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063 護衛依頼24

 

 きっと邪神が復活したんだ!


 盗賊の1人は草原くさはらの中をかき分けながら、全力で進んでいる。腕やクルブシの辺りには、葉や茎でできた傷ができているが本人は気にした様子はない。いち早く遠くへ逃げることしか、考えていないようだ。

 そしてこのように逃げている盗賊は、彼だけではない。この草原くさはらには、少し離れて、バラバラに、あるいは一緒に、競うように、散り散りに逃げている盗賊が何人もいる。

 散り散りに逃げる彼らだが、その考えていることは同じだ。


 早くあの邪神(または使徒あるいは眷属けんぞく)から逃げて助かりたいっ!


 しかし前の方にいる1人の盗賊が、必死に動かしていた足を止める。彼の周りで流れていた景色が止まる。立ち止まったのは彼だけではない。彼につられるように、異変に気づいた盗賊たちは、次々とその足を止めていく。

 後ろを走っていた若い盗賊は、


 邪神から逃げているのになぜ止まる?


と思いながら、視線を目の前の丘の上へと上げる。そして彼もまた、そこにある異変に気がつき、静かに足を止める。


 薄暗くなりつつある景色の中、曖昧あいまいになる天空と地上の境界線。その境界線きょうかいせん――丘の上には無数の人影が……。その無数の人影は、この秩序のない景色でおぼろげなる時に、きわめて人工的に規則正しく並んでいる。盾や剣、その他の装備もおおむね統一されている。その集団が足並みをそろえ、斉一せいいつに、そして確実に前進してくるのだ。


 盗賊の誰かが叫ぶ声が、走って汗ばんだ若い盗賊の耳に届く。


「領主軍だ!!」






 2回……



 それは“じいさん”のクワによる攻撃をデカヘビが避け、“じいさん”にカミついたデカヘビがそのまま“じいさん”を持ち上げ、“じいさん”を完全にのみ込むまでにクワえ直した回数。



 それが2回……



ハンにはその事実が、受け入れがたい。


 攻撃さえ食らわなければ何とかなるだろう


というのが、彼の最初の思惑だ。


「ラグ、気をつけろ! とにかく……カミつかれないようにしろ!」


とバグが言うが、応答がない。今起こったことが、よほどショックだったようだ。


「ラグ!!」


「わ、わかった!」


とラグがこたえる。


 彼の手には、サビついた剣が握られている。バグが持つ剣も似たり寄ったりだ。そしてどちらも、防具はないにひとしい。それにもかかわらず2人は、舌をチロチロと出しながらジリジリと近づいてくる大きな蛇に挑もうとしている。

 彼らが立ち向かう理由は、仲間が逃げる時間を稼ぐためでもたった今食われた“じいさん”のカタキのタメでもない。これから成り上がろうとする者の意地、それだけだ。


 大きなヘビが、姿勢を低くする。


 跳躍ちょうやくするための準備だ!


そう思ったバグとラグは、それぞれのサビついた剣をそれぞれ構える。






 逃げていたその若い盗賊は、もはやどうすればいいのかわからなくなって、うずくまってしまっていた。

 彼がそうなってしまうのも無理もない。なぜなら彼は、恐ろしい邪神とか使徒とか、そういったタグいのモノが現れたということで命懸いのちがけで逃げてきたのにもかかわらず、今度はその逃げる先に領主軍がドンドンと迫って来ていたからだ。


 若い盗賊がそうして間もなく、近くで草をかき分ける音がする。ハッと顔を見上げると、中年の盗賊が若い盗賊の前を横切っていく。前方の領主軍、後方の邪神に対して中年の盗賊はサイドに逃げようとしているのだ。

 盗賊の若者は、自分自身にあきれる。


 前後を挟まれてこの世の終わりだとパニックになったけど、よくよく考えてみればサイドが空いているじゃないか。


 若者は急いで立ち上がり、中年の男の後を置いていかれまいと追う……が、そのとき


 Zip!(ビュッ)


