057 護衛依頼18
「ただし、言っておく。今度の剣は……先ほどとは違うぞ」
軍務卿のその言い方は、ジョウダンではすまされない警告そのもの。
「おやおやおや!」
かと思えば緊張感のない、人の心の平静さを波立たせるような声が乱入してくる。後ろに気だるそうな護衛ジャンタープを連れた奴隷商人ヴォネラムだ。彼の姿を認めてカンパは、氷結した氷片のように鋭い目つきになる。
「これはこれは、皆さま方! おそろいで何か楽しい催し物でもされているのですかな?」
軍務卿ベナッジョが応える。
「これはヴォネラム殿。実は……盗賊の一味を捕らえまして……ね。その彼に他の盗賊の居場所をテイネイに尋ねているところです……」
「ほう! テイネイに、ね! 素晴らしい心がけでございます。テイネイさは商いの基本でもありますから……」
ヴォネラムはそう言いながら、軍務卿に向かって立つアイネの方を見る。彼女は拘束する手がゆるんだので、それらを振り払って立っている。
奴隷商人の視線に気がついた軍務卿は、弁解するように言う。
「ただ……そのテイネイさについて、その娘から解釈の違いをうったえられていまして……」
軍務卿と奴隷商人が話しているうちに空色の髪の少年は、軍務卿の剣を受ける少女、を想像する。そして少女の首がその胴体と切り離れる光景を幻視する。
カンパがアイネに言う。
「ヤメとけ。オマエは確かにすごいヤツだけど、軍務卿の剣はもっとヤバい。さっきはタマタマ上手くいったかもしれねーけど、今度はオマエの首が飛ぶぞ」
アイネは軍務卿の前にうずくまる、盗賊のガナリの姿を見る。その姿は丸まったボロ布のようだ。アイネがこたえる。
「……でもそれじゃあ、ガナリさんが助からない」
「んなの、ほっとけよっ! アイツは盗賊なんなだぞ!」
カンパはイラついているようだ。自分が思っている以上に声を荒げている。アイネも対抗して大きな声で返す。
「盗賊だからって、あそこまでしていいわけないじゃん!」
「仲間の盗賊をかばってんだ。ヤラれて当たり前なんだよ! じゃなきゃ、またどこかの村に被害が出る!」
「それは……そうだけど……」
周囲の村の悲惨な状況が、アイネの勢いをコロす。それでもあきらめ切れない彼女の口が、言葉の続きを発する。
「でもこのままじゃ……」
「それで?」
軍務卿ベナッジョとの話に一区切り入れた奴隷商ヴォネラムが、1つトーンを高くして、アイネの方を見ながら言う。
「あなたは軍務卿の剣を、受けられるのですか?」
まだ迷うアイネの心に、小さい頃に何度も見上げた像のイメージが浮かぶ。
あの人なら……どうするんだろう
アイネは1歩、前にでる。
カンパは自分でも何でイライラするのか、そして何でそうするのかわからないまま、止めに入っていく。
「おいっ! 止めとけって言ってるだろっ!」
ブーバーがはやす。
「おお! 我らが姫さまは、恐れ多くもまた軍務卿に挑戦されるらしい!」
ヴォネラムは彼女に向けて、1人で甲高い拍手を送る。まるで望まぬ人から望まぬプレゼントをもらったような空気になるが、この奴隷商人は気にしない。
「素晴らしい! 自分の正義を守るため、あなたのその首をかけるのですね!」
【アイネ】
自分の正義?
僕は自分の正義のために、挑もうとしているの?
なんか違う。
ただ……僕は……目の前で弱い人がイジメられるのがとてもイヤなんだ……
それをあの人が示してくれた
救世の英雄サイネヴィが!
【】
そしてアイネが覚悟を決めた表情で言う。
「ボクはまた、あなたの剣を受け……」
とまで言ったところでアイネの口は、決して大きくはない手にふさがれる。そのなじみある感触で、カンパのモノだとわかる。彼がアイネの発言を止めながら言う。
「だ・か・ら! ヤメろって言ってるだろっ!!」
アイネも引きさがらない。
「でもこのままじゃ、ガナリさんは死んじゃうじゃん!」
カンパとアイネが言い争っている後ろから、ブーバーが言う。
「おいおい、カンパ! せっかく面白くなりそうなのにジャマすんなよ。彼女が心配なのはわかるけどよ!」
「こんなバカ女、彼女とかじゃねーよ!」
カンパが反論する。ハダリー隊の隊長ハダリーは、乱れた秩序に頭が痛くなってきて頭をかかえる。ベーヤがよろけた彼を支える。人より大柄なボゴタはどうしていいかわからずオロオロとし、寡黙なマレはなにもせず立ちつくしている。
そして軍務卿はというと、彼らを見ながら砕けた土器の破片みたいにザラついたタメ息を1つつく。そうしながら、手に持った剣を持ち上げる。その剣の向かう先は、捕まった盗賊。
ガナリがそれに気付いた時、ハタから見てもわかるほどにびくりと震える。
待ってくれ! 俺が悪かった!
ガナリがそう言おうとするが、1度覚えた恐怖に身体が反応してうまくしゃべることができない。
アイネはケンソウの隙間から、ガナリの前に立つ軍務卿が今にも斬りかかろうとしいる光景を見る。
待って!
アイネは思わず手を伸ばすが、その指先から先には、今この瞬間、埋め切れない距離がある。
間に合わない!
その時、1つの言葉が軍務卿ベナッジョと盗賊ガナリの間に割り込んでくる。
「どうしたんですか? 何やら騒がしいようですが」
それは神殿教ウガ王国支部の神官ヴェイザだ。彼女の後ろには宮廷魔術師ヴィクマの弟子サジュもいる。ヴェイザは軍務卿と盗賊の間に、割り込むように進んでくる。
軍務卿が彼女にいう。
「……そこをどいていただけますか? 今は捕らえた盗賊を尋問中なのです」
空気の変化に、サワいでいた連中も静かになる。そんな中、ヴェイザが反論する。
「イヤだ、と言ったらどうします?」
厳しい表情をくずさない軍務卿に、まっすぐに見つめ返しながらヴェイザは完全に軍務卿と盗賊の間に入る。
アイネはすぐ隣で少年が、この神官の名前を口にするのを耳にする。その呼び方はただの赤の他人の名前を呼び方ではなく、親しい誰かを心配する呼び方だ。
軍務卿が言う。
「あの少女の影響ですか? あなたまで、おかしなことを言い出すなんて。とにかく、そこをどいてください。その男は盗賊なのです。あなたは、我れらが王国に害をなす盗賊をかばおうとしているのですよ。それとも神殿教団は、我らが領内で反旗を翻そうとしているのですか?」
軍務卿ベナッジョの厳しい物言いにも、ヴェイザはいたって落ち着いて言い返す。
「反旗を翻す、なんてとんでもない。私はただ、目の前の弱き者を救いたい。そう思っているだけなのですよ。そう、それは……」
そう言ってヴェイザはまっすぐにベナッジョの瞳を見て続ける。普段は冷静で多少のことに物怖じしないこの男も、この眼差しには並々ならぬ力強さを感じ、カカトを少し引いてしまう。
「……それはまさに、我らが聖女サイネヴィのように! ……あなたも彼女のことは、よくご存じでしょ?」
「……それは……」
ここにきて軍務卿は初めて口ごもる。暖かき、懐かしき日々が一瞬で、彼の心にヨミガエったからだ。




