059 護衛依頼20
盗賊の被害にあった村の広場で、ベナッジョが地面を見ながらつぶやく。
「まったく。神殿教の者たちは押しが強くて困る……」
その音には、非難の色は含まれてはいない。むしろ好感触の感じさえする。軍務卿が黙ったままなので、ヴェイザがうながす。
「それで?」
軍務卿ベナッジョが顔をあげる。まるで朝に食べようとしまい忘れていたパンの存在を思い出した感じで。ヴェイザが質問の捕捉をする。
「それで、彼は許していただけるのでしょうか?」
神殿教神官のヴェイザの後ろで、今も負傷した部分を押さえてうずくまる盗賊のガナリがいる。
軍務卿が言う。
「なぜ、そこまでこんなことにこだわる? 神殿教とは関係のないことだ」
ヴェイザは少し考えて言う。
「関係……なくはありません。だってこの方は、神殿教の信者なのですから」
軍務卿は片方の眉を持ち上げて
「おや? ……それは意外ですな。その盗賊が、神殿教の信徒だったとは。……それにあなたとその男は今、会ったばかりではありませんか? それなのになぜ、その男が神殿教の信徒だとわかるんです?」
「それはですね……たった今、この方が入信するからです。ですよね?」
ヴェイザはそう言って、後ろでうずくまるガナリの方を振り向く。彼はボロボロになってうずくまりながら、ズキズキと痛む右手の指と左耳に耐えながら、自分の生死が決まる話し合いに耳を傾けていた。
こちらを見おろす優しい女性を、彼は不思議そうに見上げる。彼がまぶしく感じたのは、その女性が着ていた服が白く清潔で、軽やかな服だったから、という理由だけではなさそうだ。そして彼女の目は、怖いくらいに透き通っていて、雑多なことなど考えられなくなってしまう。
彼はもとから他に選択肢がなかったように、迷わず言う。
「はいります…………入ります! 入れさせてください!」
ガナリは文字通り、死ぬ気で頼み込む。ヴェイザは優しくホホえんで言う。
「もちろん、歓迎いたします。これからは同じ神につかえる者として、よろしくお願いいたします」
ヴェイザはそう言って、軍務卿ベナッジョの方を振り向く。まるで、ほら私の言った通りでしょ? といった表情だ。一方の軍務卿は、何が言った通りですか? といった困った表情だ。2人が向き合っていると横から、
「まぁまぁまぁまぁ! お2人とも!」
と、乱入者が入ってくる。奴隷商人のヴォネラムだ。後ろには護衛のジャンタープもひかえている。いつもは歓迎されない乱入者だが、行きづまった状況ではやや歓迎されもする。誰もが彼が話し出すのを待っている。
ヴォネラムが乱入を続ける。
「ここは仲良く商談といこうではありませんか」
ヴェイザが聞く。
「商談? 私は聖職者ので商売はいたしませんが?」
軍務卿の言う。
「私もあいにく商人ではなく、軍人だ」
ヴォネラムが2人に言う。
「まあまあまあ、人は誰しも生きている限り商人なのです! なぜなら生きている限り、パンを買わなくてはなりませんし、何かを作り売ることで、そのための代価を得ているのです。ときにそれは作られた何かではなく、信仰かもしれませんし、武の技術かもしれません」
「信仰を商売道具として見られることに、はなはだ違和感を覚えますが。まあ、今はよしとしましょう。それで? 何が言いたいのです?」
「ご理解いただいたこと、ありがたき幸せでございます! まあ、私が言いたいことは、『うまくいく商談も、お互いの目的がはっきりしないとこじれる』ということです」
軍務卿が口を挟む。
「ほう、つまり私とヴェイザさんはお互いに相手の目的がわかっていない、と言われるんですね?」
ヴォネラムが言う。
「人間って、わかっているようで案外分かっていないモノです。むしろ、わかっていないことの方が多い、と言っても差し支えない! まあ、今はそれは置いておいて、もう1度、お互いの目的を整理してみましょうか。軍務卿の目的は、盗賊の居場所を突き止めること。一方、こちらのレディーの目的は、そこの盗賊を守ること。お2人とも、それでよろしいですね?」
ヴォネラムは2人がそれぞれに、肯定するのを確認すると、
「よろしい! それでは、それでは。ここに、両者の主張を守りながら解決する方法が1つあるじゃありませんか?」
ここで、話し合っていた3人以外の声が入る。あのサンゴ色の髪の少女だ。
「それだ! そしたらオジサンも助かるし、盗賊も捕まえられるじゃん!」
カンパが突っ込む。
「っばっか野郎! その盗賊のオッサンが口をわらないから、こんなことになってんだろうが!」
あっそっか、と納得するアイネの後ろで、ヴォネラムが言う。
「そう! まさしく、その通り! あなたはなかなか鋭い洞察力がある! まさにこの問題の核心は、そこにあるのです!」
そう言ってヴォネラムは、力強く盗賊の男を指差す。ガナリはみんなに注目されて、うろたえる。
軍務卿が1つ、ため息をついて言う。
「だから私がテイネイに、彼から話を聞いていたんです。続きを始めるからヴェイザさん、そこをどいてください」
ヴォネラムが残念そうに言う。
「……それだからダメなんです。あなたが聞くから、彼はこばんでしまう。ここにもっと、聞き役に適した人物がいるではありませんか」
一同は互いにお互いの顔を見渡すが、それらしき人物が見当たらなかったようなので、疑問符を浮かべた視線が神官の女性に戻されていく。
視線が集まったのを見てか、ヴェイザが言う。
「そういうことでしたら……」
とヴェイザが言って、
「私が聞いてみましょうか?」
と言うと、彼女は純白のワンピース状の神官服のスソを広げながら振り返り、盗賊ガナリの前にかがむ。
ガナリは自分の視線の高さに、自分が入信したばかりの宗教の女性神官が顔を合わせるのを見る。……見てしまう。ガナリはその瞬間、何かを感じる。
ダメだ……
あの瞳をのぞき込んだら俺は……
考えられなくなって……
とまで感じながら、すでに語り始めている。
「はい……仲間の居場所はここから西の方に進んだ丘の向こうにあります……」




