068 護衛依頼29
バグは全身を打ったダメージから回復しきれておらず、満足に歩くことができない。
巨大ヘビの攻撃は弟のラグに集中し、ラグは避けるのがやっとでジワジワと追いつめられていく。
ついにラグは攻撃をかわそうとして、地面を転がってしまう。そして立ち上がる間もなく、巨大ヘビがその大きく開けた口に鋭く生えたキバ――喰らいついたエモノに毒を注ぎ込む膨らみのついた――で捉えようとし……
バグが向かっているが足がうまく動かない……
間に……合わない!
体を引きずりながら伸ばされるバグの手……
そしてその指先……
弟と幼少期から過ごした掛け替えのない日々が、痛切な郷愁のプレスになってバグの心を締め上げる!
そしてとうとう、ヘビのキバがカンに突き刺さる……
と思ったとき……
1人の人物が彼の前に立ちはだかっていた。
その人物は黒い毛で覆われたケモノの毛皮を身にまとっている。毛皮から突き出た腕や足は太く、その皮膚は赤っぽい。その太い腕には太めの木の棒が握られていて、その先端は尖った形に加工された黒い石がくくりつけられていて……
……巨大ヘビの大きく開いた口の上アゴに内側から突き立てられている。
巨大ヘビの血液がヤリを伝っていき、中程でシズクとなって地上の石にあたり砕け散っていく。
巨大ヘビのキバからもれた毒とだ液もキバの先からしたたっている。
巨大ヘビは身をよじって口内の痛みから逃れようとするが、ヤリの持ち手は長い柄をタクミに操ってそれを許さない。ついにアキラめたヘビは後退し始める。その内にラグが立ち上がり、そこにバグがたどり着く。
バグが聞く。
「……あんたは……」
赤い肌の男が前を見たまま、一般社会では不自然なほどの間をあけて、こたえる。
「……ワシは“探求する熊”(Exploring Bear)……と呼ばれて……いる……」
トシを感じさせる声だ。それだけではなく、大地そのものが話しているような威厳がある。
しかし、
Huuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuh!!
巨大ヘビが甲高い音と低音と怒りの濁ったノド音を立ててくる。その音ははっきりとしていないが、大きな音で震えていて、そしてブキミだ。
カンとハンは疲れている体にもかかわらず、思わず身構える。しかし毛皮の男は力むことなく立ったままでいる。
その“探求する熊”が言う。
「……お前たち……逃げろ……」
バグはラグに支えられながら、真剣な表情で言う。
「アンタがどういう事情で俺たちを助けてくれたかは知らない。だけどあんたが戦うっていうのなら俺たちも戦う!」
「……敵は……あの地を這うものだけではない……。」
バグとラグには、目の前の人物の意味するところがわからない。しかし2人はすぐに異変に気づく。
巨大ヘビの後ろの方の草むらから、ものすごい勢いでバキバキと草をかき分けて進む音に気づいたからだ。まだその音は遠いにもかかわらず、とても人の成せるものとは思えない程の勢いある激しい音だ。
「……ワシがお前たちを助けたのは……そうゆうサダメだからだ……」
バグが聞く。
「サダメ? 何を言っている? どんなサダメがあると言っているんだ?」
「……詳しくはわからない……。ただ“大いなる精霊”が……そのヴィジョンを……ワシに見せた。お前は……それはこの国を動かす……大いなる流れの1つになるサダメなのだ。だから……その若いその命……ムダにするな……」
ラグが兄に言う。
「……バグ、一緒に戦おう」
ようやく1人で立てるようになったバグが言う。
「……だめだ。つい今さっき、無茶をして危険な目にあったばかりだろ。……それに俺はこのじーさんが言っている大いなる流れのサダメ? ってのが気になるんだ」
ラグはきっと、バグが一緒に戦うと言うと思っていた。だが“探求する熊”の威厳ある声が、バグに何かを感じさせたのかもしれない。
2人の若者たちは話し合い、逃げることにする。そして後の丘の方へと逃げようとするバグとラグに、声がかかる。
「……そっちではない。そっちには軍隊がいる。……こっちに進め……」
2人がふり返ると、毛皮の男がヤリで自分の右側を指し示している。“探求する熊”が続けて言う。
「……おそらくお前たちの仲間は……ブジではないだろう……」
バグは彼の言うことが信じられない。信じたくないというべきか、ともかく信じられない。弟のラグも同じだ。だがこういう時はたいがい合っている、という予感もバグは直感する。
毛皮の男が続ける。
「……この方向に山を2つ越えた先にひときわ高い岩山がある。そこをネグラにしている者たちがいるのだが……彼らならお前たちを助けてくれるだろう……。さあ……行くんだ! 若い命をムダにするな!」
短い時間を長い時間のように逡巡したバグは、ラグに小さな声でささやく。
「……いこう……」
聞こえなかったのか、彼が言ったことが信じられなかったのか、ラグは「えっ?」と聞き返す。今度はバグは、はっきりと言う。まだ自分自身の中にある迷いと、決別するためのように。
「行こう。何だかわからないが、俺はその大いなる流れのサダメってヤツを……どうしても見たくなっちまった……。この国を動かすほどの何か……その流れの中で俺たちが、何ができるのか……。きっとそこに、俺が求める何がある。そんな気がするんだ……」
ラグはバグの思い切った瞳を見て、こたえる。
「……わかった……。わかったよ。行こう!」
毛皮の男は少しだけ振り返って、離れゆく若者たちの背中に願いを投げる。
「……オマエたちに!……大地の導きがあらんことを!」
若い2人が毛皮の男に別れを告げ、彼の指し示した方角へと離れていく。毛皮の男は少ない動きで、動き出した巨大ヘビをケンセイしている。さらにその、背後から迫るものを気にしながら……。
すでに“夜”は“昼”をおおいつくし、辺りは暗くなっている。
草々が風にそよぐ。盗賊たちの残していったタキ火も、忘れ去られた過去の村祭りのように下火になっている。不思議と虫の音も聞こえない。辺りは、暗い世界が広がっているばかりだ。
この瞬間だけは毛皮の男も、異変に気づいた巨大ヘビも止まっていて、ある場所を気にしている。
この瞬間だけは、ありとあらゆるモノたちが静寂する。
草むらをただただ一筋に、一心に、かき分けて突き進んで来るモノを除いては……。
【?】
み……つ……け……た!
みつ……けた!
みつけたぞおおお!!
ワが子を!
ワが子を……かえせ!!
そのハラワタから……引きずりだしてくれるわ!!!
2026.5.24“探求する熊”がバグとラグを助けた理由『若い命を失うのが惜しいから』→『“大いなる精霊”のヴィジョンによって』に変更




