049 護衛依頼10
【30年前、ベナッジョ】
「どうした、ベナッジョ? もう立てないのか?」
自分を呼ぶ声がした。剣術を教えてくれている、コスキン師匠のものだ。急かされて立とうとしたが、疲労した体に力が入らなかった。それでも体のあちこちから気力をかき集めて答えた。
「……まだ、できます。やらせてください……」
はいつくばるような力で、師匠の反応をうかがう。そこにあったのは厳しい表情で、剣の代わりに枝を持って自然体で立つ、壮年の男の姿だった。
その反応を見て、『しまった』と思ったがもう遅かった。疲労で正常な判断ができなかったようだ。
背後から若い男の声がかかる。
「違うだろう、ベナッジョ……」
声の主はデブリネという男。若いといっても俺より3つ4つ上だが。その声が続けた。
「ベナッジョ、お前はもうすでに限界だ。がむしゃらに向かっていく威勢もいいが、冷静に自分の状況を把握することの方がもっと大事だぞ」
デブリネさんは聞かせるように語りながら近づいてきた。そして俺の腕をつかみ、体を引き上げてくれた。俺は足をもたつかせながら立ち上がった。
「休んで見ていろ。次は俺の番だ」
地面に尻をついて、のけぞった上体を両手で支えた。前方に視線を向ければ、晴れた青空の下、コスキン師匠とデブリネが練習試合の位置につこうとていた。
その向こう側のスペースでは、バルガさんと淡いピンク色の長い髪の女性が激しく打ち合っていた。その女性は神殿教国から送られて来たというサイネヴィという人物だった。
『神殿教国』……
初めてその名前を聞いたとき、あまりの仰々(ぎょうぎょう)しさと違和感とで、神性を感じなかった。しかし、その名の由来を聞いてさらに驚かされたばかりか、少年が持つような夢や希望といった類の期待が胸に灯るのを感じた。
だってしょうがない。その由来というのは、神が神殿とともに天から地上に降りてきた、というのだから。そしてはるかな昔から邪神が支配するこの世界で、唯一、国の秩序を人の手に得たというのだから。
そういう意味で、神殿教国から派遣されてきたサイネヴィさんはその美貌はもとより、ヒューマロイたちの希望が重なって輝いて見えた。
バルガさんはそんな人物から、ウガ管理区における反乱勢力のリーダーになることを持ちかけられ、断ると今度は試合を持ちかけられた。
試合の結果、敗北したバルガさんはことあるごとに再戦を持ちかけ、1勝9敗の戦績まで負け越していた。
デブリネさんの戦い方はすばらしい。必要最小限の力しか入っていない。攻撃するにしろ、かわすにしろ、無駄な力が一切入っていないで、動きがなめらかだ。
ただ、それでも苦戦しているようだった。
デブリネさんの動きはすばらしいのだが、コスキン師匠の動きはもはや別格だった。必要最小限というレベルではなく、一切のを力込めていないように思えた。
コスキン師匠は最小限の動作でデブリネさんの攻撃をかわしていく。右に左に振られる攻撃を、体を左に右に傾けて、時に枝を相手の枝にそえて軌道をそらし、かわしていった。
「どうした? 届かんぞ?」
コスキン師匠がデブリネさんに言った。デブリネさんは、今度はさけられないように中段の振りを入れた。が、それは師匠の枝の中程で受け止められた。そしてその先端はデブリネさんのノドに向いていて……押し出されていく。デブリネはそれをかわそうと上体を後ろにそらすが、相手の枝は不意に引き戻され、無防備な胸の中心へと突きたてられた。
2人の試合を見ていて、否、コスキン師匠の戦い方を見ていて思った。
いったいどうやったら、あれ程の剣の使い手になれるのだろうか? 1人で研鑽して、果たしてあの高みにたどり着けたのだろうか? もし誰かに習ったのだとしたら、その教えた人物はいったいどんな人なのだろうか?
