050 護衛依頼11
盗賊の被害にあった村の光景を前にして、帯剣していた剣のツカに手を置いていたベナッジョに、ふと昔の1光景がよみがえっていった。
そしてそのクチビルから、ツブやきが漏れる。
「“赤の民”……ここに来る前に見かけたあの赤味の肌の人物は、“赤の民”だったのか?」
そこまで考えて、その考えを否定する。
師匠の師匠が師匠に剣を教えていたのは、あの時よりもさらに昔。その師匠の師匠が、今更この国に帰ってくるということなんてあるだろうか? たとえその人物が“赤の民”だったとしても、“赤の民”は何人もいることだろう。師匠の師匠と決まったわけではない。
ベナッジョは空を見上げる。そこには周囲の光景とは違って、美しく澄み渡った青空が広がっている。
だとしたらあの者は、いったい何者か? 盗賊? コスキンが言うには“赤の民”は自然を尊ぶ気高い民族だと聞く。そんな彼らが盗賊なんてするだろうか?
ベナッジョは周囲の光景に視線を戻しながら、現状を再確認する。
村の周囲に盗賊の痕跡を探しに行った、ハダリー隊の報告を待つしかない……か。
盗賊討伐隊をこの村まで案内してきた、この村出身のブグロは足早に自分の自宅に向かう。しかし歩いていくうちに、食料以外に自分が大した財産を持っていないことを思い出してくる。幸いだったのか、彼の両親はすでに他界しでいて所帯もない。それよりも目に映る、生まれ育った村のムザンな姿が、彼の心を傷つけていく。
知り合いの婆さんの家には、誰もいない。
燃えた村長の家。一瞬、村長の傲慢な顔を思い出していい気味と思ったが、すぐにかわいそうになってきた。
少し年上の幼馴染……が嫁いだ先の家……村長とその息子の家は焼け跡しか残っておらず人型の何かがその前に積み重ねられていた。
自分の家に着いたブグロは、隠してあった最低限の食料がブジなことを確認しようともせず、また家の外に出る。
彼女は妊娠していたんだぞ……
向かう先は自分が案内した兵士たちのところ。
そして向かいながら思う。
俺にまだできることがあるのか?
小さい頃の面影が湧き上がってきて、涙があふれてくる
この辺の地理に詳しい自分なら、また案内くらいはできるだろ……
ぜってえ、アイツら、許さねえ……
ブグロの怒りの先には、昨晩見た盗賊たちの影がある。
領主軍兵士のレクセイは焼けた葦の家だったものの残骸を片づけている。片付けているといっても乾燥した葦の家はよく燃えたようで、残ったものは炭化した細い骨組みが少しとたくさんの灰と、ツボなどの燃えなかった家財道具だけだ。
それらの物を片付けながら心から良かったと思うことは、死者の埋葬をともらう役割に当たらなかったことだ。
そう思いながらレクセイが片付けていると、灰とガレキの中から、不吉でいびつなものを見つける。文字通り、死そのものの不吉さといびつさだ。
レクセイは若い兵士たちに声をかける。
「おい、死体が出てきたぞ。村の外で穴を掘っている連中のところまで運ぶぞ」
近くにいた2人の若い兵士のうち、1人は胃の中のものを吐きに離れていく。しかたがないので恐れながらも動ける1人と、応急で作ったタンカの上に変わり果てた死体を載せて運ぶ。
即席タンカの上のモノは燃えて軽いはずなのだが、なぜだか重く感じられる。反対側を運んでいる若い兵士の足取りも重そうだ。
そしてレクセイは疑問に思う。
なんで自分は、こんなことをしているのだろう?
前を運ぶ若い兵士は、こんな寂れた村で死体を運ぶことになったんだろう。
そしてこの死体の人物は、黒焦げになって運ばれているのだろう?
