007 王都へ
話の回りくどい村長を相手に、安い取り引きでも妥協しないヴォネラムが値段を吊り上げている間、ギハスロイがアイネに言う。
「……タスかった。このカリは……いつか返す」
「いいよ、そんなの。そもそも借りを返すって、奴隷なんだしムリでしょ。何事もなかったし、気にしないで」
とアイネはとても軽く言う。
ギハスロイは続けて
「オレは……ホンキだ。オレが生きている限り……カリは返す。そっちの……兵士もだ。……ありがとう」
カンパは顔を背けた。背けた向こう側から、
「オレは何もしてねよっ」
と聞こえてくる。顔を背けたカンパを優しく見るギハスロイに、アイネはピンクの大きいとは言えないクチビルで聞く。
「そういえば、名前を聞いてなかったね。ボクはアイネ。アナタは?」
「……メディプス」
結局、弱った奴隷は村長に、手アカのついたウガ王国銅貨3枚と蒸かした芋2個で売れる。
奴隷たちは村を通り抜けて、王都に向かっている。
空は永遠の羽ばたきのように限りなく広く続き、シドン川の流れは太古から続くたゆまぬ生命の継承のように途切れない。風が歌うように広大に続く葦の草原を揺らしている。
「これは君の取り分だ」
そう言って、なぜだかヴォネラムがくれた蒸かしイモ。をかじりながら、カンパは奴隷たちの脇を歩いていく。帰路という気楽な日だまりの道筋で、1カジりごとにパサついた旨みをかみしめる。
時刻は、“夜”が東の地平線に沈み、西の地平線から登ってくるまでの半ばあたり。つまり分かりやすく、かつ端的にこの時間帯のことを表すならば、最も空腹を感じる時間帯ということだ。
満足な食事を与えられていないだろう奴隷たちから、カンパは多くの視線を感じている。アイネもそんな視線を送っている1人だ。しかも彼女は、自分にも取り分があってしかるべき、と思っている。
「ねえ」
呼びかけてくる声をムシして、カンパはまた1口かじる。
「ねえ!」
呼びかける声を無視してイモをかじるたび、その声は大きくなっていく。
「ちょっと、呼んでるでしょ!」
とうとうアイネは、怒っているように言う。
「なんだよ、女」
ついにカンパは振り返って言う。その強い言い方にアイネは一瞬言いヨドんでしまう。何人かの女奴隷たちが一瞬、むっとした視線を送っている。しかしこの、少し巻きグセのある黒髪の少年兵士は気にした様子もない。
ようやくアイネが言い返す。
「そんな言い方ないでしょ、男!」
今度は何人かの男奴隷たちが驚いて、アイネを見つめる。
「じゃあ、奴隷女……」
「それなら、兵士男……」
『兵士男』はあまり、悪口らしさがない。
「……じゃなくて……えっと、イモ1人じめ少年!」
2人のやりとりが面白かったのか、その発言内容か、はたまたその両方か、周囲の人たちがクスクス笑いだす。
それに気づいたアイネは、
「そういうことじゃなくてっ!」
カンパは面倒くさそうに返す。
「だからなんだよ!」
アイネは一瞬止まって、可愛いらしさを作って言う。
「おイモ、ほしいなぁ」
カンパは、自分の手の中にあるものを見る。イモはもう、半分以上なくなっている。
「ほらよっ」
と言いながら、カンパはそれをアイネの方に放りなげる。
【アイネ】
そんなにあっさりと……
しかも放ってよこすなんて考えていなかった。
そしてそれをキャッチしようとして、手が縛られていることに気がつく。
その間も放物線を描きながら、せまってくる物体……
を両腕と胸の間で、落とさずにキャッチする。
そのままではツカめないので、イモを両腕の上で転がしていく。
落とさないように……
そしてやっと、何とか手に取った。
やっと食べられる、とイモを持ち上げるがそこには歯形が……。
奴隷になってからそんなに日がたっていなくても、多少のことは気にならなくなった。だからいつもならダイジョウブなはずなのに、今は何となく気にかけてしまう。
そんなことは気にしないっ!
お腹がへっているからっ!
ボクはそのイモのザンガイに、カブりつく。
【カンパ】
イモをやって、ようやく静かになったと思った奴隷女。そう思っていたら、食べ終わったのかまた話しかけてくる。
ぶっきらぼうに感謝を伝えてきた後、
「あんた、名前は? ボクはアイネっていうんだ」
と言う。奴隷のくせに、世の中何も心配ゴトがない、といった声だ。
正直、オレは誰に対してもコビを売るのは、好きじゃない。
……だけれども、ただ歩いているだけで他にすることもない。そんな理由で、つい答えてしまう。
「……カンパだ」
「へー、カンパっていうんだ」
1口のイモでもカミしめるように、アイネはそう言う。
「なんでカンパは、兵隊なんてキケンなことやってんの?」
「なんで、って……」
そこまで言ったところでオレの内側から、色々な光景と、様々な思いとが、ドス黒いマグマのようにあふれ出してくる。
それは悲しみの色であり
悔しさの音であり
苦しみの冷たさだ
それらのモノはタチマチの内に、オレの胸をイッパイにし満たしてしまう。
……チッソクするほどに……
こんなグチャグチャなモノを、こんな行きずりですれ違っただけのヤツに話せるワケがない。
「……生きるためだよ……」
その言葉は、ウソと言うほどでもなく、適当にあしらってやろう、くらいの声色だった。
女奴隷がこたえる。
「……そうなんだ……」
その声は、まるでオレの“グチャグチャ”がウツってしまったかのようだ。
少し気分がフサぎ込んだものの、暖かいヒザシの中をのんびり歩いていく内に、それも晴れ渡ってくる。
こうやって奴隷の周りに兵士が分散しているならば、ゴドリーみたいなやなヤツにからまれなくて済む。
全く気楽なものだ……
……だけど
そういえばもうすぐ、行きに殴られたあたりの場所だ。
思い出しただけでも、ムカついてくる。
そもそも何で殴られたんだったか……
そう、草むらで何かが動いた気がして……
ケッキョクあれは何だったんだ……
その時、オレがいるより前の方、列の真ん中あたりで悲鳴が上がる。
見れば、奴隷たちがわめき立て何かから逃げようとしている。しかし縛られているので自由に動けず、縄を引っ張られ首を絞められた奴隷の怒りや混乱の声がいくつも上がる。護衛や兵士も含め、列の右手の草むらから距離を取ろうとしている。
この場所からはそのぐらいしか見えない。
「土蜘蛛だーーー!」
誰かのサケび声が上がる。危ないから警告するとか注意をうながすとか、そんな感じじゃない。
命がかかったサケびだ。




