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062 護衛依頼23

  


 まだ離れて見ているはずの盗賊たちは、すでにそれを見上げ始めている。そして恐怖に負けた、彼らの内の誰かが叫ぶ。



「しっ、しっ、使徒だっ!!!」



 バグはすぐに訂正する。


「違う! そいつは……」


 ただのバカでかいヘビだ!


 バグがそう続けようとして、すでに手遅れであることを理解する。なぜなら湖で休んでいた渡り鳥の1群がイッセイに飛んでいくように、盗賊たちが逃げだし始めているからだ。


「バカ野郎どもが!」


 そんなハンに1人の盗賊が近づいて言う。


「大将! こいつはヤベえぞ! さっさとずらかろう!」


それはホホにキズのある男、ジンジャだ。構わずバグが言う。


「俺たちなら倒せる! やろう」


「バカ言うな! 大体のヤツは逃げちまってるんだぞ! 俺たちにはあんたが必要だ。あんたがいたから俺たちはこれまでまとまってこれたし、うまくやってこれたんだ。だから頼む。バカなことを言わないで、一緒に逃げてくれ」


そう言う盗賊の眼差しは、真珠しんじゅの輝きのように真剣だ。バグが彼の真剣さに押されてうなずこうとしたとき、彼らの後ろから声がかかる。


「王よ!!」


バグと男はそちらを向くと、そこには“じいさん”が……。手にクワを掲げて、迫りつつある巨大な蛇の前に立っている。


“じいさん”が叫ぶ。


「王よ! ワシはそいつらみたいに臆病者おくびょうものではない! あの時は見せられなかった、ワシの忠誠心ちゅうせいしんを見よ!」


 “あの時見せられなかった忠誠心”とはなんだ?


 バグがそう思って困惑しているとき、サイドから別な声がかかる。それはとても親しい者の声……弟のラグの声だ。


「バグ! やろう! 俺たちが役立たずじゃないってことを証明しよう!」


 そう言いながら彼は、枯れたひょろ長い草のように頼りない“じいさん”の後を追っていく。

 バグは隣に立っている男の方を向いて言う。


「そういうことだ。それじゃあな」


 遠ざかっていくハンの後姿を見つめながら、男は


Tsk!(チッ)


と舌打ちをすると、ハンが行った方向とは逆方向に走り出す。男の前方には先ほどまでは明るく輝いていた草原くさはらが、薄暗くなって果てしなく続いている。男は息を荒くしながらつぶやく。


「あんたもタイガイ、バカ野郎だよっ!」


その声はかき分ける草の音に消えていく。






 軍務卿率いる盗賊討伐隊は、ある丘の手前まで行軍してきていた。


「ここから2~3こ丘を越えた所が、俺たちがいた場所だ」


そう言った盗賊ガナリの報告は、すぐに軍務卿にもたらされる。その知らせを聞いた軍務卿は、すぐに討伐隊の隊列を並び替える。領主軍を2列にして中央前に配置し、その左右後ろをゴドリー隊とハダリー隊がつく。軍務卿や奴隷商人ヴォネラムやその護衛ジャンタープ、神官ヴェイザ、宮廷魔術師の弟子サジュなどは後列の中央にいる。いまだにグルグルに縛られているガナリはジャンタープの預かりだ。


「進めっ!」


 軍務卿の大きすぎず小さすぎないかけ声で、隊列は進み始める。死人の眠る墓場のように、おしゃべりをする者は誰もいない。墓場で風がそよぐように、ただ草をかけ分ける音が鳴るだけだ。

 そんな中、領主軍の兵士たちは、そんな沈黙が不安色になって、押しつぶされそうになりながら歩いている。


「心配すんな。相手は昨日まで畑を耕していたような連中だ。そんなに手強てごわい相手じゃない」


領主軍ですっかり古参になってしまったレクセイ隊の隊長レクセイの言葉は、周りの兵士たちに平穏の色を伝えていく。ただ当のレクセイはまっすぐに前方の薄暗い景色を見つめたままだ。彼は、行進しながら思う。


 なんでわざわざ領主軍を前にして、後ろから囲うように王都の2個6人隊が並んでいるんだ?

 これじゃあ、敵と味方で挟まれているようなもんだ。

 確かに領主軍の中には逃げだすヤツもいる……かもしれない。

 でもこのままじゃ、敵と味方の間で押しつぶされちまう。

 ……果たして、何人生き残るだろうか……。




 変化は間もなく、訪れる。


 討伐隊が1つ目の丘を登って行くにつれ、遠くからさわがしいくする数人の声が聞こえ、さらに登って行くとそれらが悲鳴だとわかってくる。宴によるものではなく、恐怖による悲鳴だ。


 さらに2つ目の丘を登って見下ろすと、異様いような光景が見えてくる。薄暗い草原くさはらの中を男たちがバラバラに、全力で走ってくるのだ。それも悲鳴をあげながら。


 討伐隊の者たちは逃げてくる男たちが盗賊であることは、想像がついた。だが、なんでその盗賊が逃げ出さなければいけないのかがわからない。


軍務卿は周りにいる者に聞いた。


「なんて言っている?」


応えられる者はいない。なぜなら喧騒けんそうと開けた空間が声をヒドクあいまいにしてしまうからだ。そんな沈黙の中、近くにいる1人の少女が言う。


「邪神だ! とか、使徒がきた! とか言ってるよ」


彼女の言葉を聞いて、討伐隊の間にも動揺どうようの波が広がる。


軍務卿はクチビルを少しかんでから、命令を下す。


「我々はこれから、この陣形を維持したまま前進するっ! 盗賊は最初の数人を捕まえて、何があったのかを確認しろ。後のは切り伏せていい。逃げるヤツは射殺いころせ。ただし首謀者はできるだけ捕えろ」


軍務卿が的確に指示を飛ばし


「進めっ」


鋭く静かに、命令を下す。それは決して大きな声ではなかったが、集団はイッセイに進みだす。

 すでにさっきまでの動揺――『邪神』や『使徒』に対する動揺はなくなっている。


 ハダリー隊の少年兵士が隣の少女の顔をのぞき込み、そっと聞く。


「お前……大丈夫なのか?」


「ん? 何が?」


「何ってこれから戦いなんだぞ?」


「戦いならこの前もしたじゃん」


少年兵士はため息をついて言う。


今度・・のは人と人の殺し合いなんだよっ」


アイネは少し考えてから、少年の言っていることがわからない、といったような表情をする。


「……それならいいよ……」


カンパは残念そうに言って前に向き直る。




 “夜”はすでに、太陽の半分をその影で隠している。




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