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075 護衛依頼36

          

 空の闇夜のように、周囲に群生する2つの勢力の者たちは口を閉ざし、中央で対峙たいじする2人に注目する。いよいよ戦いが始まる、と彼らは予感しているからだ。


 普段、周囲の空気を読めないアイネもこのときばかりは、落ち着かずキョロキョロしながらも、沈黙に染まっている。




 対峙する2人の距離は、それでも10歩は離れている。



 ホホにキズがある男ジンジャは、両手を前にして剣を構える。剣先は相手の顔の上下左右をグルグルと回って、落ち着きがない。足場も安定しないのか、何度も足踏みしている。


 対する軍務卿ベナッジョは、自然体で立っている。剣を持つ手さえ脱力し、剣先は地面を向いている。その彼が言う。


「……いいぞ。いつでも、どこからでもかかって来い」


その顔は、余裕そうだ。対するジンジャは、


「ふざけやがって」


と返すが、その顔に余裕はない。それでも意を決して1歩進む。


 軍務卿は動かない。


 ジンジャはまた1歩、足を前に出す。


 それでも軍務卿は、手を下げて脱力したまま動かない。


 ジンジャは、相手が構えようともしないブキミさに気圧けおされそうになる。


 が、深く1呼吸。


 対戦者の目を見返す。


 そして……


 剣の構えを変える。

 剣を腰の高さに持っていき、柄を後ろにして切先きっさきを相手へ向け、刃の部分を下から左腕で支える。


 これは決死の構え。


 自分が切られようが、相手に剣を突き刺してやろう、とする者の構え。


 これには軍務卿も


「……ほう……それもまた良し、か……」


とだけつぶやく。


 ジンジャは、間髪入れず走りだす。


 前傾し、足を踏ん張力って1歩。


 さらに加速しながら、もう1歩。


 前傾に、剣先を先頭に、より鋭くもう1歩。


残り8歩ぐらいしかなかったお互いのへだたりが、みるみるなくなっていく。


 それでも動かない軍務卿。


 そう思っている内に、もう1歩。あと1~2歩で剣が届く。


そしたら切られようが、刺されようが、剣を相手に突きつける!


 ジンジャがそう思う


 そのとき


 動き出す軍務卿。


 姿勢をかがめながら、左足を後ろにずらす。


 同時に、右手の剣を上げていく。


 無手の左手もそえながら。


 ジンジャが、大きく1歩踏み込みながらが、そえた左腕に沿ってコンシンの力を込めながら


「うおぉぉ!」


剣を押し出し始める。



 対する軍務卿の剣が持ち手を上、剣先を下にしたまま相手の剣の左側にフワリとあたる。


chip!(カチッ)



 ジンジャの剣が、軍務卿の剣にこすれながら、相手を貫こうと伸びていく。


 軍務卿の左手が、剣の中ほど、平たい面にそえられる。剣の先の辺りで相手の剣と接触したまま、柄を握る右手は上がり続ける。


と、相手の剣を右外側へとそらし始める。


ジンジャはさらに踏み込みながら剣をそらされまいと軌道修正しようとする。しかし伸びた剣は、両手で支えられた相手の剣を押し戻すことはできない。かといって勢いを殺すこともできず、


Sheeeeeeeeeeシー


と金属をこすらせる音を立てながら剣を押し込んでいく。


そしてジンジャの剣のツカが軍務卿の剣にまで達しようとするとき、軍務卿が顔を近づけて言う。


しかったな。だがここまでだ」


ホホにキズのある男ジンジャは、軍務卿がぐっと腰を落としながら手に持ったものを押し込むのを見る。

 そして腹部に感じる熱さ。否、それは鋭い痛み。ジンジャが、下に視線を向ける。


 軍務卿が斜に構えていた剣が押し込まれて、その先は自分の腹部にまで届いている。否、つらぬいている。


 そしてその剣が、勢いよく引き抜かれる。軍務卿が剣を引き抜きながら、1歩下がったのだ。


 そしてジンジャはそうするつもりもないのに、自然と足の力が抜けてゆき、視線が下がっていく。腹部からあふれ出る温かい液体を感じながら。


 そんなことを感じながらもホホにキズのある男は、周りが黒くなる視界で、剣を振り上げる男の姿を捉える。


 そして……


 そこまでだった。






 自分の仲間である盗賊たちを守るため命をかけた男と、盗賊を排除すべき対象と認識する軍の指揮官の戦い。それは同時に、それぞれの組織同士の戦闘の勝敗を決する戦い。


 その戦いが、終わった。


 ただ、その戦いはあまりにも早く決したので、何が起こったのか正しく把握できたものは少ない。


 しかし目がいいと自称するアイネには、見えていた。同じく戦いの成り行きを見守るベーヤとボゴタの間に立って、アイネには見ていたのだ。


 ホホにキズがある男が、左腕に抱えた剣を突き出す。

 軍務卿が剣先を下にしたまま左側から刀身を相手の剣にそえ、さらに左手をそえて右に押す。軍務卿の体の右側にそらされ始めるキズの剣。

 キズは軌道きどうを修正しようとしたが、伸ばした剣では両手で支えられた相手の剣を押し戻せない。キズの体は勢いを止めれずに進んでいく。


 すなわち、軍務卿の方へと


 すなわち、軍務卿が下向きに伸ばした剣先の方へと


 キズは剣筋を軍務卿の体がある右方向へと押していた。


 すなわち、上下方向への力はほとんどかかっておらず、無警戒だった。


 軍務卿はここで、グッと斜め下方向、つまりキズの腹部へと、自分の剣のツカに相手の剣を引っかけながら、体重を乗せて一気に押した。


 上からの力を予測していなかったキズの剣は、軍務卿の剣に押し下げられ、軍務卿の剣先はキズの腹部に達した。そしてくずれるキズの首に、振り上げた軍務卿の剣が降りおろされた。降りおろされた剣は首のなかばまでに達し、軍務卿が剣を引き抜くとキズの体は重力に引かれて地面にゆっくりと倒れた。




 ここまでを見たアイネの感想はこうだ。


 なるほど!


 そんな剣の使い方があったなんて!


 さすが、いつもイバッているだけはある!










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