劣勢の頭の中に浮かぶ結論は、1つしかない。
やっぱり俺たち領主軍のせいなのか……
レクセイはそんなことを考えながら、頭を力なく後ろへガクンとたらす。
目に飛び込んでくるのは、どこまでも澄んでいて、どこまでも続く青い空……
どこまでも澄んでいて、どこまでも続く青い空……の下、盗賊たちは襲撃が成功したことを祝して奪ってきた食糧や少しばかりしかなかった酒で祝杯をあげている。
それは勝利の祝杯だ。
村を襲撃する前は、誰もが襲撃がうまくいくのかどうか不安しかなかった。否、そもそも盗賊としてやっていけるのかどうか。そこからですら、すでに不安だった。
そしてその足にまとわりつく重苦しい泥のような不安から、ようやく解放されたのだ。それは彼らにとって、勝利そのものだろう。彼らは皆、大小の違いはあるにせよ未来に明るい手応えを感じている。
盗賊たちは村人謹製の質の悪い酒で酔いながら、何かが入っていたツボで拍子をとりながらおどったり、歌ったりしている。
盗賊の1人であるラグが草原に寝そべって、澄み渡った青空を眺めながら隣の兄に話しかける。
「……俺たち……やり遂げたんだな」
地面に腰を下ろしたバグは、特に決まった形もなく踊りまくる盗賊たちを眺めている。そしてツボに入った酒を一口あおって応える。
「そうだ。俺たちはやったんだっ! 見てみろ。これがその成果だ」
2人の前には、本能のままにはしゃぎまわる盗賊たちしかいない。盗賊たちの陽気な騒がしさが、この2人をも包む。
ラグが上体を起こしてから、確認するように言う。
「そうだ……俺たちはやったんだ。やってやったんだ。暗さしかなかった未来を、打ち負かしてやったんだ……そうするしかなかった……さもなきゃ……」
ラグはふと、視線を落とす。そこには、5つ数えた後には存在も忘れてしまうほどちっぽけな虫の死骸が転がっている。
ラグはソレに、不思議なほどの同情を覚える。
黙ってしまったラグをそのままにして、バグは宴の様子を眺めながら何かを考えている様子だ。
そこに1人の盗賊が近づいてきて、話しかける。
「よう、バグ! 飲んでるかい?」
「……ああ、やってるよ、ジンジャ」
近づいてきた男はホホにキズのある男で、ラグとは反対のバグの隣に座る。断りはない。バグも返事はするが、一々そちらを見たりしない。男は含みのある言い方でいう。
「なあ、大将。今回はうまくいったな」
バグはまた一口、酒をあおって言う。
「……何が言いたい?」
「別に。ただこの後、俺たちがどうなるかなって心配してるだけさ。他のヤツらはノンキにはしゃいでいるけど、俺たちは村を襲ったんだ。領主軍が黙っているわけない……じゃないかなってね」
「あいつらはケツが重い。そう早く動き出さないだろう。その前に逃げればいい」
「そこまで考えているならいいんだけどよ。もしもって、あるだろ?」
「そう思って、見張りも村につけている。領主軍が来るとしたら、まず被害の確認にくるだろう? そこにあの狩人だったガナリを送った。アイツなら領主軍ごときには見つからないだろう」
「それを聞いて安心したぜ。アイツなら足も速い。そうそう追いつけるヤツもいないだろ」
そう言ってジンジャは立ち上がり、他の者たちが騒いでる中へ戻っていく。
【?】
下アゴにかかるエモノの重さが心地よい。
ツノありの4足には気づかれて逃げられてしまったが、ツノなしの小さな4足をしとめることができた。
ハヤク帰ろう、我が子のモトへ
そしてミルクを一心にほおばる、あの姿を眺めよう
きっと腹をすかせて、鳴いていることだろう
……それに巣の周囲にあったアヤしい気配が気になる……
……あの長細くて不気味なヤツ(・・・・・・・・・・)の気配が……
まだ疲労が残る体で、エモノも軽くはないが、足が早くなる
……きっとあの子は、大丈夫……
……きっとあの子は、大丈夫……
巣に帰ったならば、お腹をすかせた顔をしてくるに違いない……
そして甘えた顔で、体をこすりつけてくるに違いない……
だから……
だから……
まだブジでいて……




