077 護衛依頼38
盗賊討伐隊は生き残った盗賊たちの武器を、農民が大麦を次々と刈り取っていくように回収していく。また大麦を1房ごとに次々と束ねて地面に置いていくように、盗賊たちを拘束しては座らせていく。ただし自分で移動できないと判断された者はその場で処分された。腐った麦のように。
襲った村では暴れまくっていた盗賊たちも、今ではすっかりおとなしい。盗賊をまとめていたジンジャが圧倒的な敗北をして死んでしまった後は、彼らの抵抗する気力も死んでしまったようだ。彼らは兵士たちに言われるがままに従っている。
結局、残った盗賊は8人だけであり、襲撃した村で捕まったガナリを合わせて9人だ。
ただ、そんな盗賊たちの目つきが変わった瞬間があった。
それは村で捕らえられたガナリが合流したときで、無力化されて兵士たちに囲まれている盗賊たちは何かを言うことはなかったが、厳しい視線がガナリを突き刺し続けている。まさに裏切り者を見る感じだ。
ガナリはと言えば、葬儀の参列者のように頭を垂れて、暗く、じっとしている。
「大丈夫ですか?」
そんなガナリに、声がかかる。それは女性の声で、麦がそよ風にゆれるくらいに優しい声。
ガナリが見上げれば、美しく整った服を着た、美しく整った女性が彼を見下ろしながら立っている。
たしか神殿教の神官……ヴェイザだったか……
あれ?
村で尋問されてた時、この人が間に入って……俺は神殿教に入ったんだったか?
ガナリは疑問に思いながらも、何を言えばいいのかわからず、結果、何も言えないでいる。
「信徒ガナリ……ツラそうですね」
そう言いながらヴェイザは、ガナリが侵入して欲しくないスペースの中へと入ってくる。ただしガサツな侵入ではない。相手を驚かせないよう配慮した、優しき侵入だ。
彼女はこんな戦場にいるのにもかかわらず、ケガレなど知らないような白い服を着ている。こんな血なまぐさい戦場では、彼女のセイソな美しさがよけいに引き立てられている。
そんな彼女が貫頭衣のスソを折りながら、ガナリの前にかがむ。突然、視界に入り込んだ端正な顔に、ガナリは目をそむける。
「あなたのツラさはわかります。あなたは必死に、仲間を守ろうとした。こんなにキズついてまで……。だけれども誰もそれを、わかってくれない。それはとても……とてもツラくて耐え難いことですよね」
ヴェイザは彼の手を取りながら続ける。
「今から神聖魔法を行使します。つまり……神の御業を使います。恐れずに、受け入れてくださいね」
そう言ってホホえむと芍を掲げ、その向こう側から目をのぞいてくる。
ダメだ……この目を見ると何も考えられなく……
ガナリはそう感じながら、温かく心地よい光を受け入れていく。キズついた彼には、そうすることしかできない。
「はい、これで少しは楽になったでしょ?」
ヴェイザはホホえみながら、立ち上がる。そして他の盗賊たちが拘束され座っている方を向いて言う。
「見ていた私が保証します。彼は最後まで仲間の居場所を隠そうと頑張っていました。しかし簡単に死ぬ以上の恐怖に、打ち勝つことができなかっただけなのです。彼の手をみてください。そして、耳のあった場所を。そして足のキズも。
これらが彼が必死にあがらった何よりの証ではありませんか? 殺気立った恐ろしい兵士たちに囲まれながら、彼が勇敢に戦ったという証です。この中に彼と同じような状況で、その恐怖に打ち勝てる自信があるという方はいますか?」
盗賊たちの中に、それを否定する者はいないようだ。
「よろしい。それでは私たちは彼を許しましょう。……それで? あなた方の中にも、神のご加護を授かりたい方はいらっしゃいませんか? 体にも、そして心にも安らぎが訪れますよ」
初めは互いに顔を見合わせていた盗賊たちも、1人が賛同し、2人目が名乗りを上げ、次々とその加護を受け入れることになる。
