054 護衛依頼15
「ねえ、この弓ちょうだい」
草はらを歩きながらそう聞いたのは、アイネだ。そして聞いた相手は、武器を持ったベーヤとカンパの間にいる、捕まえられたばかりの盗賊の男だ。
盗賊の男は意外な顔をして応える。
「そいつは愛用の逸品でね。突き刺しバイソンの角を加工して作ったんだ。ただ……」
盗賊の男は両側にいる男たちを見て
「俺はしばらく使う予定がないから、お嬢さまにあげるよ。矢もまるごとな」
と言って、カンパに取り上げられた矢筒をアゴで指す。アイネが
「ありがとう!」
と喜んで感謝すると、カンパが矢筒を渡しながら言う。
「そんなもん、捕まえた盗賊にねだるなよ……。ぶん取っちまえばそれでいいだろ」
“夜”色の髪の少年の声だ。アイネはカンパを不思議そうに見つめて言う。
「えっ? でもこの弓はこの人のじゃん」
「そいつはお前のこと殺そうとしたんだぞ。それなのに負けたんだからモノを奪われて当たり前だろ。命が助かっただけまだマシだな」
「ふーん。盗賊の人も大変だね」
アイネがそう言うとベーヤはあきれた顔をして、盗賊の男は少し笑う。カンパがアイネに言う。
「言っとくけど他人ごとじゃねえからな! その盗賊を捕まえるのがオレたち兵隊の仕事だからな。オレたちが負けたら取られるのは、オレたちのモノや命だからな!」
「ふーん。そうなんだ」
「お前なぁ……」
その時盗賊の男が、空気がもれ出てしまったように、フッ、と笑う。カンパがそちらをニラむ。捕虜とした男には、絶対にナメられない信条のようだ。盗賊の男が取りつくろったところで、またカンパがアイネに問う。
「……そういえばオマエさ、なんで盗賊が隠れている場所をすぐに見つけられるんだ?」
「んー……なんでだろ。目がいいからかなぁ……」
「オマエ、結局のところ何でもそれだな……」
「だって、しょうがないじゃん。結局、そういうことなんだから」
「他に、もっとこう……あるだろ? 例えるなら…………つまり…………ああ、もういいよ! オマエに聞いた俺がバカだった」
「……つまり、バカンパってこと?」
アイネがそう言うと、盗賊の男がとうとうこらえきれずに大きな声で笑いだす。その笑い声はカンパの気にさわったようだ。
「捕まった盗賊のクセに、何笑ってんだ? アンタもアンタで自分の立場がわかってんのか?」
「いや、すまない。あんたたちを見ていると……ちょっとな」
男の、何か言いずらそうなモノを感じたアイネがうながす。
「ちょっとって何?」
男は言いずらそうに言う。
「……話すほどのことでもないんだが……」
盗賊はなんだか話しずらそうにしているが、アイネとカンパが話の続きを待っているのを見ると、仕方なしに話し始める。
「なんと言うか……お嬢さまたちを見ていると、兵士になっても悪くなかったと思えてきたんだよ。……そうすれば盗賊なんかにならずに済んだし、こうして捕まることもなかった……」
アイネは質問を続ける。そこに悪意は無く、純粋な疑問を口にしただけだ。
「オジサンは、なんで盗賊になったの?」
この質問に盗賊の男は、難しい顔をする。まるで生まれて初めて見る難問に出会った、といった感じだ。
「なんでだったかな……」
盗賊の男はそう前置きを置いて、話す。
「……何か、デッカイものを目指したかった……と言うのも違うか……」
“夜”は今頃、地中の最も深いところをもぐっているはずだ。草原には遮るものが一切ない陽の光が注ぎ、いく匹かのチョウが舞っている。
「……なんと言うか、違ったんだよ……」
「何が?」とアイネはすぐに聞こうとしたが、なぜかそれは声にならない。でもそれはそれで、全く問題がなかった。なぜなら盗賊の男は、全体像の見えない何かを掘り起こすように語り続けたからだ。
「毎日あくせく働いても、そのほとんどを税で持っていかれて大した蓄えもできねえ。こんなんじゃ将来が不安で嫁もとれねーし、子供を作ることなんてもっての外。暗い人生を過ごすために、生まれてくるようなもんだ……」
1匹のチョウが彼の話を気にいったのか、ヒラヒラと盗賊の男をついていき、その肩に止まる。しかしカンパやアイネ、そしてベーヤまでもがその美しい虫の気まぐれを気にすることもなく、無言で歩く。
「……結局、こうなってくると俺自身が何のために生きているのかわからねぇ。……そしてそんな気持ちで、狩った獲物をシメていると、だんだんと申し訳ねぇ気持ちになってきたんだ。……こんな、生きているか死んでいるかわからねぇヤツのために、こいつらは死んでいくのか、ってな……」
アイネたちの進む方向に、数人の人影が見えてくる。ハダリー隊の、残りのメンバーたちだ。ボゴタが先導している。
その光景を見たからか、元々そうなのか、盗賊の男の話も終わりそうだと、その聴衆は予感する。
「盗賊が近くにいる。そう聞いたのは、そんな気持ちになっていた時だったんだ。……もちろん、良くないことだということはわかっていた。でもよ、どうすることもできなかったんだ」
盗賊の男が再び話し始めると、チョウはモト来た方向へと飛んでいく。
もうすぐハダリー隊長と合流する。それはこれからはもう、捕虜と気安く話すことができないことを意味する。
誰もがそれを感じてか、無言になる。ただ1人の少女が、このタイミングにおいて、後悔の入り混じる男に対しての最高の質問をした
「おじさんの名前は?」
男が言う。
「ん? 俺の名前を聞いているのか?」
アイネがうなずく。
「俺は……」
とまで男が言ったとき、その人物の心の中を様々な思惑が生まれてきた。
なんで兵士が捕まえた盗賊の名前なんて聞くんだ?
これから処刑されるかもしれないヤツの名前を言って何になるんだ?
名前なんて聞いて何に利用しようとしているんだ?
親しくなるふりして、情報を引き出そうという魂胆か?
盗賊の男はその少女に、ほのかに疑いに染まった視線を向ける。そしてその瞳に、子鹿の瞳のような純粋なる好奇心を見る。
盗賊の男が言う。
「ガナリ、だ」
ハダリーたちと合流した直後、アイネはふと後ろを振り返る。そこには風にゆれる草原と、そのゆれに合わせて舞うチョウが見えるだけだ。
そんな彼女に、少年が呼びかける。
「どうした? また盗賊でも見つけたのか?」
「んー……何かいたような……」
「またかよ。……盗賊じゃなくて“赤い男”だったりな」




