076 護衛依頼37
トラのような猛獣が着地する。
全身を筋肉を纏った巨大なネコ科の猛獣だ。
それはけっこうな高さからの着地であり、筋肉質で巨大な体は体重もかなりあるはずだ。しかし筋肉ネコは脚の筋肉のバネでほとんど振動をともわない着地をする。
なぜ着地することになったかといえば、もう1匹の猛獣に飛びかかってカミついていたが、振り払われたからだ。
もう1匹の猛獣とは、巨大なヘビだ。しかし頭部の先端の上から、長い剣のようなツノが生えている。
ただ、もたげる頭部側の胴体にはいくとものキズ跡から血が流れている。筋肉ネコによってキズつけられたものだ。
そしてこの場にはヒューマロイが2人。
1人は老人で、1人は若者。
老人のヒューマロイは着地した筋肉ネコを待ち構えていたかのように駆け寄って、手に持つ棒のような槍をその筋肉に覆われた肉体に突き刺す。筋肉ネコは痛みに反応し、威嚇し、カミつこうとするが、老人はたちまち距離をあける。
この老人は“探求する熊”と自称する、皮膚の赤みがかったヒューマロイだ。
そしてもう1人。
左手に盾を、右手に剣を持ち、ようやく筋肉ネコを振り払った巨大ヘビに駆け寄る影。王都軍兵士の兵装に身を包んだ少年だ。
彼は巨大ヘビのもとに駆け寄りながら、手にした剣をウロコのない腹に突進の勢いで突き刺す。
痛みにのたまったヘビが逆襲しようとしてカンパの方を向けば、その背後に筋肉ネコが飛びかかる。
巨大な猛獣たちの戦いに巻き込まれまいと距離をとったカンパは、“探求する熊”に近づいていき疑問に思っていたことを口にする。
「なあ、じいさん。なんかこのネコ野郎、ヘビ野郎にこだわっててないか?」
「……そうだ、な。ヘビを食いたい衝動があるのか、あるいは……」
老人はその猛獣を見つめながら言う。
「家族を殺された……とかの怨恨……」
それを聞いたカンパの心に、とある光景が映し出される。
それは、どこかの庭園だった。
そこかしこに緑が茂り、筆で描いたようなコミチが続いていた。そのコミチを小さなカンパが、まだ世の中のケガレを知らないといった足取りで歩いていた。
そしてその手には温かで、確かな安らぎ――大人の女性が手をつないでいた。と言うよりは、手を引いていた。
その女性は、優しさと輝きでできていて…………カンパを見るときはいつも、愛の瞳で見つめた。
カンパが左を見れば、段々に積み上げられた巨大建造物の裏側がそびえていた。
―――突如、変わる風景―――
空は曇り、
そして消えていった、手の確かな温もり。
小さなカンパは段々の巨大建造物の正面側の地上にいた。
急激に彼を満たしていく不安。
前に進み出をとする彼を、彼より少し年上の女の子が抱えて止めていた。その彼女が彼の耳元で、必死に言い続けていた。
「ダメ、カンパ! 行っちゃダメ!」
彼らの周りには、色を失った群衆たちが延々と広がっていた。
突き出した部分――バルコニー部分の上には、何人かの人たちがいた。そして女性が1人、そのヘリに跪づいて頭を垂れていた。
彼女のかたわらには剣を振り上げた男がいて……その剣を振り降ろし始めた……
幻影を振り払ったカンパが言う。
「…………たしかに…………たしかに、それなら納得いく……」
確かに筋肉ネコは、カンパや“探求する熊”が攻撃を加えても少し威嚇するだけで、すぐにヘビの方を向いてそちらに飛びかかる。
“探求する熊”が言う。
「アヤツのヘビに対する執着は、少し恐ろしい程だからな」
カンパは表情を暗くするだけで、何も言わない。“探求する熊”はその変化を認めた後、猛獣たちの戦いに視線を移して言う。
「ぼーっとしておれんぞ。見ろ、ついにヘビが逃げだしおった」
カンパが猛獣たちを見ると、ヘビがうねりながら遠ざかり始めている。その体は所々キズつき、肉が見え、血がにじんでいる。それらのキズのほとんどは、筋肉ネコがカミつき肉をエグったことで負ったキズだ。そしてそれらによるものか、逃げることにしたらしいヘビは遠ざかっていく。
その方向は兵士たちと盗賊達が戦っている、または今頃は戦い終わっている場所だ。このまま巨大ヘビが進めば、盗賊討伐隊とカチ合うことになる。
そんなことになれば、とカンパは想像する。「オメー、ちゃんと見ておけって言っただろ! 何でちゃんと見とかねーんだ! だからガキなんだよ!」と詰め寄ってくる、一緒に来ていたはずの同僚のイヤミったらしい顔が浮かぶ。
「やべっ、追わなきゃ!」
カンパは急いで、逃げていく巨大ヘビと、それを追いかける巨大筋肉ネコの後ろをついていく。それを見ながら、“探求する熊”はつぶやく。
「……さて、ワシはどうするか。……軍隊は、メンドウだ……」
“探求する熊”はそう言った後、猛獣たちやカンパが行った方向とは90度違う方向の、草の陰の中に消えていく。




