074 護衛依頼35
「……いいだろう。そこまで言うなら俺の名を教えてやる。お前が死ぬ前にな!」
ホホにキズのある男、ジンジャはそう言いながら、静かに、ゆっくりと手を持ち上げる。そして自分のホホにあるキズを指差して言う。
「このキズが俺の名だ」
そう言って、ジンジャは笑う。
対する軍務卿ベナッジョ。
「……キズ……そのモノが名だと? ふざけているのか、盗賊にしてはシャレていると言うべきか……」
軍務卿ベナッジョは、そう言って笑う。
【ホホにキズのある男】
もう少しだ!
俺は兵士たちの指揮をしていた男――ウガ王国の軍務卿とかいう男――と話しながらそう思う。なぜなら俺たち盗賊は兵士どもに囲まれて、落とし穴にハマったイノシシ同然だからだ。
……だから……
……だから俺たちには……
一発逆転を狙うしかない……
その方法は俺がコイツを倒して、兵士どもが動揺している内に散開して逃げて行くこと。
だが、コイツはあの軍務卿ベナッジョ。
王都の方から流れてくるウワサで聞いたことがある。現国王の家臣として、参謀コスキンらと共にウガ王国を建国した中心メンバーだ。スゴ腕の剣士だと聞く。
しかしそんな人物がこんな辺境まで来るだろうか?
ハッタリではないのか?
とにかく、俺はそんな伝説そのものみたいなヤツとまともに戦って勝つ自信はない。
……でも……相打ちさえできればいい……
だからコイツと1対1で戦う必要がある。
……そうしなくちゃいけない!
【】
ホホにキズのある男が、言い返す。
「ふざけてんのはテメエの方だろ! 俺と勝負しろ! サシで勝負だ。そして俺が勝ったら、この戦争は俺たちの勝ちだ!」
彼の調子のいいモノ言いには、兵士たちの間から
「調子に乗ってるんじゃねぞ、盗賊!」
「テメエらの負けは決まっているだろうが!」
「軍務卿に戦いを挑むなんて命知らずなヤツだ!」
「泣いて命乞いをしろ!」
などと不満が上がる。しかし軍務卿は、片手を上げるだけでそれらを制して言う。
「……いいだろう。お前の挑戦を受けよう。……そしてお前が勝ったらお前たちの勝ちで……私が勝ったら、我々の勝ちでいいんだな?」
ジンジャはそう言われたが、すぐにはこたえない。そしてそっと、左手の親指でホホのキズにふれる。まるでそうすることに、自分たちの命運ががかっているでもあるかのように。
「……ああ……」
ジンジャは、ようやくこたえる。
「それでいい」
それぞれの陣営の代表者によるこのやり取りは、それぞれの陣営に、それぞれの反応をもたらす。
兵士たちの間には一瞬のユラメキはあるものの、あの軍務卿が決めたことだから、といった服従の習性は当然として、軍務卿の剣の腕前に対する絶対の信頼さえある。
それらの信頼を背後に残して、軍務卿は腰につるした剣を引き抜きながら前に進みでる。
一方の盗賊たちは、動揺にゆれている。
代表者の話しが終わるやイナや、2~3の仲間が駆け寄って口々に、
「おい! お前、大丈夫なのかよ?! あの王国軍の軍務卿だぞ!!」
といったようなことを言う。それに対してジンジャは
「大丈夫だ。俺に考えがある」
とだけ言い残し、剣を片手に前に進みでる。不安を背後に置き去りにして。
ホホにキズのある男は前に1歩、2歩、と進み出る。そうやって足を動かしながら、彼は思う。
コイツらのために……ヤラなくちゃいけない……
そう思いながら、手の中の剣を握りしめる。その剣は、盗賊を始めて間もないころに手に入れたものだ。
【ホホにキズのある男の剣】
彼が村での生活が嫌になり、様々のところをさまよっていたとき、とある盗賊たちに襲われた。“バグとラグ兄弟”と自称する、5人くらいの盗賊だった。バグは、貧しい彼を見逃してくれようした。しかし彼は、食い下がった。
「俺も仲間に入れてくれ」
そして2回目か3回目の仕事の時に襲った商人の積み荷か出てきたのがこの剣だ。バグが「これを使えよ」といって彼に手渡した剣だ。ジンジャにとって、初めて手に入れた、本物の武器だ。はぐれた1人の兵士を仲間たちで取り囲み身ぐるみを剥がそうとして逆に反撃され、ホホにキズを創られながらその兵士を殺した剣だ。
何度か盗賊仕事が上手くいって、このままやっていけると思った時に、彼と共にいた剣だ。そして上手くいくと思っていた矢先、兵士たちの逆襲にあって仲間を減らし、苦しい時を共に生きた剣だ。
盗賊に身を落とした彼が手にし、それでも盗賊に生きがいを見つけようとしていた時に、ずっとそばにいた剣だ。
【】
いつの間にか“キズ”と仲間たちから呼ばれるようになった男は、剣先を持ち上げて、対戦者である軍務卿に向ける。そして強く思う。
農民上がりの大将が盗賊として暴れていたことは、俺に生きていいんだと言ってくれているようだった。その大将が体を張って、化け物たちと戦ってくれた。今度は俺が、体を張らなきゃ、示しがつかねぇ。
だから刺し違えても、コイツを殺す!
