072 護衛依頼33
アイネは突然、エリ首をつかまれ後ろに引っ張られる。敵っ! と思って振り返れば、それはベーヤ。しかも優しい顔ではなく怒った顔だ。そんな顔のベーヤが口を開く。
「バカもんっ! 軍務卿が包囲すると言ったろーが! 1人で飛び出すヤツがあるかっ!」
アイネは無の顔になって
「……言ってたかも……」
とボソッと言いながら後退させられる彼女の両サイドを、マレとボゴタがカバーに入る。
心配と怒りがないまぜになった感情を処理しきれないまま、ベーヤがはき出す。
「ったく、オマエというヤツは……」
言語としてはき出せたのはそこまでだ。代わりにベーヤは、陸の上に打ち上げられた魚みたいに目の横の筋肉をひくつかせる。
「見てください! あの奴隷だった少女が、4人の盗賊を切り伏せましたよ」
盗賊討伐軍の後方で奴隷商人のヴォネラムが言う。その横で彼の用心棒であるジャンタープがつぶやく。
「……俺ならその倍は切れる……」
「……まあ、あなたならそうでしょうが……。おしいことをしましたねぇ。彼女に剣の才能があると知っていれば、もっと高く売れたのに……」
ジャンタープとは反対の、奴隷商の左側に立っている神殿教神官ヴェイザが悲しげな顔をして言う。
「悲しいことじゃありませんか? あんな少女まで戦わなければならないなんて……。彼女は、いえ、彼女だけではありません。あの人たちは本当にこのように戦わなければならなかったのでしょうか? 他に何か、手段があったのではないでしょうか?」
ヴェイザのさらに左側で、先ほど盗賊たちに魔法をぶっ放してここまで下がってきた魔術師の弟子サジュがうなずく。
「ん!」
先ほどの暴力的な魔法のことなど完全に覚えていないような、見事な肯定ぶりだ。
村で捕まり、ここまでの道案内をさせられた盗賊ガナリは、ナワでグルグルにされて地面に転がされている。戦いの最中は彼に構っていられない、という理由によるものだ。
なので彼は固く冷たい地面を感じながら観戦している。それも、涙を流しながら。
俺のせいで……仲間たちが……
ましてや今、彼のことを人間として扱ってくれたあの“お嬢さま”が、仲間たちに剣を叩きつけている。
すまねぇ……みんな……
俺はなんて……無力なんだ……
しかし彼のそんな気持ちは、この夜空を飛ぶハムシのようなものだ。彼の気持ちなど、誰も気にしていないし誰も受け取らない。開放された闇の中に、静かに消えていくだけだ。
そんな彼に話しかける者がいる。
「悲しいか?」
盗賊討伐軍を指揮する軍務卿だ。ただしガナリは、返事するほどの余裕も、言うべきことも見当たらない。軍務卿が続ける。
「あきらめることだな。これは我らが国王の国を、お前たちが汚した報いだ」
と言われてもガナリは、何も言えない。何もできない。何も考えられない。
そんな彼らの下に近づく人影が1つ。
それは丘の向こう側を偵察してきたブーバーだ。彼は軍務卿の前でヒザマづいて言う。
「軍務卿」
彼が改まって、相手を気づかいながら話す光景は、普段の彼の言動からするとカナリの違和感がある。しかし今ここで、軍務卿に丘の向こうの出来事を報告できる人物は彼しかいない。よってブーバーは報告を続ける。
「えっと、丘の向こう側を偵察して来ましたんで、報告します。丘の向こう側にいたのは、使徒というよりでっかいヘビとでっかいネコでした」
軍務卿は何も言わずに待っている。まるで欲しい答えがまだ得られていないという表情で。ブーバーはその様子を敏感に感じとり、説明を続ける。
「そいつらが何のうらみがあるのか、戦っている感じで……した。……おそらく盗賊たちはそいつらのことを使徒と思い込んじまったんだと思います」
軍務卿はだまっている。ブーバーは沈黙に耐え切れずいってしまう。
「…………それと……」