ヴェイザがそうしているかたわら、奴隷商人ヴォネラムも護衛のジャンタープを背後に連れて、盗賊たちが座る近くまで来ている。ただし神殿教の神官とは違ってその輪の内に入ろうとはせず、遠巻きから彼らを見て、
「……彼は……そこそこで売れそうですね。……となりの彼は……ダメですね、キズモノです……」
などと、罪人を王から買い取った後の価値を皮算用している。
アイネは何をすればいいのかわからなかったので、ハダリー隊のメンバーたちが盗賊たちを縛り上げるのを見ている。が、すぐに飽きてしまう。次に神殿教の神官ヴェイザが盗賊やキズついた兵士たちに加護を与えるのを見たり、嫌いな奴隷商人の姿を1ベツだけして、やることがなくなっていまう。
なのでアイネは、先ほどの軍務卿の戦いを頭の中に再現することにする。
さっきの景色を、頭の中に呼び起こしていく。
―――再現されるそれは、軍務卿の視点―――
盗賊が突き出す剣に自分の剣を当てながら、体をかわす。そしてそのまま自分の剣をスライドさせていき、最後に突き刺す……。
この時の右手の力の入れ具合はこんな感じで、左手はこんな感じだった。どの動きでも、無駄な力はいっさい入っていない……
アイネがそうやって没頭していると、自然と手足も動いていたようだ。だから突然、こんな風に話しかけられる。
「何を……しているのですか、アイネ?」
アイネが声の方を振り向けば、神殿教の神官服をまとった女性、ヴェイザが近づいてくる。彼女は、加護を受けることに賛同したほとんど全ての盗賊たちにまとめて神聖魔法を施し、またキズついた兵士らにも神聖魔法を施してからアイネのいる方へとやってきたのだ。
アイネがこたえる。
「さっきの、グンムキョーの戦いを……再現してた」
「戦いを、再現?」
聞きなれないフレーズの組み合わせに、神官はその言葉を繰り返す。
「そう。頭の中でその時のコトを少しずつ動かして……色々試してんの」
ヴェイザは輝く川面のような手つきで、アイネの頭を優しくなでる。
「アイネ、あなたすごいわね」
その表情は、どこか陶酔したような感じがする。その変化に困惑したアイネは何も言い返せない。
「とっっっても……優秀……」
ヴェイザの手はアイネのサンゴ色の髪をなでながら、頬に達する。
「……それにこんなにカワイイ子が、4人も切るなんて……」
そう言いながらヴェイザの目の輝きはますます妖しくなり、ホホを伝う指先はその輪郭に沿ってアゴ先へ向かって滑っていく。
その時、彼女に声がかかる。
「何をしているんですか、神殿教神官殿?」
アイネが目の端で、ヴェイザが楽しみをジャマされたといった感じでそちらを見れば、近く奴隷商人の姿を認める。
奴隷商人ヴォネラムは、まるでそうされることが自分の損失であるかのように抗議する。
「できれば、うちの商品に手アカをつけないでいただきたいのですが」
「あら? 彼女はもう、あなたの奴隷ではありませんよ」
「まだ保証期間中なんですよ」
そう言う奴隷商人の顔は勝ちほこっている。
「……奴隷商人がそんなに手厚いサポートをしているなんて、初耳です」
2人が言い争っていると、近くにいた兵士が驚愕の声を上げる。
「なんだあれは!!」
兵士たちも、捕まっている盗賊たちも、神官も奴隷商人も、そしてアイネも彼の向いている方向に視線を向ける。
それは、薄暗い丘の上。
わずかな星明りの夜空を背景に、丘の稜線に浮かぶ影がある。
「……まさか邪……」
別の兵士の誰かが、『邪神』と言おうとしたところで軍務卿がさえぎって言う。
「あれは邪神でも、その使徒でもない!」
それならば何なのか? その答えは異形の影から少し離れた稜線上に現れた小さな影から持たらされる。
「猛獣だ! このデカヘビともう1匹! 筋肉質なデカイネコが潜んでる! 気をつけろ!!」
それはあの少年の声、カンパの声だ。




