064 護衛依頼25
【?】
もうすぐだ
ヤツのニオイが強くなってきた
イマイマしき、地をはうアイツのニオイが!
もうすぐで追いつく!
もうすぐでヤツを引き裂ける!!
そしてワが子を……ワが子を……救いだす……
だから……だから……ブジでいて……
【】
光沢のある黒いウロコに覆われた長く太い巨体が、S字でしなを作りながら前方、左右に立ちふさがる生き物を見つめる。
その生き物とは、1つは盗賊を取りしきっていたバグで、もう1つは弟のラグだ。2人はそれぞれ、サビついた剣を構えている。もっとも巨大なヘビは、小さな生き物が持つ小さな武器のことなど認識さえしていない。
その巨体をおおいつくすウロコたちの中で、焚き火の光が不気味にキラめく。
巨大なヘビは、身をかがめながらジリジリと、安全を感じさせていた距離を削ってくる。
そして……
巨大なヘビは止まることなく、その巨体によるリーチと、その巨体に見合わない俊敏さで、長い身体をうねらせながらその頭部を伸ばしてくる。
とっさにバグが警告。
「ラグっ、よけろっ!」
ただでさえ巨大なヘビの口角はほぼ垂直に開かれていて……まだあどけなさの残るラグにぶつかっていく……
……が、ラグはその圧力を間近に感じながら、とっさに右の方に駆け出し……
さらに追ってくる、ヘビの巨大な口
をかわし切り……
BBBANGGG!!!(ドゥン!!!)
直後に重厚なもの――ヘビの口が、すぐ背後で閉じられる音が破裂する。
ラグが体勢を整えながら後ろを振り返れば、目の前に人の頭くらいはある爬虫類の目。その野生のブキミさがカンを貫いたとき、彼の心は凍ってしまう。
「ユダンするなああぁぁラグ!!」
ラグの心を凍結から一瞬で解き放ったその声は、兄のバグのものだ。
バグは駆けつけながらサビついた剣を大きく振りかぶり、
「うおおおぉぉぉ!!!」
ラグがいるのとは反対側のヘビの頭へと、叫びながら剣を振り下ろす。剣は十分な遠心力を得て、蛇の頭部の後ろの方に当たる。
巨大ヘビは伸ばした頭をくねらせながら、素早く後退していく。
バグはラグを一瞬だけ見る。
「大丈夫か」
「ああ……大丈夫だ」
つかの間の安否確認が終わると、2人の視線は自然と巨大な脅威へと移る。そこには不意のダメージから回復し憎悪を目に宿らせた巨大ヘビが2人をにらみ、チロチロと不健康な色の舌を出し入れしている。
バグが言う。
「アイツは思った以上に素早い。気をつけろ」
「ああ」
巨大ヘビは体をくねらせて、前進し始める。くすんのその目は、何かを捕えた感じもなく、怪しげに光っている。
【ホホに傷のある盗賊ジンジャ】
「……ったく……大将、あんたがいてくれればよぉ」
ここにはいない男に、そうつぶやかずにはいられない。なぜなら今、この盗賊団は最悪の状況だからだ。
領主軍の兵士たちが立ちふさがったことで、俺たちは混乱し、散り散りになって逃げている。しかも逃げた盗賊たちは、端から弓で射ぬかれていく。
「大将! なんでアンタがいないんだよぉ!」
思わずそんな不満が出てくる。が、その不満が向けられるべき相手は今頃、ヘビみたいな邪神の使徒と戦っているはずだ。……ひょっとしたらもうやられているかもしれない……。だから早く逃げなきゃいけないのに!
それにしても、なんであの領主軍がもうこんな所まで来ているんだ?
整列し1歩ずつ迫ってくる領主軍とおぼしき集団を見ながら、そう思わずにはいられない。でもあの腰抜けと言われる領主軍なんだろ?
