046 護衛依頼07
「これから盗賊討伐だってよ。運が悪かったな、俺たち」
討伐隊が被害があった村に向かう道すがら、討伐隊の前をゆく領主軍の兵士たちが不満を隠すことなく話している。
「盗賊って言っても20人もいるんだろ? こんだけの人数で大丈夫だろうか」
討伐隊は前に領主軍の2個の6人隊が左右に2列の縦列を作り、中央には軍務卿ベナッジョ、ヴォネラムとジャンタープ、ヴェイザ、サナが位置し、後方の右にゴドリー隊、左にハダリー隊が縦列を作っている。
「王都から大軍でも連れてこなきゃ、こっちがやられちまう。いったい誰がこんな無謀な討伐隊を編成したんだ?」
そんな領主軍兵士の会話を、隊長格の男が声を潜めてたしなめる。
「バッカヤロウ。軍務卿だよ! 聞かれたら大変なことになるぞ! 気をつけろ」
カンパと対決した領主軍兵士のレクセイは思う。
普段からこんな考えだから、俺たちがあんな少年に負けてしまうのだろうな。
ハダリー隊の面々は、討伐隊の1部としてそれぞれ気ままに行軍している。これから剣で斬りあいに行くというよりは、ちょっとイノシシでも狩りにいって肉でも食べようか、といった気楽さだ。
そんな中でブーバーが口を開く。
「ったく。盗賊討伐かよ。メンドくせえな」
ベーヤがたしなめる。
「油断はするな。あいつらは素人かもしらんが、追い詰められたら何をしでかすかわからんからな」
「そうは言ってもさぁ、あいつらは大体農民だろ。やっぱりやられようがねえよ」
「それが油断と言っているのだ。そのうちに痛い目見るぞ」
「へいへい。せいぜい気をつけますよ」
ブーバーとベーヤが不毛な会話を続けている前方で、マレがつぶやく。
「弱いヤツらを斬るのは……好きじゃない」
その言葉を聞いた隊長のハダリーは
「仕事だからな。やるしかないだろ」
と言う。その声は同情する温かみのあるものではなく、どちらかというと冷たく強制させる響きがあった。
そのときハダリー隊の後で、アイネがカンパに言う。
「盗賊なんでしょ? 人のものを盗む悪い人たちってことでしょ? だから倒してもいいんたよね?」
「んなの、当たり前だろ」
「でもさ、人を斬るのはなんかやりにくいよね?」
「そんなの気にしてたら、こっちがやられちまうだろ」
「そうなんだけど……」
やっぱり何だか抵抗ある……。そんな言葉を飲み込んで、アイネは進行方向に目をやる。道はなだらかなうねりを作りながら、地平線のかなたへ消えていく。
討伐隊の中央には軍務卿ベナッジョを始めとして、奴隷商人のヴォネラムとその護衛のジャンタープ、神殿教ウガ王国支部神官のヴェイザ、そして魔術師の弟子のサナがいる。
彼らは何かについて話し合っているようであったが、和気アイアイといった風ではなく、真面目に議論をしているようである。
奴隷商人ヴォネラムが言う。
「……であるからして、私たちが汗水流して、時に血を流しながら稼いだ金をヤツらは簡単にかっさらっていってしまうのです。なので私は、盗賊のことを許容することはありません」
ヴェイザが主張する。
「確かに盗賊という行為は正しい行いではありません。正しい行いではないどころか、罰せられる類のものです。しかしちょっと考えてみてください。彼らにそうしなければならない事情があったのではないでしょうか?」
これに対し軍務卿ベナッジョが話す。
「ヴェイザ殿のおっしゃることはごもっとも。貧しくて食うものがない、畑がない、身内の者が病気にかかっている、様々な理由が考えられましょう。しかしながらそんな環境に耐えることこそが彼らの本分ではないでしょうか。貧しくて畑がなくて食うものがないというのならば、畑を開墾すればいいのです。そうして労働するからこそ、食にありつけるというもの。そして税を納め、国をうるおす。そうすることによって、その労働者は国の庇護を得ることになるでしょう」
「畑がなかったところに畑を作ったのに、税を国に納めなければならないのですか?」
「その通り。民が税を納めるからこそ、我々が今こうして盗賊を討伐しに行けるのです。そういう意味では、民は国のためにあると言っていいでしょう」
