051 護衛依頼12
ハダリー隊は隊を2つに分けて村の周囲を回っている。理由はもちろん、盗賊の痕跡を探すためだ。
足跡が見つかれば人数がわかるし追跡もできる。また武器を土につけたり草を払っていればその形状がわかり、戦力がうかがえる。カンパたちはそんな痕跡を探していた。
そしてチーム分けはこの前の大きな鳥退治のときと同じだ。すなわちカンパは、アイネと同じチームであり、同時にベーヤとボゴタとも同じチームだ。今このメンバーで、ハダリーのチームとは反対まわりで草をかき分けながら村の周囲を歩いている。
兵士という男の集団の中で、ひときわ高く可愛らしい声が先頭を歩く“夜”色の髪の少年に語りかける。
「カンパ? 歩くの早くない?」
語りかけられた少年は振り返ることもなく、ずんずんと先頭を進んでいく。まるでそうすることが、生まれてからこの方の使命だ、といった感じだ。
かわりにアイネに語りるのは、後ろからついてくるボゴタだ。
「だめだよ、アイネ。カンパはこうなったら、何を言っても聞かないよ」
ボゴタと同じく後ろを歩くベーヤも言う。
「そうだぞ、嬢ちゃん。そいつは不機嫌になると、いつもこうだ。だからほっときな」
「……えぇー……だって……」
『心配じゃん』と言おうとして、アイネは本当に自分はあの少年のことを心配しているのだろうか、とふと疑問に思う。
アイネは疑問に思いながらも、しかたがないのでそのままついていく。ボゴタとベーヤも、そのまま後ろをついてくる。
そうしているうちに、アイネにまた別な疑問がわいてくる。
「でもなんでカンパは、こんな感じになったんだろ?」
ボゴタが反応する。
「それは……」
でもボゴタは何だか言いづらそうである。かわりにベーヤが後を受け継ぐ。
「……それはきっと、嬢ちゃんのせいだろう」
「えっ? ボク?」
ボゴタとベーヤは、顔を見合わせる。出来の悪い生徒を見つけたときの感じで。
ボゴタが言う。
「アイネはまったく気づいていないんだね」
「? 何を?」
ベーヤが答える。せっかくの暗黙の了解を、わざわざ口にするような感じで。
「……アイツは嬢ちゃんに嫉妬しているんだよ。嬢ちゃんの強さにな」
「ボクはそんなに強くは……」
アイネは言いながら、思い当たることがある気がしてくる。ベーヤがまるで父親が息子のことをよく理解しているように言葉にしてくれる。
「嬢ちゃんはあの軍務卿の剣を受け止められただろ? 今朝、アイツには防ぐことができなかったあの剣を」
辺りは相変わらずの草原で、一同の草を踏み分ける音が永遠と鳴っている。ベーヤが続ける。
「そしておそらく、それだけじゃない。嬢ちゃんはアイツとよく練習試合をしているだろ? アイツは色々なワザを使ってまだ勝てているが、どんどん上達していく嬢ちゃんに対して焦っているんだと思うぞ」
「そんな……」
【アイネ】
「そんな……」
悲しい驚きがこぼれる。
カンパとの練習試合は楽しかった。カンパはいつも、次々と見たこともない技でこちらを打ち負かしてくる。だからボクはその1つ1つを覚えて、一生懸命、対策を練ったのに
……でも楽しかったのは、僕だけだったようだ……
前を歩く少年の後ろ姿が、そんなに遠いわけでもないのに遠くに感じる。
……もう、練習試合を挑むのはやめた方がいいのかな……
【】
アイネがそんなように思っていると、優しい声がかかる。それはベーヤの声で、父親が優しく子供をなでるような声だ。
「別に嬢ちゃんが悪いわけじゃねえ。アイツはちょっと特殊なんだよ」
ボゴタも草をかき分けて進みながら、聞き耳を立てている。
優しい声が続ける。
「アイツはな……見なし子、なんだよ」
優しい声が、冷たく景色に溶け込んでゆく。
「どこだったかで、あの神殿教のヴェイザって神官に拾われたんだと……」
なぜカンパとヴェイザの仲がいいのか、アイネは納得がいった。
「それから少しの間は神殿に身を寄せて、10才になる頃には無理を言って兵士見習いにさせてもらったそうだ。そして兵士たちの装備品の整備や食事の仕込みを手伝ったりしているうちに、うちの隊に欠員が出て兵士として補充されてきたんだ」
かの少年は、自分の過去が赤裸々(せきらら)に語られているとは知らず、相変わらず前の方で草を踏み分けながら進んでいる。
「アイツは、そこらへんにいる子供と同じくらいには幼かった。それにもかかわらず、アイツは俺たちの仕事についてまったくおびえていなかった。むしろ勝手に突っ込もうとするから、何度も抑え込まなきゃいけなかったくらいだ」
