士たちを乗り越えていく。ツメでウロコを引っかく音だけを後に残して。
頭上を、それも驚くべきことに武器の届かない高さで、加えて不意打ちで越えていく猛獣に、巨大ヘビの亡骸の向こう側を包囲していた領主軍は、ただその引き締まった腹を見送ることしかできないでいる。
筋肉ネコは領主軍兵士諸氏が棒立ちしている向こう側の、暗い草の上に着地。1度振り返っただけで、草々の中に消えていく。
「お、お、おえ! あれを追え!」
領主軍6人隊の隊長レクセイはようやくそう言うが、ものスゴい速さで草の中を進んでいく筋肉ネコをヒューマロイが追いつくのは、誰の目にも不可能なことだ。
結局そのまま、筋肉質な背中は高く茂った草々と闇にまきれ、丘の向こうへと消えていく。