「それでは自分たちの身を守る武力さえあれば、国は必要がないということでしょうか? 例えばある程度の集団でお金を出し合って武力を雇ったり編成したりしさいすれば国はいらない、ということでしょうか」
「なかなか鋭いことをおっしゃいますね。それはある意味において正解であり、ある意味において不正解です。正解というのは、身を守るということにおいてです。不正解というのは、人は支配されることを望んでいるからです。人は知れず知れずのうちに、嫌がりながらも支配されることに安心を覚えるのです」
軍務卿ベナッジョの意見に、ヴェイザがまた反論しようとするがヴォネラムが間に割って入る。
「ままあまあお2人とも。争いはソレくらいにしときましょう。それより面白いことを考えました。盗賊をビジネスとして考える、ということです。するとどうでしょう? それなりにリスクはありますが、リターンはデカイ!」
と言って奴隷商人は2人を見ながら、ハッハッハッハと高笑いを上げる。
これに対してヴェイザは静かに目を伏せて首を振ったし、軍務卿ベナッジョは聞こえないようなため息をついく。後をついて歩くサジュは相変わらず何も言わなかったし、護衛のジャンタープも相変わらず何も言わないでつまらなそうな顔をして遠くの景色を眺めている。
2人の議論をやめさせるというヴォネラムの目論見は、本人の意図した形かどうかは知らないが、成功したことになる。
神殿教神官のヴェイザとの議論を阻害された軍務卿ベナッジョは、歩くこと以外にこれといってすることもなかったので心をそこへにじませていくように景色を眺めている。
突然の声が起こったのはそんな時だ。
「あそこに人がいる!」
討伐隊のトップである軍務卿は瞬時に声の発生源を見る。それはハダリー隊にいるサンゴ色の髪の少女で、彼女は軍務卿が見ていた景色の中の、とある1点を指している。
軍務卿もすぐにそちらの方を向くが、人影らしいものは捉えられない。
「あの枯れてる草の茂みの中に……」
そこまで言われて軍務卿は、その枯れ葉の色をした細長い草の茂みの中に、人の顔と肩の形を見出す。
頭によぎるのは、偵察か待ち伏せかそのほかの何かか。
すぐさま、部下に指示を飛ばす。
「ゴドリーとハダリー、斥候を出せ!」
ハダリーの言う。
「ブーバー!」
指名された本人は、ハダリーが言い切る前に走り出している。ゴドリー隊の方からも、1人が飛び出ている。
たちまち距離をつめていく2人。
アイネが先ほどの草むらの陰を見ると、もう人影はいなくなっている。
それから程なく、斥候の2人は問題の草むらに警戒しながら、されどほとんどスピードを緩めることなく近づく。ある程度の距離を確保しながら、草の裏や周囲を警戒しながら、左右に回っていく。
「我々も行くぞ」
軍務卿がハダリー隊とゴドリー隊にそういうと、ハダリー隊とゴドリー隊は軍務卿を中央に左右に縦列を組んで進む。
領主軍や他の者たちは、その場に待機を命じられる。
軍務卿ベナッジョとゴドリー隊、ハダリー隊は、問題の場所へと近づいていく。が、ブーバーが戻ってくる。報告のためだ。軍務卿と2人の隊長が、これを迎える。
「誰がいたのか知りませんが、消えてますぜ。それも足跡ごと」
軍務卿がたずねる。
「足跡ごと? それはどういうことだ?」
「そのまんまの意味ですぜ。人影は元から、親指1本分の足跡さえ残っていやしないですよ」
ハダリー隊長が、アイネに振り向いて言う。
「アイネ、本当にここに誰かがいたんだな?」
アイネが答えようとするが、それより先に軍務卿ベナッジョが答える。
「それは間違いない。私も見た。こちらをうかがっている上半身が草の間から……そうだ。それから皮膚の色が赤みがかっていた気がする。間違いないか?」
軍務卿はアイネに同意を求める。アイネはサンゴ色の髪を揺らして、うなずく。
それからしばらくゴドリー隊とハダリー隊とで、“赤い人”がいないかと辺りを調べたが目に見えるのは自分たちの足跡だけだった。軍務卿ベナッジョは捜索を切り上げて、盗賊を討伐するための行軍を再開するのだ。