それは、すがるようなわずかな希望の光……。わずかであったとしても、今はそれにすがるしかない。
俺は声を張り上げる。
「おい! お前たち、集まれ!」
隠れたり、逃げまどったりしていた盗賊たちは、ナニゴトかとこちらを見る。
「お前ら! バラバラにいると別々にやられちまうぞ! だから早く、集まりやがれ!」
草原に点在する盗賊のうち、迷いながらも数人の盗賊たちが集まりだした。他にどうすることもできないからとりあえず従うか、といった感じだ。
でもこれじゃあ、全然足りないぜ……
大将、本当にアンタが居てくれりゃいいのによ!
そんな不満が心の中で行列を作る中、俺はまた声を張り上げる。
「さっさと来やがれ、テメーら!! アイツらに捕まったら、王都でサラシ者にされながら処刑されるぞ!!」
俺の言葉はようやく効きだしたようだ。そして他も盗賊たちが集まりだすと、それを見た盗賊たちも集まりだす。
それでも15人ぐらいか……。まあ、いないよりはましか。
こんな最悪の状況の中、あの“大将”はもっと最悪の状況であのでっかいヘビみたいな使徒と戦っている。……まだ生きていれば、の話だが……。
またいつの日にか、大将に会えればいいな……
それはそれとして、そしてまた再開するためにも、今はこの状況を生きのびなきゃならない。果たして、この寄せ集めの盗賊どもでどこまでできるだろうか?
目の前に集まった盗賊たちのさらに先、そこには迫ってくる領主軍の兵士たちがいる。
討伐隊の前列を占める領主軍の兵士たちは、動揺している。
2個6人隊で構成される彼らだが、盗賊がまだ離れているときはまだ落ち着いていた。しかし1歩進むごとに怖じ気づくものが増え、今ではその大部分が心穏やかではない。
それもそのはずで、彼らの前の草原で逃げ惑っていた盗賊たちが集まりだし、集団として抵抗する気配を見せているからである。さらに彼らの背後には、見ただけでそれとわかる戦いで鍛えられた王都の兵士たちが、逃げる隙間もなく囲んでいるからである。
領主軍の中でも古参に入るレクセイは、彼らのために声をかける。
「何も心配する必要はない! 相手は戦いの素人だ!」
気持ちに余裕がないなら、指示は単純な方がいい。そんなレクセイ隊長の思いやりを込めた励ましだ。
「盾を構えて、剣を目の前のヤツに振り下ろすだけでいい! 他のヤツは仲間がなんとかしてくれる!」
相対する盗賊たちは、顔の表情が見えそうな距離にまで近づいている。向こう側に見える表情も、皆が皆、余裕がなさそうだ。
「ねぇ、カンパ……」
矢を飛ばして6人の盗賊を行動不能にした少女が、隣の少年に聞く。
「……これから何が起きんの?」
討伐隊の左後ろに位置する、ハダリー隊の中でのことだ。
「はあ? 戦闘に決まってんだろ」
「戦闘って……近づいて剣で戦うってことだよね?」
「いったいどうした? 怖気づいたのか?」
「……わかんない。今までやったことないから」
カンパは
「ったく、そんなんでこの先、どうすんだよ……」
と言い、続けて興味ない素振りで言う。
「まぁ……あれだ……後ろの方にいれば大丈夫だろ」
「……うん……」
少女はうなずく。
彼女の後ろで、彼女以上に不安な表情をしている人物がいる。村の近くで捕まった、盗賊のガナリだ。彼を縛るヒモは、ボゴタという屈強な兵士が握っている。
彼は複雑な表情を浮かべ、思う。
……いよいよ始まるか……
“夜”に侵略されつつある太陽はその弱りつつある光で、地をはう生き物たちに目を細めていく。
それは邪神と呼ばれる巨大ヘビの怪しく光る縦長の瞳のようで……
あるいは軍務卿の冷徹な剣の輝きのようで……
あるいはワが子のために駆けつけているモノの憎悪のようで……




