006 商機
ウガ王国兵士の黒髪の少年と、奴隷商人ヴォネラムの護衛であるジャンタープが向かい合っている。
ジャンターブが剣を振るための予備動作をする。それを見てカンパは構える。
くるのかっ?!
それならこっちが先にっ……
だがその時、
「まあまあまあ!」
と声を上げながら、誰かが近づいてくる。思わず2人の動きが止まる。
乱入者はさらに
「まあまあ、まあまあ!」
と続けながら、両のテノヒラをそれぞれジャンターブとカンパに向けながら、とうとう2人の間にまでに割り込んでくる。
「1回、剣を収めましょうか」
乱入者は、ヴォネラムとか言うウサン臭い奴隷商人だ。
こいつはタダの商人じゃない。と、カンパは思う。タダの商人は、武器を持って今にも戦いそうな2人の間に入り込んで来ないし、ましてや口ゲンカを止めるぐらいの余裕そうな顔ですむハズがない。
「ヴォネラムの旦那、邪魔をしないでくれ。あんたごとぶった切ることになるぞ」
ジャンターブが言う。
「それはいけません」
ヴォネラムは悲しい、とでも言うように首を振る。さらに続けて
「彼らや彼女は私の大切な商品で……」
と言ってギハスロイと倒れた男を左手で、アイネを右手で、その対象を愛おしむようにゆっくりと指し示し
「そしてこの勇敢な彼は……」
ヴォネラムの両手がそっと、カンパの方へと差し出され
「私の客人の、いわゆる……その……」
ヴォネラムが口ごもった。カンパは待つ。そうする以外ないからだ。ジャンターブも黙ったまま。そしてアイネも周囲の奴隷たちも様子を見守っている。
「そう……言うなれば、お客様のお家の方なのです」
カンパは思う。この奴隷商人の取り引き相手は、まずは国王だったはず……。オレは国王の『お家の人』なのか?
パンッ!!
と、音が鳴る。ヴォネラムが手を打ち鳴らしたからだ。
「ともかく、今はそんなことより重要なことがあるのです。ジャンターブ、取り敢えず剣をしまいなさい」
面倒くさいから従ってやるよ、という特大の舌打ちをしっかりと鳴らしてから、ジャンターブはサヤを拾って剣を納める。そしてすっかり興味をなくしたように、ヴォネラムの後ろの方で待機する。
ヴォネラムはというと、奴隷の列に目を向けていた。誰かを探しているようだ。
「そこのあなたっ!」
ヴォネラムは急に手を突きだす。その延長線上にはアイネがいる。
「えっ、ボク?」
「そう、あなた」
ヴォネラムが、アイネに近づく。
「あなた、先程何と言いましたか?」
「えっ、さっき? 確か……やめなさい?」
「ちっがーーーう! その後のことです!」
と言われても、アイネは思い出せないようだ。しびれを切らしたヴォネラムは
「商人として損失だとかなんとか言っていたでしょう」
そこまで言われてもアイネは、いま1つピンと来ていないようだ。そして、必死だったから一々覚えていないよ、というような顔をしている。
そんな状況にもかかわらず、ヴォネラムは話を続ける。そうでもしないと、話が進まない。
「私も商人の端くれ。“損をする”という言葉は、聞き捨てならないのです。そこであなたに問いたい」
ヴォネラムは体に斜めに巻いたトーガを直しながら
「あなたならこの奴隷をどうしますか?」
奴隷商人が指し示す先には、あいかわらず苦しそうにギハスロイに抱えられている男がいる。
「こちらの商品は、見ての通り体調が悪い。ですがここで殺すにしろ置いていくにしろ、それでは私に損失が出てしまう。彼をここまで連れてくるのだって、タダというわけではない。食費や護衛を雇うのにだって費用がかかっている。無理に連れて行こうとすれば、他の人たちの足並みも遅くなり、王都に着くのも遅くなる。よって出費もかさむ」
ヴォネラムはアイネの顔をまっすぐに見て
「しかしあなたは、彼を殺すのは損失だ、と言う。教えてください。私はどうすればいいでしょうか?」
奴隷商人が奴隷に対して1つ1つ丁寧に説明するのもどうなのかとも思われるが、ここまで説明されてようやく、アイネも状況がわかってくる。さらに奴隷商人が続ける。
「そしてもし、あなたが私を納得させる答えを出せたのなら、彼をその方法で生かすとしましょう。つまりは私が納得できなかったら、彼は死ななければならない、ということです」
「えっ、えっ、まって。えっと? つまり? あの人を助けて、損失を出さなければいいんでしょ? それは……」
アイネは考え込んでいる。
アイネの両側にいる、2人の女性も心配そうに見つみる。ヴォネラムもちゃんと待っている。えぇっと、などとアイネは口にするが、乾いてしまった洗濯物から水が絞りでないように、答えはなかなか出てこない。なんとかみんなを助ける方法を考え出さないと。アイネの顔は、そんな表情だった。
そんなやり取りを見ていて、カンパはイライラしてくる。こんなことに真面目に答えようとして、意味があるのか、と。こんなのタダの金持ちの道楽だろ? だからバカ偽善者なんだ。この世の中、誰も彼もを救えるはずがない。
カンパがそんなようなことを考えているうちにも、アイネは一生懸命考えていた。まだアキラめていない。
ただ、ヴォネラムの表情はアキラめてしまったようだった。
「非常に残念ですが……」
「……売れよ……」
ヴォネラムの終了宣言をさえぎったのは、アイネの声ではなかい。若い男のものだ。
アイネは声の主に、吸い寄せられるように顔を向ける。向けた顔は驚いたままに口が開いていて、肩まであるサンゴ色の髪が振り向いた慣性でしなる。
ヴォネラムも声の主を見る。そして聞く。
「売れ……とは?」
カンパは面倒くさそうに、それでも隠せてない恥ずかしさを含めて答える。
「……この村で売れよ。大して高く売れないだろうけど、割引したとしてもタダよりマシだろ」
そして死ぬより……
そのツブヤきは、誰にも聞かれなかったはずだ。なぜならそれは、蝶の翅からこぼれ落ちた鱗粉の1粒ぐらいに儚かったのだから……
そときアイネは、意外なモノを見つけてしまったような顔をする。
そうですね、と奴隷商は続けて
「例え売るにしても誰に売ればいいのか……」
「そんなのここで1番、金を持っている奴に決まっている」
カンパが投げやりに提案を投げつける。
ヴォネラムもカンパも、そしてアイネも、成り行きをウカガっていたギハスロイも、青い錆びの浮いたナタやスキなどを手に、心配そうに奴隷の集団を遠巻きに見ている村人たちを見る。
カンパの提案に該当する人物が、その先頭にいる。この村の村長だ。