が、そこまで言ってためらってしまう。しかし軍務卿が続きをうながす。
「なんだ?」
うながされてブーバーは少しあせるが、カンパが“赤い人”について言っていたことを思い出す。
「はっ。……実は“赤い人”らしき人物が……」
“赤い人”というフレーズを聞いて、軍務卿は初めてまともに報告者のことを見る。
「“赤い人”だと? それは“赤い民”……いや、あの昼間にいた“赤い人”か?」
「あの昼間にいた“赤い人”かどうかは、私にゃわかりゃしませんが……その可能性もあるかと……」
そこまで聞いて軍務卿は、戦場の方に目を向ける。あるいはそれは、戦場の向こうの丘の向こう側の、直接見えない誰かに思いを馳せていたのかもしれない。
そして軍務卿はそのまま、しばらく黙ったままだ。
そしてトウトツに口を開く。
「この戦闘もシメ時だ。切り上げよう」
そう言いながら軍務卿は、歩き始める。剣を引き抜きながら、戦場の方へと。
ブーバーは何が起こっているのかわからず、その後姿を見送ることしかできないでいる。
盗賊たちは戦いながら、兵士たちが自分たちの左右に展開する圧力を感じ、さらにはその圧力は背後までに及ぼうとしている。
そして今更、それに気づいた誰かが言う。
「なあ、俺たち囲まれてないか?」
「ほんとだ! ヤバくねーか?」
「こっちの人数もだいぶ少ないぞ!」
盗賊たちの間で、動揺は広がる。
「おい! 囲まれるとどーなんだ?」
「バカヤロー! 逃げらんなくなるんだよっ!」
【ホホにキズのある男、ジンジャ】
騒ぎ出したコイツらの言葉を聞いて、こう思わずにはいられない。
……ったく……
おせーんだよ、気づくのが!
テメェらみたいなヤツが一生盗賊から抜け出せねーんだ。
しかしこのままじゃジリ貧だ。なんとかしねーと……。
なんだ、あれ?
今まで兵隊の後ろで指揮をとっていたヤツが、こっちに向かってくる……。
【】
ジンジャが見ている中、その男はグングンと前に出て来て、盗賊たちと向かい合っている領主軍の背後にまで達する。しかし彼の前進は、それでも止まらない。
船の先が波をかき分けるように、彼は目の前にいる兵士たちを右に左にかき分けていく。
押しのけられた兵士たちは、相手が指揮官だと分かると、すぐにかしこまる。彼らと戦っていた盗賊たちも何かを感じて、少し後ずさる。
そしてその人物の視線は、ホホにキズのある男をとらえている。ホホにキズがある男も、相手を見返す。しかし片足を1足分だけ下げてしまう。
周りにいる兵士たちも盗賊たちも、戦うのやめて成りゆきをうかがう。その様子見は次々と、戦場全体へと広がっていく。
軍務卿が歩み出る。
そこは兵士たち討伐軍の前線と、盗賊たちの前線が接する場所。
そこで軍務卿は立ち止まる。そして言う。
「お前が盗賊の頭か?」
それは誰に対しての発言か?
周囲にいる兵士と盗賊たちは、彼の視線を追う。その先にいるのはホホにキズのある男。
その男がこたえる。
「だったらどうしたってんだ?」
盗賊たちはもちろん、それがブラフであることを知っている。でも彼らは驚きを顔に出さず、ニヤついている。
軍務卿は、そんな彼らの態度を気にせずに言う。
「名は、なんという?」
ホホにキズのある男が返す。
「お前こそ誰なんだ?」
「私はウガ王国軍務卿。名はベナッジョ。……それで? お前は?」
「…………なんでそんなに俺の名前が気になる?」
「……盗賊にしてはよく戦ったと思ったからだ。死ぬ前に名前を聞いといてやる」
「……いいだろう。そこまで言うなら俺の名を教えてやる。お前が死ぬ前にな!」
ホホにキズのある男はそう言いながら、静かに、ゆっくりと手を持ち上げる。そして自分のホホにあるキズを指差して言う。
「このキズが俺の名だ」
そう言って、ホホにキズのある男は笑う。