ベーヤの懐かしむような目には、当時のあどけない少年カンパの姿が映し出されていることだろう。
「そんなアイツの心のよりどころは、異常なほどの強さへの執着だ。なぜだかこれは、その当時から少しも変わっちゃいない。何を目指しているかは知らないが……まったくたいしたもんだよ」
それにどういった感情が込められているのかわからないが、ベーヤは深いため息をつく。
アイネは歩きながら、いつのまにか視線を落としている。その視線の先には、乾いた大地に根を張る名も知らない草花の一葉一葉が折り重なっている。
「アイツ……」
アイネの唇からは、何かしらの感情が形になろうとしている。無数に茂る草花が織りなす一葉一葉を透かして、太陽が光をまだらに地面へと届けている。
「……アイツもああ見えて、苦労してきたんだ……」
一葉一葉の折り重なりと、まだらに光る地面の極小の世界が、アイネが歩くのに合わせて前から後ろへと絶え間なく流れていく。風車を回す、風のようだ。
「……もっと優しくしてあげよ……」
アイネがそこまで言ったところで、下を向いていた彼女の視線に影が侵入する。そしてその影の方から声がする。
「誰が苦労しているって?」
見上げれば件のアイツがそこにいる。そしてそのアイツが言う。
「おしゃべりしているんじゃねーぞ、バカ女!」
「……なんか色々、台無しだよ!」
「はっ!? お前は何を言ってるんだ?」
2人が口ゲンカに発展する前に、ベーヤが割り込む。
「痴話ゲンカもそこまでにしとけ!」
カンパとアイネが、それぞれに反応する。
「はあ!?」
「痴話じゃないし……」
ベーヤは構わずに言う。
「カンパ、お前何か言うことがあって来たんじゃないのか?」
カンパは、ああ、と言ってから自分が来た方向を指しながら言う。
「あっちに複数の足跡があった。多分、あたりだ。盗賊のやつだと思う」
ベーヤが少し喜んだ声で言う。
「おお、見つけたか。それじゃあそこまで案内し……」
まさにみんなでカンパが見つけた足跡の場所に向かおうとしたとき、ある声がそれ止める。
「ちょっと待って!」
それはアイネだ。先導しようとしていたカンパが、不満げに言う。
「なんなんだよ、バカ女! また“赤い人”でも見つけたか?」
「“赤い人”じゃない。別な人」
ベーヤが、半分くらいになった大麦の穂みたいに短く端的に聞く。
「アイネ! そいつはどこだ!?」
言われてアイネは、ますぐに指をさす。それはアイネたちが歩いてきた方向だ。ボゴタが言う。
「うーん、何も見えないなー」
確かにみなの前には草原しか広がっていない。アイネが補足する。
「あの遠くにある、ちょっと高い茂みの中!」
カンパがツッコミを入れる。
「わかんねーよ! 茂みったってそこら中、茂みだらけじゃねえか!」
ボゴタがアドバイスする。
「アイネ、具体的にわかりやすく言ってみて」
「んーーー、この方向にボクの足で3372歩進んだとこ」
そう言いながらアイネは腕を目標に伸ばしたまま、カンパの横まで移動する。そして近づくと伸ばした腕を、カンパの視線の先に持っていく。彼女の背中が彼の胸に、彼女のユリの花のような体臭が彼の鼻孔に触れる。
カンパは少し気おされながら、すぐに彼女の指し示す先をのぞき込む。
アイネはカンパの顔が近づいてくる熱を頬で感じ、その息づかいを肌で感じる。
カンパは、アイネの腕が伸びる先を追って行きながら思う。
3370……何歩ってどのくらいだ? あれ、思ったより遠くないか? なんでそんな遠くの茂みに隠れているヤツを、コイツはポンポンと見つけられるんだ……ってか、茂みしかねぇ……。
「……って、やっぱりわかんないじゃ…………あれか!」
カンパは、茂みの中の茂みが小刻みに動くのをとらえる。アイネは耳元で急に大声を出されたので、身をすくめる。そしてアイネが
「耳元で大声を出さないで!!」
とどなったとき、カンパはすでに走り出していた。状況の変化の速さに固まるアイネに、カンパを追って走り出しているベーヤが言う。
「嬢ちゃ……いや、ボゴタ! ハダリー隊長たちを呼びに行け! 嬢ちゃん、お前はワシについてこい。あのバカを追うぞ!」
アイネとボゴタは一瞬で指示を理解し、それぞれ行動しだす。ベーヤがカンパに忠告する。
「カンパ、深追いするな! 罠かもしれんぞ!」
その声はかの少年に届いたのか届いていないのか。黒髪の少年は、ベーヤやアイネの数十歩先を走っていく。