という音が彼の後頭部をかすめていく。反射的に後ろを見れば、何もない。そんな彼に大声がかかる。


「止まるな、バカヤロウ! 矢が飛んでくるぞ! 動いてりゃだいたい当たらない」


そう言ってくれるのは前を走る中年の盗賊。彼の近くにも、矢が飛来ひらいして周囲の草原くさはらに突き刺さる。

 若い盗賊はそれを見て、今言われたままに走る。懸命に走る。






 盗賊たちを見下ろす丘の上で、少年兵士が言う。


「おい、ヘタ女」


彼は横で弓を引く少女に話しかけていた。


「お前の矢、ほとんど当たってないな」


「うるさいなー」


サンゴ色の髪の少女が反論する。


「止まっているマトは当たるんだけど、動いているマトは矢が届く前にいなくなっちゃうんだよっ!」


 軍務卿の命令で、逃げだす盗賊から弓矢で射殺すように言われ、弓を持つ兵士たちはそれぞれ目標を見つけては、矢を放つ。だが、薄暗い世界では正確に距離感をつかむのは難しい。彼らはあまり成果をあげられていない。

 ハダリー隊ではもともと弓を持っていたブーバーと、新しく弓を手に入れたアイネが次々と矢を飛ばしていく。


「矢を飛ばすのはお遊びじゃないぜ、嬢ちゃん」


アイネの右隣で弓を引いているブーバーが、2人の話に入ってくる。


「矢が届くまでのときを数えて、その数分、敵がどのくらい進むか予想してつんだぜ」


カンパが不満を言う。


「弓ってメンドクセーな。オレはやっぱり剣がいいや」


一方でアイネは、何か納得がいったような顔をして言う。


「……確かに……確かにそうだよっ! ありがとー! 今度は当てられる気がする!」


カンパが思わず言う。


「おいおい、そんな簡単なことじゃないだろ……」


しかしアイネは弓に張られたツルを引いてゆき、離す。解放されたツルは矢尻を押しだし、


 Zip!(ビュッ)


矢が飛び出ていく。飛び出た矢は鋭角えいかくの見えない放物線をたどっていき、ある中年盗賊の胸先を指3本を通過し、地面に突き立つ。


 ブーバーが自分の弓を引きながら言う。


「風も読まなきゃいけなぜ、嬢ちゃん。遊びじゃないんだからさっ」


 ブーバーの放った矢は同じく放物線を描き、ある盗賊のクルブシに当たり……その盗賊は次の1歩を支えるべき足を失って転がる。


「風かぁ!」


アイネはそう言うと、新たな矢をつがえてツルを引き、放つ。横からカンパが言う。


「……だからそんな簡単なモンじゃないだろ……」


矢は曲線を描いて空を飛んでいき、地上で逃げて走る中年の盗賊の首に突きささる。

 その矢を射った少女がよろこびの声をあげる。


「やった!」






 若い盗賊は走りながら、わずかな希望の感触を感じ始めている。


 ……この調子なら、逃げ切れるかもしれない……


 そのとき、目の前の中年の盗賊が崩れる。首に長細いもの――矢が刺さっている。


 領主軍の矢で……死んだんだ……


 こんなことになるなら、村を抜け出すんじゃなかった

 こんなことになるなら、盗みを働くんじゃなかった!

 こんなことになるなら、盗賊の仲間になるんじゃなかった!!


 若者がそう後悔こうかいしながら領主軍のいる方に顔を向けた瞬間、彼の意識は暗転あんてんする。彼の肉体は膝から崩れ、そして地に倒れゆく。






「もう1人当てた!」


 サンゴ色の髪の少女がまた、歓喜の声をあげる。横から少年兵士が言う。


「本当にうまく……なってるのか? そういうモンなのか? にしても、お前……ヨウシャないなぁ。今のヤツ、目にぶっささってたぞ……」


カンパがそう言ったときアイネはまた1本、また1人の盗賊を暗転させることになる矢を放つ。


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