048 護衛依頼09
軍務卿の後ろの方では、周囲の調査に向かおうとしていたハダリー隊が足止めを食らっている。
理由はもちろん、何かに気づいた向こう見ずなサンゴ色の髪の少女が「ちょっといってくる」と言って、あの軍務卿にケンカを売っているからだ。
いつもは冷静な隊長ハダリーが、強い口調でカンパに言う。
「カンパ! 行ってあいつを引きずってこい!」
「はっ? なんでオレが……」
カンパがそうふてくされると、ハダリーはプルプルしだし、ベーヤが「さっさと行かんかっ!」とどなったので、ヤバッと思いつつカンパはアイネの方へと歩きだす。
「しっかりと手綱を握ってないからこんなことになるんだよ!」
状況が悪化していることに気づいたカンパは、背後から聞こえるブーバーのヤジを置き去りにして、疾走していく。
「エラい人は難しいことをイロイロと考えているんだろうけど……よくないよ。こういうの」
「……だったらどうする? その老人のために、私の剣を受け止めてみるか?」
「……いいよ。あなたの剣は朝見たし」
軍務卿ベナッジョは厳しい顔のままだ。それでもアイネには、それが笑ったように見えた気がする。
「あれを見てその自信、大したものだ。もっとも、それがただのハッタリでなければの話だが」
軍務卿はそう言いながら、アイネに近づく。剣は手に握ったまま、自然に下ろしている。だがアイネは知っている。もちろんアイネだけではなく、朝の軍務卿とカンパの試合を見た者はみな、彼がそのままの体勢で不意の一撃を放てることを知っている。
そして軍務卿はすでに攻撃可能と思われる範囲まで、アイネに近づいていて……剣を振り始める。
【カンパ】
初めは隊長に言われて嫌々、でも途中からはその場の雰囲気がガチなことに気がついて、急いで向かった。
でも軍務卿は朝オレと戦ったときのように、剣を自然におろした状態だ。ただ朝と違うのは、彼が持っている剣は模擬戦用の木剣ではなく、人を斬るための真剣であるということ。
そしてその剣は、目の前の少女に対して振られる。
圧倒的に届かない、何もつかめない手が、思わず伸びる。
そしてその瞬間に見えたのは……
軍務卿の鋭い一振り。
ただその一振りは、思っていたほどは鋭くない一振りだ。普通の兵士の剣戟よりは十分に速い一撃だが、朝に自分が対峙した時に感じたほどではない。
それでも何か違和感がある。普通の人が剣を振る時のように振りかぶってから降るのではなく、最短距離を通って、力を込めているようには感じられない一振りだ。
ひょっとしたらソレが、オレが朝の試合で反応できなかった理由……。
そしてその一振りは、正面の少女が掲げた剣によって受け止められている。
……なんでお前がそれを、防げるんだよ……
【アイネ】
なんとか……間に合った…
太い腕によって振られた剣と、ボクの首との間に、自分の両手剣を差し挟むことができた。そして両手剣は、城壁さえ砕きそうな強い衝撃をはじいた。
第3者として見るのと、こうして対峙して見るのでは、印象が全く違う。カンパが「全く見えなかった」、と言っていたのもよくわかる。
そのカンパの姿が、軍務卿の背後にちらりと見える。さっきまで緊張していたせいか、それだけで少し安心できる。ただその少年の表情が暗い気がする。こちらを見つめてくるその目つきも、心なしか鋭い。
「ほう……」
カンパについて確かめる間もなく、目の前の人物からカンタンがこぼれる。
「……これを防ぐか……」
アイネの前に位置する人物……。それはもちろんん軍務卿だ。
「先ほど潜んでいた“赤い人”を見つけたことといい、目がいいんだな」
軍務卿は相変わらず厳しい表情のままだ。しかし普段と違ってなぜか、口がよく回る。
「それだけではない、か。反応も素早い」
アイネは、軍務卿は厳しい顔をしているが喜んでいるのではないか、という気がしてくる。
「ただ1つ欠点を指摘するとすれば、剣は剣の腹で受けるものではない」
そう言って軍務卿は自分の振った剣を構えたまま、片方の手でアイネの剣の傾きを直す。そして言う。
「剣の腹……わかり易くいうと平な方で攻撃を受けていると、剣が折れてしまうぞ」
「……ぁぃ」
アイネは萎縮した生徒のように返事する。それを聞き届けた軍務卿は1つ頷くと、
「お前のその受けに免じて……」
と剣を収めながら、アイネの顔を見て言う。
「今回の件は許す」
そして体を返しながらつぶやく。
「……似すぎているんだ。あの人に……」
「えっ? なんて……」
「気にするな。ただの……。……ただの陽炎だ……」
垣間見えた軍務卿の顔はやはり厳しいままだ。ただアイネには、少しさびしいような印象だ。
軍務卿ベナッジョが、廃れた大麦畑のようなさびしさを残して、離れていく。恐らくは領主軍が村の復旧するのを監督するためだ。
入れかわるように騒がしいヤツがやって来るなり、ドナり散らす。というよりはむしろ、ドナり散らしながらやって来る。
「なにやってんだよオマエッ!!」
アイネはあまりのうるささに、両方の耳をふさぎながら言う。
「……だって……」
「勝手なこと、しってんじゃねーよ!! しかももう少しで殺されるとこだったじゃねーか!」
「……だって、おじいさんが危なかったんだもん」
「どこにいるんだよ、そのじいさん」
言われてアイネは振り返る。そこには誰もいなかった。落ち着けば、面倒事は避けるタイプの老人だったようだ。
アイネが言う。
「えっ? そんなー! せっかく助けてあげたのに……」
「どうせ助けたってそんなもんなんだよ。そもそもあのじーさん、弱いくせにツッカかるのがいけねーんだよ。お前もお前で、オン着せがましいことしてんじゃねーよ」
「しようがないじゃん、あのおじさん殺されそうだったし……。それに、見たでしょ? ボク、軍務卿の剣を防いだよ」
「……まあ……そうだな……。だけどよ、ヘタすりゃ自分が殺されてたかもしれないんだから、それで死んでたら人を助ける意味ないじゃないか」
「? そうかな?」
「そうだろ。……それにもう見たくないんだ……」
その言葉の続きは、カンパの心の中でのみ綴られる。
……もう目の前で女が殺されるのを見たくないんだ……
そんなカンパに、外から声が投げかけられる。
「何?」
「ん、なんでもねーよ」
続けてカンパがボソッと言う。
「……ただ……アイツを倒すのはオレだ……」
「えっ?」
「……なんでもねえって……」
話しながらアイネとカンパは、ハダリー隊の方へと歩いていく。
少し離れた場所で、奴隷商人ヴォネラムがその護衛ジャンタープに話しかける。
「見ましたか? あの娘、あの剣を防ぎましたよ!」
「……そうだな……」
ジャンタープは気のない返信を返す。しかしその目は言葉の素っ気なさとは裏腹に、ある種の熱を帯びている。ジャンタープの反応の悪さを一々気にしないで、ヴォネラムが言う。
「あの娘を手放したのは、間違いだったのでしょうか? んー、おしいことをしましたねぇ」
ジャンタープがめずらしく、まともな反応する。
「アイツがあんなに剣を使えるってわかんなかったんだ。しょうがねーだろ」
「それもそうなんですが……商人として、商品の真価を見抜けなかったことがくやまれるのですよ。まあ、いいでしょう。もう少し大人しくしておいて、逃した魚の大きさを見極めるとしましょうか」
そう言って奴隷商人ヴォネラムは、村を出ていくハダリー隊を見送りながらニヤリと笑う。