神殿教国から送られてきたサイネヴィという人が、バルガさんを持ち上げみんなを巻き込んで行動してくれたから、このような崇高な剣技を目の当たりにできた。そうでもなければ、コスキン師匠はその類まれな技術を披露することもなく、生きていただろう。
これは幸運なことだっだ。こんなチャンスは、人の一生のうちにそうそうあるものではない。いや、1度だってあるかどうか疑わしい。
私はこの幸運にむくいる必要がある。
私は、この身と心とを削ってでもあの技術を修める必要がある。
そして王になるあの方の剣として戦おう。
この鼓動が……その動きを止めるまで…
しばらくしてコスキン師匠とデブリネが練習を終えて、話しながら戻ってきた。
「デブリネ、なかなか良くなってきているではないか」
「私などまだまだです」
「そう謙遜するな。己の上達を知るのも、実力のうちだ……」
そう言いながらコスキン師匠は、休んでいる俺に気がついた。
「ベナッジョ、お前はまだまだ余計な力が入っているな。もう少し力の込め方を考えてみるといい……」
3人で話していると、試合を終えたバルガさんとサイネヴィさんも戻ってきた。試合の結果は、1勝11敗になっていた。もちろん11敗したのは、試合前に10敗はしないと意気ごんでいたバルガさんの方だ。
「あー、また負けちまった! どうやったらお前に勝てるようになるんだ?」
バルガさんの嘆きに対してサイネヴィさんは
「さあ、どうでしょう。練習を続けていれば、勝ち越せる日が来るのではないでしょうか?」
それにしても、こんなに素晴らしい人たちがよくここまで集まったものだ。この人たちならば、この国を邪神の手から解放するのも夢ではないかもしれない。自分も力になれるよう、一層研鑽を積まなければならない。
湧き上がる焦燥感が口から出て、疑問となった。
「サイネヴィさんはなぜ、そんなに強いんですか?」
サイネヴィさんは淡いピンクの髪を揺らして、
「そんなに強いわけじゃないけど……まあ強いて言うなら……神様が教えてくれた?……かな?」
きっと何かすごいことを言っているんだろうけど、全然参考にならない。
バルガさんが言った。
「だからツエーのかよ!」
バルガさんは、何か納得がいったようだ。サイネヴィさんが
「ベナッジョはマジメに考えすぎなんだよ。もっと肩の力抜いて考えなよ」
と言った。
ただ彼女の話では今1つわからなかったので、会話の流れでコスキン師匠にも聞いてみた。
「コスキン師匠の強さの秘訣は何ですか?」
「……何事にもとらわれないことだ」
深すぎて、意味がわからない。アプローチを変えてみよう。
「コスキン師匠はどうやってあの高みまで技を磨いたんですか?」
この質問に対しコスキン師匠は遠くを眺めるような目をして言った。
「……ワシには師匠がいたんだ……」
「師匠の師匠ですか?」
「そうだ」
そう言ったコスキン師匠の眼差しは、まだ遠いままだ。デブリネさんが補足してくれる。
「師匠の師匠は“赤の民”でしたっけ?」
「……そうだ……。我が師であり……父親のようであり……」
コスキンはその懐かしい人の人物像を表す表現を探している。しかしそれは地平線の向こう側に隠されているかのように、容易に見つけ出すことはできないようだ。
「……母なる大地、ソノモノのような方だった……」
聴いてるみんなが、その意味するところの行方を捜していると、別な声が言った。
「コイツの強さは異常だからな……」
その声は1勝11敗したバルガさんで、続けて言った。
「……もうお前が王になればいいだろ。そんだけ強けりゃ、みんながついてくるだろ」
コスキン師匠がこたえた。
「そうはいかない。王になる者には魅力的な人間性が必要だ」
サイネヴィさんが師匠をフォローした。
「私もそう思う。君はもっと、自分に自信を持った方がいい」
みんなに言われて反論する気が失せたのか、バルガさんはそっぽを向いてつぶやいた。
「ったく。やってらんねーぜ」
偶然か別の何かか、その方向には段々になった巨大構造物――神塔がそびえていた。