【ベナッジョの追憶と思い】
思い出されるのは、自分たちヒューマロイが邪神やその使徒たちに支配されていた頃の1風景……。
その時、何人ものヒューマロイが、今の王都からシドン川にかかる橋を建築するために駆り出されていた。
そして仕事終わりの片づけをしていたとき、私はふと、川を眺めた。私は川面に光る輝きの美しさに、思わず視線も心も引き込まれた。そんな私に声がかけられる。
「どうした、ベナッジョ? キレイな女でもいたのか?」
振り返ればそこにいたのは、バルガさん。彼もまた、ここでの労働を強いられていたのだ。
「……違いますよ」
「じゃあ、何を見ていたんだ?」
バルガさんがそう聞いたのは、単なる好奇心によるもの。適当にはぐらかせばよかったが、その時の私はひねった考え方をするには若すぎた。
「いえ、ただ川が美しかったので……」
バルガさんは予想外の答えに、疑問で返す。
「は? 川?」
「そうです」
バルガさんは私のしめす手の先、私が今、美しいと思っているモノを見た。そしてそのまま、しばらく見ていた。
「……たしかに美しいな……」
バルガさんは私に顔を向けて言う。
「なあ、俺たちヒューマロイってなんなんだ?」
美しい景色にそぐわない突然の質問に、私は戸惑ってしまった。
「……ヒューマロイ……はヒューマロイでしょう」
バルガさんはこちらに顔を向けて言った。
「ちげーんだよ。まあ、たしかにヒューマロイはヒューマロイだが、そうじゃねーんだよ」
バルガさんはまた視線を川の方に移して言う。
「お前の言うヒューマロイは、今の俺たち……つまりギハスロイや使徒に頭さげて、敬いたくもねー邪神を敬わされていることを当たり前と思っているヒューマロイだろ?」
バルガさんは川を見ながら間を置いて、また話し出した。
「例えばよ、この美しい景色は誰の物なんだ? あいつら邪神たちのモノか? ちげーんだよ。つい、そんな気がしてしまうがちげーんだよ。この土地は誰のものでもない。そして俺たちも、だ。生まれてからずっと、アイツらにこき使われているから、それが当たり前のように思っちまうが、ちげえんだよ」
続けて、そうすることが当然の権利のことであるような感じで言った。
「……できれば、この土地をヒューマロイのモノにしたいよな……」
私はつぶやいた。
「……やっぱりアナタは、王になるべき人だ……」
私のつぶやきを風が運んだのか、バルガさんは笑った。
「そしたら、お前やデブリネを家臣にしてやるよ」
そしてバルガさんは邪神とその使徒たちに反旗を翻し、ヒューマロイたちの王となり、“この土地をヒューマロイのモノにする”という彼の望みを遂げた。
そして、デブリネさんはいなくなり、私は軍務卿となった。私は軍務卿として、彼が実現したこの王国のアリカタを守らなくてはならない。
だから……
そう思いながら、目の前にいる盗賊たちを見る。
……腐敗は切除し続けなければならない!




